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やはり肉!! 肉は全てを解決するっ!!

 ギルドに戻ると、アンカーが満面の笑みで迎えてくれた。

アンカー「これで金吾さんもBランクへ上がれますね!!」

金吾「はは、まだ審査がありますからね、糠喜びはできませんよ」

 言葉こそ控えめだったが、金吾の頬はわずかに緩んでいた。

 その浮き立つ気配は、誰の目にも明らかだった。

 だが、金吾の背後に立つメディアリアは、まるで影を落としたように静かだった。

 アンカーはその様子に一瞬だけ眉を寄せたが、すぐに表情を戻した。

 ――ようやく金吾が報われたのだ。

 その瞬間に水を差すような真似はしたくなかった。

 二人は会計を済ませると、いつもならそこで解散するところだった。

 しかし、その日は違った。

金吾「……なあ、飯、行くか。食べさせてもらえるかわからないけどな」

 メディアリアは驚いて顔を上げた。

 金吾の方から誘うなど、今まで一度もなかったからだ。

 向かった先は、金吾が初心者の頃によく通っていた定食屋だった。

 安く、美味く、量が多い――低ランク冒険者にとっては天国のような店。

 味の良さは折り紙付きで、成り上がった高ランク冒険者がふらりと立ち寄ることもある。

 だからこそ、金吾は避けていた。

 かつて親しくしてくれた店主たちに、拒絶されるのが怖かったのだ。

 しかし、メディアリアは胸がざわついていた。

 ――このまま徒党を解散されるのではないか。

 そんな不安が、喉の奥に張り付いて離れなかった。

オドレイ「いらっしゃい!」

 店に入った瞬間、ざわついていた空気が一瞬だけ静まった。

 金吾は小さく会釈する。

金吾「どうも……」

オドレイ「いやあ、随分と薄情なやつが来たもんだ。もう二年くらい、顔を出さない薄情者!!」

 そう言って、看板娘のオドレイ・ルブランは金吾の脇腹を肘でつついた。

 勝ち気で、荒くれ者の冒険者にも物怖じしない胆力の持ち主。竹を割ったようなその性格が、魅力な人だった。その明るさは、昔と何ら変わっていなかった。

金吾「二人なんですけど、開いていますか?」

オドレイ「もちろん! お二人さんご案内!」

 通された席に二人は腰を下ろした。

 周囲の冒険者たちが、ちらちらと金吾たちを見ている。

 その視線には好奇、軽蔑、興味、さまざまな色が混じっていた。

 だが――今の金吾には、そんなものはどうでもよかった。

オドレイ「ご注文は?」

メディアリア「ええっと……」

金吾「とりあえず、ミノタウロスのステーキを2人分、あとは適当に飲み物をお願いします」

オドレイ「おっ、随分太っ腹じゃないの!! なにか良いことでもあった?」

金吾「ええ、まあ。ようやくレベルが40になりました」

オドレイ「へえ! そりゃ凄い!!」

金吾「僕だけじゃいありませんよ、こっちの、メディアリアも同じく40になったんです」

オドレイ「その歳で、かい? 随分と才能に恵まれたね、あんた!」

メディアリア「はい……」

 メディアリアは小さく答えた。

 その声は、誇らしさよりも、どこか遠慮がちで、影を落としたように弱かった。

 金吾は気づかない。

 店内のざわめきも、周囲の冒険者たちの視線も、彼女の胸の奥に沈む不安の色を拾うことはできない。

 だが、オドレイだけは――その微かな揺れを感じ取っていた。

 オドレイは、ほんの一瞬だけ目を細めた。

 それは、荒くれ者の冒険者たちを相手にしてきた者だけが持つ、“人の心の揺れ”を読む才能なのかもしれない。

 メディアリアの声の震え。笑顔の角度。肩の力の入り方。そして、金吾の背中に隠れるように立つ、その立ち位置。

 全部が、彼女の胸の奥に沈んだ不安を雄弁に物語っていた。

オドレイ(……この子、怖がってるみたい)

