共生
あれから一週間がたった。金吾の傍らに、少女の姿はもうない。
メディアリアはアンカーの勧めで徒党を組んだ。――正確には、金吾がアンカーに頼んだのだ。
いつものように、ただ黙々と狩りをする日々。彼女のいなくなった、いつもの狩り場での日々だ。
誰に褒められるわけでもない。
目的へ本当に近づいているのかも分からない。
それでも歩みを止めない、あの“孤独な日常”が戻った。
――はずだった。
金吾「うっ……」
いつもの狩り場に、少女がいた。
徒党の姿はなく、ひとりで狩りをしている。
金吾「……お前、パーティは?」
メディアリアはムスッとした表情で振り返った。
メディアリア「追い出されました」
金吾「はあ? ……なんで?」
メディアリア「彼らは、意識が低すぎるんです。冒険者として生きる意識も、何もかもが」
メディアリアは彼らに対して苦言を呈しすぎた。どちらが正しいかは、それを観測した人間によって変わることだろう。
金吾「協調性ってのは、ある程度必要だろう」
メディアリア「わたしを使いこなせない、彼らが悪いんです」
自分が言った言葉を、完璧に返されてしまい、金吾は何も言えなくなった。
金吾「……お前、そんなに意識高い系だったか?」
メディアリア「はい。貴方の影響で、こうなりました」
黙々と作業を続ける彼女を横目に、金吾も仕事に取りかかる。
だが、どこか苛立ちを隠せないメディアリアに、こんな一面があるのかと驚いていた。
ドスッ、と杖を地面に突き立てる音が響く。
メディアリアが金吾の元へ歩み寄ってきた。
頭二つ半はある身長差から見上げるその瞳には、途方もない怒りが宿っていた。
メディアリア「……アンカーさんから聞きました」
ああ、と金吾は納得した。
メディアリア「そんなにわたしは邪魔ですか!?」
金吾は目をそらす。
金吾「……邪魔じゃないから困っているんだ」
メディアリア「なら!!」
金吾「俺は、余りにも信用がない。それはお前にも悪影響を及ぼす。だから一緒にいないほうが良いんだよ」
メディアリア「そんなもの、ただの理屈です!! 悪影響なんてどうでもいいです! わたしは……わたしは、金吾さんと一緒にいたいんです!」
金吾「理屈は大切だろ……」
メディアリア「どうして!? どうしてそんなにわたしを突き放すんですか!」
その瞬間、金吾はムッとした。
売り言葉に買い言葉だと分かっていながら、口が動いた。
金吾「お前こそ、なんで俺なんだ!!」
メディアリア「……わたしを助けてくれたのは金吾さんだけでした。わたしを信じてくれたのも、叱ってくれたのも、ちゃんと見てくれたのも……金吾さんだけなんです!」
金吾「たまたまだよ。恩に感じる必要もない」
メディアリア「何もなかったときに助けてくれたから、だから……」
金吾「今は違うだろ。自分で切り開ける力がある」
メディアリア「そんなことどうでもいいんです! わたしは……わたしは、金吾さんと一緒にいたいんです。理屈じゃないんです!!」
金吾「……怖いんだ」
メディアリア「え……?」
金吾「お前が俺のそばにいると……期待してしまう。また誰かと一緒に歩けるんじゃないかって。……そんな希望を持つのが、一番怖いんだ」
メディアリアは息を呑む。
金吾「俺はもう、誰かを信じて裏切られるのは嫌なんだ。お前にまで捨てられるのは……もっと嫌なんだよ」
それが、金吾の弱さだった。自分が傷つかないようにとする自己防衛が、メディアリアを遠ざける根源なのだ。
メディアリアは、自分の敵の正体が、その時はっきりとわかった。それは金吾の弱さであり、金吾を傷つけた者たちだった。
だからこそ、彼女は卑怯な手を使うのだ。金吾の良心に付け入り、そして、自分がもっとも卑しいと思う、その手段を――それでも、行うのだ。
メディアリア「わたしは……わたしはっ!! 今、捨てられました!! あなたに……“今”!!」
