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目標

 金吾はいつものように狩りをしていた。その傍らには、当然のようにメディアリアがいる。

 徒党を組んだわけではない。金吾は何も言わず、メディアリアはただついていくだけだった。

 それでも、二人の距離は確かに変わっていた。この一月で、メディアリアは驚くほど成長していた。

 まず装備が違う。動きやすさを重視した軽装鎧に変わり、杖も新調されていた。

 魔力の練り上げを補助する特殊な木材を使い、先端には槍の穂のような金属が取り付けられている。普通の杖より重く扱いづらいが、一人で狩りをすることを前提にした選択だった。

 本来、金吾の助言は「徒党を組んだときに役割を見つけ、長所を伸ばせ」というものだった。

 だがメディアリアが手本にしたのは、金吾の生き方そのものだった。

 そのことに金吾は苦言を呈しそうになったが、やめた。

 ――これは彼女が自分で選んだ道なのだから。

メディアリア「はああああ!!!」

 メディアリアの得意とする水魔法シャワーレインで一帯を濡らし、金吾が氷魔法で一気に凍らせて動きを封じる。 二人は連携して鬼うさぎを狩っていたのだ。

 その後、代わりばんこにトドメを刺して経験値を均等に分け合う。本来なら徒党を組めば済む話で、効率としては最悪に近い。

 それは二人とも理解していた。

 それでも――そうした。

 狩猟数が三十を超える頃には、太陽はすでに高く昇っていた。二人はようやく昼食を取ることにする。

 金吾が一日かけて狩る数を、二人なら半日で終えられる。これが徒党の利点だった。

金吾「レベルが20を超えれば、申請すると、討伐数を審査されて、Cランクへ上がることができる」

メディアリア「はい、知っています!」

金吾「そうか……」

メディアリア「Bランクにはレベル40を越えること、あとは中級モンスターの討伐数でしたっけ」

金吾「そうだ。その他にもギルドに対する貢献も考慮されるが、大した問題じゃない」

 中級魔獣――それはメディアリアと出会った時に襲ってきたミノタウロスやウルフベアのような存在だ。肉の量も毛皮の価値も高く、その素材はアウレリアの経済に大きく貢献する。ゆえに評価も高く、討伐難易度も比例して上がる。

