独白
メディアリアは金吾の後を追い、そのまま部屋へと入った。
窓辺に座る金吾は、黙々と自作の酒を飲み続けていた。
メディアリア「……あの、大丈夫なんでしょうか、殺人で捕まっちゃうんじゃ……」
少女の声は震えていた。
金吾「市民権もないごろつきが一人死んだところで誰も動かない」
金吾の言葉は冷たく、しかしどこか自嘲を含んでいた。
それは自分たちもそういう扱いをされる――そう暗に告げていた。
その意図を理解したメディアリアは、息を呑んだ。
重い空気が部屋を包み込み、酒の匂いがさらに濃く漂った。
金吾「何しにきたんだ。俺を罵りにでも来たのか? いい加減出ていけよ」
金吾の声は突き放すように響く。
だがメディアリアは何も言えなかった。
口を開こうとしては閉じる。それを繰り返し、やがて覚悟を振り絞って声を出した。
メディアリア「わたしの両親は、六年前に死にました。事故でした」
金吾は酒を飲み続ける。
少女の声だけが、静かな部屋に響いた。
メディアリア「私の家は塩の卸売をしている商人でした。それなりに繁盛していたのですが、両親が亡くなってから、番頭たちが財産を全て取って、私は孤児院に入れられました」
金吾「……番頭に相続権は存在しないだろ」
金吾の声は低く、鋭い。
メディアリア「どうやら、両親が番頭の親族に借金をしていた、らしいです。でも私の実家は、いま番頭が使っています。番頭の言い分を教会の人が保証したから、そういうことになったらしいです」
金吾「この街の教会は、つまり塩の産地であるスールベルンの司教とも深い繋がりがある、か」
金吾は窓の外を見つめながら呟いた。
番頭と教会が結託し、彼女の両親を謀殺した――そういう可能性が脳裏をよぎる。
メディアリア「孤児院でも、私は虐められていました。元々市民だったから。孤児院に入れられたのも、教会の力によるところもありましたし……」
少女の声は震えながらも、必死に過去を吐き出していた。
金吾「……なんのために冒険者になったんだ?」
金吾の問いは鋭く、彼女の胸を突いた。
メディアリア「……もしも市民権が回復されたら、もしかしたら、家を取り戻せると思ったから……」
金吾「浅はかだな」
冷たい言葉が返る。
メディアリア「浅はかでした。わたしには、なんの知識もなかった。何の覚悟もなかった……」
メディアリアは俯き、拳を握りしめた。
窓辺の月が淡い桃色の光を放ち、二人の影を長く伸ばしていた。
その光は、孤独と屈辱を抱えた男と、過去を背負う少女を静かに照らしていた。
金吾の酒瓶は、もう何も残っていない。
金吾「なんでそんな話を俺にした?」
メディアリア「貴方も同じだと思ったから。わたしと同じ、悲しい目をしていたから……」
少女の言葉は確信めいていた。
実は彼女は事前に事の詳細をアンカーから聞いて知っていた。だが黙った。それが効果的だとわかっていたから。恥じながらも、実行した。――一緒にいたかったから、それでもした。
そんなメディアリアに絆されたのか、はたまた酔からなのか、金吾は自分の胸の内を吐露し始めた。
金吾「俺はこの世界に来て、自分は特別だと思った。だけどそんなことはなかった」
淡々と金吾は語った。
メディアリア「この世界……?」
メディアリアは小さく呟いた。
金吾「だけど、もっと特別なやつが居た。俺と同じ世界から来た奴らだ。凄い奴らだった。悔しかった。だが、自分の価値をなんとか見出そうとした。そいつらを影から支えることが、俺の役割だと思ったからだ」
空になった酒瓶の口を指でつまみ、金吾は揺らした。
乾いた音が部屋に響く。
金吾「アイツラが無駄遣いをしても、それを肩代わりしたり、徒党の資金から捻出していた。それはそれで悪いことだろうが、徒党の輪を乱すよりは良いことだと思ったんだ。だが、Sランクになった途端に、奴らはそれを糾弾した。こっちの反論も無視してな。だから裏帳簿を、もう一人のメンバーに託したんだ。だけどそれを握りつぶした。当然だよな、俺なんかよりギフテッド二人を取るのはよ」
金吾の声は次第に熱を帯びていく。
金吾「その後は、寛大にも追放だけで許されたんだが、新しい徒党を組んでも、アイツラが吹聴する話を根拠に、追い出され続けた。商人も俺を蔑んで何も売らない。ギルドの職員だって、ほとんど貶す目で見るんだ。俺が何をした? そんなに悪いことをしたのか? なあ、仲間の散財を徒党の資金から捻出することは、そんなに悪いことだったのか!? 俺は何も取っていない。何一つ取っていないのに!!」
声が震え、拳が机を叩いた。
金吾「追放された時に、その金額を俺の貯蓄から補填だってしているんだぞ!! それで寛大なアイツラからお許しをもらったんだ!! だが、そのことは吹聴はしないんだ!! だれも俺の言うことも信じない!! 俺は……俺はっ!!」
酒の影響からか、金吾は激昂し、目は赤く濡れていた。
その姿を、メディアリアはただ黙って見つめていた。
金吾「もう、行ってくれ……頼む……出てってくれ」
金吾の声はかすれ、懇願するように言った。
だが、メディアリアはそのまま彼のそばに寄り、そっと頭を抱きしめた。
金吾「やめろ……」
金吾はそう言いながらも、声が震えていた
彼女の腕の温もりが、荒れた心を少しずつ鎮めていく。
まるで自分の負の感情を、彼女が引き受けてくれるような錯覚に包まれた。
メディアリア「……わたしも、こうしてほしかった」
メディアリアの声は小さく、しかし確かな響きを持っていた。
メディアリア「両親が死んだときも、誰かに、こうして慰めて欲しかったから……」
金吾は黙ったまま、彼女の言葉を聞いていた。
酒で赤く濡れた目から、熱が少しずつ引いていく。
窓辺から差し込む怪しげな桃色の光が、二人を静かに照らしていた。
その光は、孤独に沈んだ男と、過去を背負う少女を包み込み、わずかな救いを与えていた。
やがて金吾は、深く息を吐いた。
金吾「……共感は、意味がない。建設的なことじゃない、無意味なことだ……」
その言葉は、彼自身の弱さを認めるようでもあった。
だが同時に、彼女の存在が、その行動が無意味でないということの証左でもあった。