その叫びは、怒りでも泣き言でもなかった。
胸の奥から絞り出すような、切実な痛みそのものだった。
メディアリア「助けてくれたあなたに……拾ってくれたあなたに……“もういらない”って言われたのと同じなんです!! わたしには……そう聞こえたんです!!」
声が震えているのに、言葉は鋭かった。
金吾の良心を狙い撃つように、ためらいなく突き刺さる。
金吾が最も恐れ、最も傷つく場所を、正確に。
金吾「……捨てたって、俺はお前の仲間じゃ――」
メディアリア「捨てられました!! あなたに救われて、拾われて、それで今捨てられました。それは、どうなんですか!! それは、酷いことじゃないんですか!!」
金吾「……」
メディアリア「わたしだって、怖いんです。大切な人が、いきなりいなくなってしまうなんて……怖いんです」
震える声だった。
でも、その瞳はまっすぐ金吾を見ていた。
メディアリア「でも……金吾さんなら、居なくならないから、そう思えるから、いつの間にか急に居なくなったりしないから、わたしを助けてくれたから……」
金吾「……言っていることがめちゃくちゃじゃないか」
メディアリア「わたしは、金吾さんに捨てられることが……今はずっと怖いんです」
金吾は息を呑んだ。
その言葉は、彼の胸の奥にある“触れられたくない場所”に、そっと触れてくる。
自分がされた最も嫌なことを、自分がメディアリアにしている――
その事実が、残酷なほど鮮明に突きつけられた。
後悔と罪悪感が、胸の奥からせり上がってくる。
メディアリア「だから……突き放さないでください。わたしは、金吾さんの隣に立てるように……ちゃんと強くなりますから」
その言葉に、金吾は顔を上げた。
メディアリアの瞳は、涙で揺れているのに、どこまでも強く見えた。
金吾「お前は十分強いよ……」
金吾は天を仰ぐ。
金吾「弱いのは俺だ……俺なんだよ」
メディアリア「捨てません。わたしは……金吾さんを捨てたりしません。だから、あなたもわたしを見捨てないで……」
震えた声で、濡れた瞳で、しかしそれでもその手は、金吾の袖を掴んだまま決して離そうとはしない。
彼女の言葉が、あまりにも真っ直ぐで、逃げ場がなかった。
メディアリア「わたしは、わたしだけは、あなたの強さも弱さも知っている。そしてあなただけが、わたしの弱さも強さも知っている。だから……だから、徒党を組みたい。あなたになら、命を預けられるから」
金吾「……っ」
彼女の言葉は、慰めでも励ましでもない。冒険者として、もっとも誠実な論理がそこに置かれていた。
金吾は、しばらく黙っていた。
風の音だけが、二人の間を通り抜けていく。
そして――
金吾「……分かったよ」
その声は、諦めでも、覚悟でもなく、初めて彼女に言い負かされたことへの、静かな称賛だったのかもしれない。
金吾の言葉を聞いた瞬間、メディアリアの目が大きく見開かれ、涙がこぼれ落ちる。
金吾「共生、そう共生だ。互いが互いのために必要としている、たまたま、そう、たまたまな……だから徒党を組む、そういうことだよな」
だが、人はそれを運命と呼んだ。
金吾「今日から、お前は俺の仲間だ。俺はお前を信じる。何があってもな。だから、お前も俺を信じろ、メディアリア」
メディアリアは唇を噛みしめ、こくりと頷いた。
メディアリア「……はい」
その返事は、小さくて、でも誰よりも強かった。
いつまでも、いつまでも金吾の瞳を見つめていた。
金吾「……なんだよ」
メディアリア「ふふっ! 初めて名前を呼ばれた気がして」
涙を裾で拭いながら、メディアリアは笑う。
金吾「そうか……? そんなことは、ないと思うんだがな」
金吾も自然と笑顔が、にじみ出た。
静かな笑い声が、二人の間を走った。もう、風の音は聞こえない。