 金吾が気づかないのも無理はない。

 彼は今、ようやく掴んだ“40”という数字に、胸の奥がいっぱいになっている。

 長い孤独の果てに届いた節目。

 それを祝福してくれる相手が隣にいるという事実。

 その温度だけで、彼の視界は少し狭くなっていた。

 彼女は、毎日この店で、成功していく者の笑顔も、挫折した者の沈黙も、仲間を失った者の涙も、全部見てきた。

 だからこそ、メディアリアの胸の奥に沈む“影”を見逃さなかった。

 徒党を解散することを恐れている、その冒険者たちを痛いほど見てきたからこそわかる。その態度にオドレイは見逃さなかった。

オドレイ「……心配しなさんな、こいつはそんなに薄情もんじゃないよ」

 ただ、揺れている心にそっと触れるような、柔らかい声だった。

 オドレイの言葉は、まるで湯気の立つスープのように、そっとメディアリアの胸の奥へ染み込んでいった。

 メディアリアは一瞬だけ目を見開き、すぐに小さく笑って、視線を下に戻した。

 その笑みは、ほんのわずかに震えていたが、さっきまで胸を締めつけていた影が、少しだけ薄くなったようにも見えた。

 オドレイは、そんな彼女の様子を横目で確認すると、あえて何も言わず、軽やかな足取りで厨房へ戻っていった。

 メディアリアは、膝の上で握りしめていた手をそっと緩める。

 金吾はまだ気づかない。彼女がどれほどの不安を抱えていたかも、オドレイがどれほど気を遣ってくれたかも。

 ただ、金吾は金吾で――自分の胸の奥に渦巻く感情をどう扱えばいいのか分からず、不器用に、ぎこちなくメニュー表を見つめていた。もう品物は注文したというのに、手持ち無沙汰から見ていたのだ。

メディアリア(……薄情者じゃない、か)

