ギフテッドの圧倒的な強さ
決闘の場所は、金吾にとって因縁そのものとも言える――ニレの木の下だった。
この世界に来て、最初に目を覚ました場所。
冷たい土の匂いと、見知らぬ空の色を初めて知った場所。
そして、バルドルたちSSランク冒険者と出会い、この世界での“始まり”を刻んだと言ってもいい場所でもあった。
その木の下に、今は多くのSランク冒険者たちが集まっている。
その中には、無論とも言うべきか、天宮ルナと、エレイン・アーバレストもいた。
誰もが、何かしらの思惑を胸に秘めていた。
金吾に対する同情か。二年間の扱いへの、せめてもの償いか。
あるいは――ライガが“正しかった”と証明してくれることへの期待か。
どれも本心ではないように見えて、どれも本心であるようにも見えた。
この場に立つ誰一人として、純粋な善意だけでここにいる者はいないのかも知れない。
――ざわめきが風に溶け、ニレの木の枝葉が揺れる。
その影が、金吾とライガの足元に落ちていた。
決闘は、もうすぐ始まる。
金吾は自作のマジカ・ポーションを飲み干した。
喉を通る液体は、妙に冷たく、妙に重く感じる。
手にした斧は、決闘前に購入しただった。戦端には槍のような穂先がついている。
人を殺すための、武器だった。
その金属が、冬の光をわずかに返していた。
ライガ「手加減はしねーぜ、おっさん」
金吾は何も言わない。
素焼きの小瓶をメディアリアに渡すと、その悲しげな表情に少し胸が痛んだ。
金吾はその瞳をまっすぐに見つめる。
この場に現れる前、金吾はアンカーに紙と伝言を渡していた。
それは遺言書だった。
自分の死後財産を全てメディアリアに渡すためだった。その保証人をアンカーに頼んだのだ。
その遺言書の最後には、小さな謝罪の言葉をつづっていた。
だから、この場では何も言わなかった。
金吾「――っ」
振り返ると、そこには、ライガが立っている。
眠れぬ夜を、悪夢にうなされる朝を、その恨みを一身に両の腕に載せて、この日の、こんな日のためにと妄想をしていた、研鑽の日々を思い起こして、そのすべてが、金吾の中で静かに重なっていく。
バルドル「――っし、じゃあ、両者、前にでろ」
その声で、二人はバルドルの元へ歩み出る。
バルドル「ルールなんて、まあないな。何をしても良いってのが、ルールだ」
それこそが、冒険者としてあるべき姿なのだ。
バルドル「どちらかが降参するか、戦闘不能になるまで、この戦いは終わらない。全能なるリュコスの名において、敗者には相応の治療を約束する。……生きていればの話だがな」
リュコス――治癒の神。
この国では治癒を司る奇跡の神として信仰されている。だが、他国では“決闘の神”としても知られていた。
名が変われば、歴史も変わる。
都合の悪いものは、いつだって消される。それは神話に限った話ではない。
だが、冒険者には関係のない話だった。
明日どうなるとも知れぬ者たちにとって、神の教義より、生き残るための刃のほうがよほど現実だ。
バルドル「それでは、始めろ!!」
その声が、ニレの木の下に響き渡った。
真冬の空気のように冷たく澄んだ緊張が、場を包み込む。
風が一度だけ枝葉を揺らし、ざわりと音を立てた。
まるで、この決闘の行く末を見届けようとしているかのように。
金吾は斧を握り直した。
――そして、振り下ろす。
ライガ「オラァ!!」
金吾「――っ!!」
斧と剣がぶつかり合い、金属音が弾けた。
衝撃は互いの腕を痺れさせ、金吾の斧は大きく跳ね返される。
金吾はその反動を利用し、後方へ滑るように下がった。
ライガ「はっ!! 突っ切るぜ!!」
勢いそのままに、ライガが追撃へと踏み込む。
だが――金吾は目を閉じた。
腰袋から取り出したのは、閃光弾だった。
ライガ「うおっ!?」
爆ぜた光が視界を白く塗りつぶす。
ライガは反射的に腕で目を覆い、大きな隙を晒した。
