過去の残光
金吾「そうか、お前俺がBランクに上がったら速攻で徒党を解散するかもって考えていたのか」
金吾の口調は軽かった。
金吾「流石に上がってすぐに移住なんて出来ないべ? それに多少狩りの実績がないとな。Bに上がってすぐにってのは印象悪いしな」
もきゅもきゅと肉を噛みながら、いつもの調子に戻っていく。
金吾「お前がAに上がれそうになるまで、まあ、レベルがあと10くらい上がるまでは一緒に居るつもりだよ。お前までいろいろ嫌がらせされちゃったし、俺が居なくなったらすぐに嫌がらせが止むのかも怪しいしな。色々残してやりたいものも多いし、当分は現状維持だよ」
メディアリアは、静かに頷いた。
もう涙は出ない。
金吾が“考えていないわけじゃない”ことを、ちゃんと分かっていたから。
メディアリア「……そうですね。確かに、今すぐ移住は難しいから」
どこか嬉しそうに言った。
声は落ち着いていて、さっきまでの不安はもう影を潜めている。
メディアリア「それに……金吾さん、こう見えて色々考えてますもんね」
金吾「おい、どういう意味だよ」
金吾は眉をしかめる。
メディアリア「ふふっ、褒めてるんですよ?」
二人の間に軽口が戻る。
そのやり取りが、彼らにとって一番自然だった。
金吾「まあ……なんだ。せっかく40になったんだし、今日は難しい話はなしだ。無礼講無礼講! 食え食え!」
メディアリア「はい。……いただきます!!」
ナイフが肉を切り裂く音が、心地よく響いた。
ただ、二人で食べる温かい食事があるだけだった。
――しかし、運命とは残酷だった。
「おい、おっさん! こんなところでなにやってるんだよ!!」
その声が店内に響いた瞬間、金吾の手からナイフが滑り落ちた。
カラン、と乾いた音が響く。
さっきまでメディアリアに向けていた柔らかい表情は、跡形もなく消えていた。
代わりに浮かんだのは、冷えた警戒と、積年の恨みの積もった中年の顔だった。
金吾「……鳳条ライガ」
その名を呼ぶ声は低く、静かで、だが確かに空気を変える力を持っていた。
金吾の顔は氷のように冷たく固まっている。しかし、膝の上で握られた拳は、震えるほど熱かった。
ライガ「なんだメシ食えてんじゃん、安心したぜ」
金吾は何も言わない。ただ、じっとライガを見ていた。
ライガ「俺の金を盗んだとはいえ、一応同郷だしな。こんな異世界の中で、同じ日本人ってだけで、やっぱりあんたは特別だよ! 俺も一緒に食べていいか?」
軽い調子のまま、悪びれもせず席に近づこうとする。
その異様な空気を察してか、看板娘のオドレイがすぐに割って入った。
オドレイ「あんた、何しに来たの?」
ライガ「いやあ、久しぶりにここのメシ食いたくなってさ。酸いも甘いも噛みしめた、懐かしい味をさ!」
オドレイ「あんたは出禁にしたはずだろう!!」
ライガ「もう何年前のはなしだっつーの!」
オドレイ「散々金吾さんを馬鹿にした話しかしないで、よくもまあその厚い面を見せされたもんだね!! あんたの散財グセを知っている人間は、あんたの言うことを真に受けるやつなんていないのよ!!」
店内の空気が一気に張り詰める。
周囲の冒険者たちも、箸を止めて様子をうかがっていた。
ライガ「なんだよ、お前おっさんの味方か?」
金吾「そうだ」
金吾は席を立ち上がると、オドレイに金を渡した。それは食事代を差し引いても余りあるほど大きな金額だった。
オドレイ「えっ?」
オドレイは一瞬だけ目を見開いた。
金吾の“意図”を察したが、戸惑いのほうが大きかった。
金吾「これが前金です。もっと言ってください。こいつが、俺を陥れたって、金ならいくらでもはらう!! だから、このクソガキを!! 僕の名誉を回復してください!!」
段々と声を大きく荒らげた。
次第に熱を帯びる金吾の声は、店内の空気を一気に支配するほどの迫力があった。
ライガ「うっそだろ! あんた……」
それは純粋な戸惑いと侮蔑の感情だった。
周囲の冒険者たちがざわめく。
「……陥れたって、どういうことだ?」「おい、あれは有名なタカリだぞ。信じるなよ?」「いや、でもライガって……前にも金のトラブルあったよな」「余計な事言うなよ! 相手はSランクだぞ?」
ライガ「そうやって、金でオドレイに言わせていたのか!! あんたそこまでクズだったのか!! 自分のしたことを反省しろよ!! このドロボー野郎!!」
金吾「こっちは、お前のせいで人生めちゃくちゃだ!! 自分の人生をやり直そうとすることを邪魔する権利がお前にあるのか!?」
本音を混じらせることで、金吾は迫力を増し、その場を乗り切ろうとした。
ライガ「権利だって? 泥棒の権利をだれが保証するんだ! 意味わかんねーよあんた」
金吾はその場を後にしようとする。
ライガ「そうやっているから、誰からも信用されないんじゃないか? 少しは自分を見つめ直せよ!」
その言葉に、金吾の足がぴたりと止まった。
しかし振り返りはしない。
ただ、肩がわずかに揺れた。
メディアリアは息を呑んだ。金吾の背中から、怒りでも悲しみでもない――深い諦めが滲んでいたからだった。
金吾「……そうだな」
静かな声だった。
怒鳴り返すでもなく、皮肉でもない。
金吾「俺は……信用されるような生き方は、もうできないんだろう」
その言葉は、ライガに向けたものではなかった。
自分自身に言い聞かせるような、乾いた呟きだった。
金吾「お前になんか会いたくなかったよ」
それだけ言うと、金吾は歩き出した。
ライガは口を開きかけたが、言葉が出てこなかった。
周囲の冒険者たちも、誰一人として声をかけない。
金吾の背中は、怒りでも敗北でもなく――ただ、すべてを終わらせた男の背中だった。
メディアリア「……金吾さん」
メディアリアは慌てて立ち上がり、
金吾の後を追った。
その横で、ライガはただ呆然と立ち尽くしていた。
ライガ「……なんなんだよ……」
その呟きは、誰にも届かなかった