 このレベル帯になると、ほとんどの冒険者は徒党を組んで狩りに挑むのが定石だった。

 金吾自身も中級魔獣の討伐は行っていたが、それは最善の準備を整えたうえで、一体だけを狙うという厳しい制約を課しての狩りだった。

 そうしなければ、大怪我を負う。

 怪我の有無は生活に直結する。完治する保証もない。

 それでも狩猟を続けたのは、経験値の多さと――やはりBランク昇格のためだった。

金吾「Aランクともなると、話は別だがな」

 Aランクはさらにギルド、そして都市への貢献が求められる。

 運も絡むが、それ以上に才能が重視されるため、ギフテッドは優先的に昇格される。

 市民権という特権が、その流れを後押ししていた。

 つまり――Bランクこそが、凡人が到達できる頂点と言ってよかった。

金吾「俺の目標は、Bランクに上がることだ。お前はAランクだろう?」

メディアリア「……はい」

 市民権を回復させ、その上で公正な裁判を求める――それがメディアリアの目標だった。

 だが本人ですら、もう半ば諦めかけていた。

 たとえ幸運にもAランクに上がれたとして、公正な裁判など望めるはずがないと知っていたからだ。

 それでも、叶わぬ夢を抱き続けなければ前へ進めない。それが人間であるのかもしれない。

 ――それは金吾も同じだった。

メディアリア「Bランクになって、その後は、どうするんですか……」

 それは金吾への問いであると同時に、自分自身への問いでもあった。

 自分は何を目指すのか。どこへ向かうのか。

 メディアリアは、金吾の答えの中に、自分の未来の形を探していた。

 金吾の顔がわずかにこわばる。

メディアリア「ご、ごめんなさ――」

金吾「……移住だ」

 謝罪の言葉を遮るように、金吾は短く答えた。

メディアリア「移住……?」

金吾「別の都市への移住だよ。別に都市じゃなくてもいい。用心棒でもなんでもな」

メディアリア「それは、今だってできるんじゃないですか? 金吾さんは、凄いじゃないですか」

金吾「箔だよ」

 メディアリアが首をかしげる。

 金吾は、はあ、と深くため息をつき、言葉を続けた。

金吾「アウレリアの冒険者レベルは高い。魔獣が他と比べて強力らしいからな。だからこそアウレリアのBランクはそれなりに信用されるんだよ」

メディアリア「そんなに先まで、考えてるなんて」

金吾「あのなあ、俺はもう32だぜ? 遅いくらいだよ……」

メディアリア「えっ!!」

 メディアリアは金吾の年齢に素直に驚いた。

 その反応があまりに真っ直ぐだったので、金吾は思わず苦笑する。

金吾「なんだよ、幼く見えるってか? ……まあ、よく言われるよ。苦労してこなかったツケだな」

メディアリア「で、でも若く見られることは良いことなんじゃ……」

 金吾は肩を落とす。

金吾「若く見えるだけで、若いわけじゃないのさ。体力も落ちるし、回復も遅い。……冒険者としては、もう先が短い」

 その言葉には、淡々とした響きの奥に、わずかな悔しさと諦念が混じっていた。

 それは、誰にも見せたことのない“本音”の一部だった。

 メディアリアはしばらく黙り、金吾の横顔を見つめた。

 彼の言葉の重さが、胸にゆっくりと沈んでいく。

メディアリア「……それでも、金吾さんは前に進んでるじゃないですか」

金吾「当たり前だ。そうしなければ死んでしまうからな」

 金吾は蒼穹の空を見上げた。

 その瞳は、どこか遠くを見ているようだった。

金吾「南には、水の上に浮かぶ都市があるらしいじゃないか。宝石のように光る海。まるで地中海のようなんだろうな」

メディアリア「地中海……?」

金吾「俺の元いた世界にある海の名前だよ。エメラルドグリーンと称される海と、白い建物の町並みなんて、一度は見てみたかった。もしかしたら、この世界の南の海なら、そんな景色が見れるのかも知れない」

メディアリア「元いた世界……」

 異界の人間は珍しいが、この世界では“存在するもの”として受け入れられている。

 アウレリアの属するアルカンディア王国の建国王が異界から来た者だった――その歴史が、異界人を特別視しすぎない空気を作っていたのだろう。

メディアリア「……金吾さんの元いた世界は、どんな感じだったんですか?」

 金吾の視線は、どこか遠い場所を見ていた。

 蒼穹を見上げていたはずなのに、その瞳はもうこの世界の空を映していないようだった。

金吾「……そうだな」

 ゆっくりと息を吐き、言葉を探すように間を置く。

金吾「俺のいた世界は……雑多で、忙しない所だった。特徴的なのは、そうだな、空に向かって突き刺さるみたいに高い塔がいくつもあってな、森のように塔が乱立してたよ」

 メディアリアは目を丸くする。

 金吾は続けた。

金吾「夜になれば、街全体が光るんだ。魔法じゃない。火でもない。……電気っていう、つまり雷魔法だな。それを魔法無しで作っていたんだ。作り過ぎなくらいにな。だから夜でも昼みたいに明るくなる」

 彼は少し笑った。懐かしさと、もう戻れない場所への距離が混じった笑いだった。

金吾「人は多くて、多すぎて、どこへ行っても誰かがいて、誰もが急いでいた。便利なものは山ほどあったが……その分、遅いやつは虐められるんだ」

 メディアリアは静かに聞いていた。

 金吾が自分から過去を語るのは珍しい。

 その声には、どこか寂しさが滲んでいた。

金吾「鎌倉は、俺の故郷は結構自然が多い場所でな。海がそばにあって、でも山もそばにあるから、結構坂が多くてな。潮風のせいでいろんな物がすぐ錆びるし、風は強いし、でも無駄に歴史があるところだから、寺院は多いし、そのせいで観光客は多いし……でも――」

 金吾の目が閉じる。

金吾「でも、そんな潮風が今は無性に懐かしい」

 メディアリアはそっと微笑む。

メディアリア「……素敵な故郷だったんですね」

 金吾は首を横に振る。

金吾「良いところも悪いところもあったさ。どんな世界も同じだ。……ただ、俺が生きていた場所だってだけだ」

 その言い方は淡々としていたが、どこか優しかった。

 まるで、自分の過去をそっと撫でるような声音だった。

 メディアリアは少しだけ迷ってから、ぽつりと呟く。

メディアリア「……私は海を見たことがないから、いつか見てみたいです」

 金吾は驚いたように彼女を見たが、すぐに視線をそらした。

 その仕草は、照れ隠しとも、胸の奥に何かが触れた証とも取れた。

金吾「――っ」

 だが、金吾は何も言わない。

 風が二人をすり抜けて、草原の中に散っていった。

 海風とは違う、湿り気が微塵もない乾いた風だった。

 ――ガサっ

 その音を、反射的に見た二人は、もう昼食の休憩が終わることを実感する。

メディアリア「あれは、グラファザン!? 森の中にしか居ないのに、どうしてこんなところに……っ!!」

 それは中級の鳥型の魔獣だった。


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