 オドレイの言葉が、胸の奥で静かに反芻される。

 金吾は、確かに薄情ではない。むしろ、誰よりも情に厚い。ただ、その情を向ける相手を選ぶのが、あまりにも下手なだけだ。

 そして――

 その不器用さが、メディアリアにはたまらなく好きだった。

 ほんの少しだけ、胸の影が晴れた気がした。

 その時、厨房から肉を焼く音が響き始めた。

 香ばしい匂いが店内に広がり、二人の間に漂っていた重たい空気を、ゆっくりと、しかし確実に溶かしていく。

 メディアリアはそっと顔を上げた。

 金吾は、まだメニュー表を見つめていた。

 だが、その横顔はどこか柔らかく、ほんの少しだけ、未来を信じているように見えた。

金吾「オドレイさんが、追い出そうとしないで安心したよ」

メディアリア「ここには、よく来ていたんですか?」

金吾「ああ、前の徒党のメンバーとも、よくな」

 その言葉に、メディアリアの胸がわずかにざわついた。“前の徒党”という言葉は、彼女にとってどうしても影を落とす響きを持っていたからだ。

メディアリア「それで……それでお話は、なんなんですか」

 意を決したように、メディアリアが問いかける。

 声は震えていない。けれど、指先は膝の上でぎゅっと握られていた。

金吾「……話?」

メディアリア「なにか、お話があるから、ここに連れてきたんじゃ、ないんですか?」

 金吾は驚いたように目を瞬かせ、肩をすくめた。

金吾「いや、単に祝うためだけど」

メディアリア「それだけ、それだけじゃ、ないですよね」

 その言葉には、かすかな怯えが滲んでいた。――不安が、どうしても消えなかった。

金吾「……いや、それだけだけど」

 金吾は本当に心当たりがないという顔をしていた。

 その不器用な誠実さが、逆にメディアリアの胸を締めつける。

メディアリア「徒党を、解散するんじゃあ、ないんですか?」

 ああ、と金吾は察した。

金吾「そうか、Bランクになったら、そんな話もすることになるか。そうだったな……忘れていた」

 金吾のその言葉は、まるで胸の奥に落ちた小石のように、静かに、しかし確実にメディアリアの心を揺らした。

メディアリア「……わ、忘れて……?」

 声が震えた。

 驚きと、安堵と、まだ消えない不安が入り混じった、複雑な響きだった。

 金吾は、頭をかきながら苦笑した。

 その仕草は、彼が本当に“悪気なく忘れていた”ことを示していた。

金吾「いや……ほら、忘れていたわけじゃないんだがな、でも忘れていたというか、なんというか……」

 メディアリアは、ぽかんと金吾を見つめた。

 その表情は、怒っていいのか、泣いていいのか、笑っていいのか分からない――そんな混乱に満ちていた。

メディアリア「……そんな、大事なこと……忘れるんですか……?」

金吾「……それだけ嬉しかったんだろうな。お前と一緒に、ここまで登ってきたことが」

 金吾のその言葉は、飾り気も気遣いもない、ただの“本音”だった。

 だからこそ、メディアリアの胸にまっすぐ突き刺さった。

 メディアリアは、ぽつりと息を呑んだ。

 胸の奥に張りつめていた糸が、ふっと緩むような感覚がした。

メディアリア「……嬉しかった、って……」

 胸の奥がじんわりと熱くなる。

メディアリア「……そんなの……そんなの……」

 言葉が続かない。

 涙が出そうで、でも泣きたくなくて、喉の奥がきゅっと締めつけられる。

メディアリア(……どうして、この人は、こんなにも純粋なんだろう)

 自分は不安に飲まれ、疑い、怯えていた。

 徒党を解散されるのではないか、置いていかれるのではないか――そんな影ばかり見ていた。

 なのに金吾は、ただ“嬉しかった”と言う。

 純粋で、飾り気がなくて、そのままの気持ちを差し出してくる。

 自分は、どうして邪なのだろうか。どうしてこの人のように純粋じゃないのだろうか。

 そんな自己嫌悪がメディアリアを襲う。

 金吾は、そんな彼女の揺れに気づかないまま、まるで当たり前のことを言うように続けた。

金吾「……ここのメシは、今まで食べたどの店よりも一番うまいから、お前に食わせたかったんだ。ちょっと不安だったけどな」

 その声は、静かで、真っ直ぐで、どこにも嘘がなかった。

 メディアリアの視界が、じわりと滲む。

メディアリア(……そんなの、そんなの……)

 泣きたくないのに、涙がこぼれそうになる。

 嬉しさと、安堵と、自己嫌悪と、救われた気持ちが全部混ざって、胸の奥がどうしようもなくいっぱいになる。

 金吾はぽかんと目を瞬かせ、言った。

金吾「……なんだよ、泣いていたらメシが食えないだろ」

 その不器用な優しさが、メディアリアの胸をさらに温かく満たしていった。

 でも――そのぎこちなさが、メディアリアにはたまらなく温かかった。

 胸の奥に溜まっていた影が、ゆっくりと溶けていく。

メディアリア「……泣きません……もう、泣きません……」

 そう言いながら、声は完全に涙声だった。

 金吾は困ったように頭をかいた。

 ちょうどその時、厨房からミノタウロスのステーキの香ばしい匂いが漂ってきた。

オドレイ「あーあ、なーかせたー!!」

 オドレイの声は、店内のざわめきに軽やかに混じって響いた。

 その調子は明るく、からかい半分、でもどこか優しさが滲んでいた。

メディアリア「っ……!」

 メディアリアは慌てて目元を拭った。

 涙を見られたのが恥ずかしいのか、それとも金吾に泣かされたと思われるのが嫌なのか――自分でも分からないまま、顔を赤くして俯く。

金吾「ち、違うんです、違うんです!」

 金吾は慌てて否定しようとしたが、

 その必死さが逆に“図星”に見えてしまい、周囲の冒険者たちがくすりと笑った。

オドレイ「はいはい、言い訳はあとで聞くよ。ほら、ステーキ二丁お待ちどう!」

 オドレイは笑いながら皿を置いた。

 ミノタウロスの肉がじゅうっと音を立て、香ばしい匂いが二人の間にふわりと広がる。

 その匂いが、さっきまでの涙の気配をそっと押し流していく。

メディアリア「……おいしそう……」

 まだ少し鼻にかかった声で、メディアリアはぽつりと呟いた。

金吾「そうだよ(便乗) ここのステーキは最高に美味い。やはり肉!! 肉は全てを解決するっ!!」

 金吾は照れ隠しのように笑い、メディアリアの皿をそっと押しやった。

 その仕草は、言葉よりもずっと優しかった。

オドレイ「まったく……美人が台無しじゃないか」

 そういうと、メディアリアにハンカチを渡してそう言ってオドレイは厨房へ戻っていった。

 残された二人の間には、さっきまでとは違う、柔らかい空気が流れていた。

メディアリア「……いただきます」

金吾「おう、おかわりも良いぞ」

 二人は同時に手を合わせ、

 湯気の立つステーキにナイフを入れた。その瞬間、メディアリアの胸の奥に残っていた影は、完全に溶けて消えた。

 ――今だけは、隣にいられる。

 その小さな確信が、彼女の心をそっと満たしていた。

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