金吾は目を閉じたまま踏み込み、光が霧散するその瞬間に目を開き、斧を振り下ろす。
ライガ「――メリュキュリオ・オブ・アイギス!!」
水銀の守護盾。
ライガの筋繊維に魔力が混じり、肉体そのものが絶対防御へと変質する。
俊敏性も跳ね上がるが、膨大な熱が脳を焼き、思考を鈍らせる。
長時間の使用はギフテッドでさえ危険で、さらにMPが尽きれば発動すらできない。
金吾の肉体強化魔法「迅雷」は、このギフトを参考に作られた。
金吾「――っ!!」
斧は、ライガの防御に触れた瞬間、粉々に砕け散った。
だが、それも金吾の想定内だった
金吾「遠隔錬金、ドロ沼」
ライガの足元が一瞬で泥へと変わり、深さ一メートルほどの穴が生まれる。
ライガは防御姿勢を崩さず、その場に留まった。
ライガ「……ナンダ、コレハ……!」
動かない――いや、動けない。
“メリュキュリオ・オブ・アイギス”発動中、攻撃を受けた直後は反射的に守りへ徹する癖がある。
昔から、ずっとそうだった。
金吾「そうだ……何度も、この光景を夢見ていた!!」
油の匂いが、冷たい風に乗って漂う。
ニレの木の影が揺れ、決闘の場に淡い揺らぎを落とす。
金吾は土を口に含み、体内錬成で油へと変換した。
金吾「――っ!!!!」
勢いよく噴射された油は、空気に触れた瞬間、炎へと変わる。
メディアリアと初めて共闘した時の魔法――今はそれを、一人でやってのけた。
泥のような油の沼は、一瞬で火のるつぼへと変貌し、ライガを包む。
ライガ「コンナ、コザイク、ツウジ、ナイゾ……!」
歯を食いしばり、炎の中で金吾を睨みつける。
金吾「これが、雑魚の戦い方だよ」
金吾は火柱の頭上に、ウォーター・ボールを生成する。
――燃え盛る油の中に、水を入れることは、鎮火には至らない。
金吾「水は、更に火力を上げるんだよ」
ライガ「ガガガガガガガガガッガガガ!!!!!!!!」
火柱が天へと登る。
その異常な高さが、金吾の言葉が真実であることを証明していた。
ルナでさえ、エレインでさえ、他のSランク冒険者たちでさえ、この一方的な展開を想像していなかっただろう。
金吾「魔力切れで焼け死ぬか、窒息して死ぬか、どちらでも良いが、そうだったら、楽なんだけどな……」
だが、ライガはギフテッドであり、Sランク冒険者だった。
炎に包まれながらも、その強靭な脚力で空へ跳ぶ。
――それも、何度も想定していた。
金吾は「迅雷」を一時的に発動して、強化した脚力で、ライガの更に上に飛んだ。
手には、先ほど折られた斧の柄。それを糸化魔法で繊維状にほぐし、拳に巻きつける。
そして凍結――パイクリードという硬質の氷で拳を覆った。
そのまま、ライガを殴り落とす。
糸化魔法は本来、刀剣を糸状にして操り、さらに元の形へ戻すという高度な技術を要する魔法だった。だが、金吾にはその“高度な部分”は必要なかった。
欲しかったのは、ただ――繊維状の素材だけ。それで十分だった。
ライガ「ガアアアアアアアアアアッッッッ!!!!」
再び煮えたぎる油の中へ叩き落とされたライガは、喉を裂くような断末魔をあげた。皮膚が焼け、筋肉が悲鳴を上げ、水銀の守護盾が熱に軋む音すら聞こえるようだった。
金吾は地面に着地するより早く、ライガの頭上へ水の玉を落としていた。
水が油に触れた瞬間、爆ぜるように火柱が跳ね上がる。轟音とともに、炎が空へ伸びた。
観戦していた冒険者たちが、思わず息を呑む。
――こんなものじゃない。
金吾「俺の知っているアイツは、こんな程度じゃ死なない」
誰よりも憎んでいるからこそ、わかることだった。
あの男は、こんな小細工で終わる男じゃない。
炎の中から、ゆらりと影が立ち上がる。焦げた皮膚が再生し、筋肉が膨れ、水銀の輝きが再びその身体を覆っていく。
ライガ「……まだだ。これからだぜ、第二ラウンドはよお!!」
炎を背負いながら、ライガは笑った。
その笑みは、狂気と本能だけで形作られたものだった。




