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過去の断片

 ギルドが用意した低ランク冒険者向けの下宿所の一室に戻ると、金吾は素焼きの瓶を手に取り、自作の蒸留酒を喉へと流し込んだ。

 微かにベリーの香りを漂わせる苦い液体を、喉を焼かせながら、彼の孤独と屈辱を洗い流すように流し込む。だがむしろ胸の奥に沈殿し、彼をさらに苦しめた。

 冒険者という生業は横のつながりが強く、一度悪評が立てば徒党を組むことを拒まれるのも珍しくない。厳しい社会だからこそ、人の助言や噂は重く受け止められる。だが金吾に対するそれは、あまりにも過剰だった。

 理由は明白だった。彼の元徒党メンバーがSランク冒険者へと昇り詰めたからだ。

 新人時代からの付き合いで、四人の徒党を組んでいた。二人は同じく日本からの転移者、もう一人はこの世界の生まれ。皆が「ギフテッド」と呼ばれる才能豊かな若者であり、ただ一人金吾だけが凡庸だった。

 最初こそレベルは上がっていた。だが二十を越える頃から差は歴然となり、同じレベルでもステータスに大きな開きが生まれた。才能と若さの差を突きつけられ、自尊心を傷つけられながらも、金吾は必死に自分の役割を見つけ、徒党を支えることに全力を注いだ。

 その最たるものが徒党資金の会計だった。

 仲間がAランクに昇格し、市民権を得た時、金吾は影で泣き、眠れぬ夜を行きつけの料理屋で過ごした。

彼らがSランクとなった時も、金吾はまだCランク。その差は余りにも大きかった。

 やがて自ら徒党を辞退する決意をした時、彼らから突きつけられたのは「横領」の疑惑だった。

 帳簿には確かに不自然な箇所があった。だがそれは金吾が盗んだからではない。徒党メンバーの散財を埋め合わせた痕跡だった。

 徒党のリーダー鳳条ライガは、余りある若さを持て余し歓楽街に足繁く通い、手持ちを越える遊興を繰り返した。天音ルナもまた散財癖があり、資金は常に逼迫していた。金吾はそれを補うため、徒党資金から、時には自らの貯蓄から捻出していたのだ。

 金吾は潔白を証明するため、もう一人の仲間エレイン・アーバレストに裏帳簿を提出した。だがそれが表に出ることはなかった。

 かくして金吾は、徒党資金を横領した恩知らずとしてロザリアを始めとした良識あるSランク冒険者達に共有された。その影響は市場にまで及び、金吾と取引をする商人は居なくなった。商人の中には冒険者を兼業している者が多かったことも影響しているだろう。金吾を許せないもの中には居たかも知れないが、大半がSランク冒険者の反感を買うことを避けてのことだった。

 もちろん金吾は無罪を主張し続けた。それに対するライガたちは、寛大、にも徒党からの追放で済ませたのだ。しかし、延々とそのことは吹聴され、金吾はその人生を壊され続けている。

金吾「はぁ……はぁ……」

 酒で焼けた食道が、僅かに彼を慰める。

 窓辺からは月が煌々と輝いていた。日本のモノとは全く違う、淡い桃色の光を放つ大きな月だ。

 ――その時、宿舎の入口付近で騒ぎが起こった。

「おいおい嬢ちゃん、こんなところに来るのは危ないんじゃないか? へっへっへ!」

 視線を下に向けると、そこにはメディアリアがいた。

メディアリア「金吾さんのお部屋は、どこですか……」

「そんなやつ知らねええよお! それよりも、へへ、良いねえ、ここんところ実入りが悪くてタチンボも買えなかったんだ!」

 数人の男がメディアリアを囲んでいる。

 メディアリアは水の斬撃魔法で牽制したが、それだけだった。男たちを傷つけようとせず、怯ませることもできない。

「こえーなあ! さっさとやっちまわねーとなあ!!」

 男たちの雰囲気が変わり、じわじわと追い詰められていく。

 メディアリアは恐怖で怯え、何もできなくなってしまった。

メディアリア「た、助け――」

 恐怖に声を震わせた瞬間、二階から金吾が飛び降りた。

 剣閃が走り、男の一人が真っ二つに斬り伏せられる。

 竹を割ったように鮮やかに裂けたその光景に、残りの者たちは脱兎の如く逃げ出した。

 呆然と立ち尽くすメディアリア。

 金吾は男の衣服で剣についた血と油を拭うと、そのまま宿舎へと入ろうとした。

金吾「さっさと去らないと、お前が犯人にされるぞ」

 冷たく言い残し、自室へと戻っていった。

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