凡人の狩り
グラファザンは大型の鳥獣魔獣である。
全長こそ一五〇センチほどだが、体重は百キロを超える個体も珍しくない。
その巨体を支える脚は異様なほど発達しており、木々の幹を蹴り、滑空するように森を駆け抜ける。
その動きは、まるで森そのものが跳ね回っているかのようだった。
繁殖期を除けば単独行動が基本で、生態はキジに近い。
だが、その足と爪はダチョウやヒクイドリのそれに酷似しており、鳥類でありながら飛べない点も同じだった。
肉質は極めて良く、脂が乗り、量も多い。
“森のバター鳥”と呼ばれるほどの高級食材で、需要は常に高い。
しかし、その美味さに見合うだけの危険性も持ち合わせている。
森の中で縦横無尽に滑空し、木を蹴って方向転換するその俊敏さは、並の冒険者では到底追いきれない。まともに力比べをすれば、Cランクでも返り討ちに遭うのが常だった。
ゆえに、狩猟は罠が基本だった。臆病な性質を利用して追い込み、逃走経路を読んで仕留めるのが定石である。
金吾「……逃げるとしたら森の方角か」
金吾は草原の風を読み、森の影を一瞥した。
グラファザンは危険を察知すれば、必ず“滑空しやすい方向”へ逃げる。
それは地形と習性が生んだ、ほぼ絶対の法則だった。
金吾「先回りして罠を仕掛ける。まず俺が泥の穴を作る。だが、あいつは滑空で飛び越えるだろう。十メートルは跳ぶ。着地の瞬間に滑らないよう、水気のない地面を選ぶはずだ」
メディアリア「だから、水を撒いて誘導するんですね」
金吾「そうだ。濡れた地面は、着地に不向きだから嫌う。そこに誘導して……」
金吾は指先に氷の気配を灯しながら、メディアリアを見た。
金吾「兎狩りと同じだ。お前が水を撒き、俺が凍らせる。だが鬼うさぎとは質量が違う。あいつを止めるには“大きな水塊”が必要だ。だが水が多すぎれば、凍らせる前に逃げられる」
メディアリア「……その塩梅を、見極めるんですね」
金吾「そういうことだ」
金吾の声は淡々としていたが、その裏には緊張があった。
メディアリアも緊張を悟り、杖を握る手にぎゅっと力を込めた。
金吾「あとこれを渡しておく」
差し出されたのは、金吾が自作した小さな金属球――音爆弾だった。
金吾「やつは大きな音に弱い。一瞬だけだが、必ず動きが止まる。いざって時に使うんだ」
メディアリアは真剣な表情で頷く。
金吾「っ!!」
次の瞬間、金吾の弓がしなる。
放たれた矢は一直線に飛び、グラファザンの脚へ深々と突き刺さった。
だが巨鳥は痛みに悲鳴を上げるだけで、動きを止める気配はない
金吾もそれを織り込み済みだった。
魔獣は予想通り、森の方角へと逃げ出す。
金吾はすぐさま肉体強化魔法「迅雷」を発動し、脚だけを強化して追いすがった。追いつくことはできないが、見失わない距離を保つには十分だった。
金吾「よしっ!」
地面に仕掛けた無数の泥穴を、グラファザンは滑空して軽々と飛び越える。
その先にあるぽつんと乾いた一角だけが、周囲の水たまりに囲まれていた。
そこが誘導地点だった。
問題は着地の瞬間だった。その瞬間こそウォーター・ボールを最も当てやすい時だからだ。
もしメディアリアのウォーター・ボールが外れても、周囲の水たまりが代わりになる。
だからといって外れて良いわけではない。
――メディアリアに緊張が走る。
メディアリア「はああああ!!!!!」
少女の叫びとともに、巨大な水塊が空を裂いた。
グラファザンの頭上に落ち、質量そのものが魔獣を地面へ叩きつける。
金吾「氷結ッ!!」
金吾の氷魔法が一気に広がり、魔獣の体表を凍らせていく。
だがグラファザンは暴れ、氷が完全に回りきる前に体を捩じって抵抗した。
金吾「くっ!!」
肉体強化魔法「迅雷」は膨大な魔力を必要とする。今回は部分的に、つまり足にだけ強化を施したが、それでも魔力の半分を消費した。
金吾に余力は少なかった。それが「氷結」の威力を落としている原因だった。
メディアリア「っ!!」
それは咄嗟の判断だった。金吾から託された音爆弾を投げたのだ。
轟音とともに、グラファザンの動きが一瞬だけ止まった。その一瞬が決定的だった。
みるみると体力を削られていき、氷で覆われていく。
金吾「頭だ!! 頭を狙え!!」
メディアリアの杖が閃き、水の斬撃――ヴァトン・ヘッグが放たれた。
三日月状の水刃が空気を裂き、グラファザンの頭部を正確に切断する。
噴き上がった血しぶきは、沈み始め赤みを帯び始めた太陽の光を浴びて赤黒く光った。
だが、その血の噴水は次の瞬間、みるみるうちに凍りついていく。
氷の蔦が生き物のように広がり、怪鳥の体を半ばまで覆い尽くした。
金吾「ま、まずい!!」
メディアリア「き、金吾さんっ……!」
そう叫んだ瞬間、金吾の魔力がぷつりと途切れた。
視界が揺れ、膝が崩れ、そのまま地面に倒れ込む。
半分だけ氷に閉じ込められた怪鳥の亡骸が、なおも微かに痙攣している。
メディアリアは杖を握ったまま立ち尽くし、どうすればいいのか分からずオロオロと視線を彷徨わせた。
氷のきしむ音だけが、水浸しになった草原に響いて溶けていった。




