講義
あれから一ヶ月が経過した。
金吾はいつものように狩りをし、時折ギルドの講義を受けて過ごしていた。
もう傍らに少女の姿はなく、静かな日々が戻っていた。
その日は狩猟を休み、炎魔法の講義を受けるためギルドへ向かった。講師はロザリア・レンベルク。天才と呼ばれる少女魔道士だ。
受付を済ませ、講義室へ入る。
ロザリア「げぇ、嫌なやつがいる!」
金吾の表情は硬い。
ぞろぞろと生徒たちが集まる。その中に意外な人物が居た。
メディアリア「金吾さん!!」
メディアリアだった。彼女は深々とお辞儀をする。金吾はバツの悪い顔をし、軽く会釈を返すと、いつものように一番後ろの端に身を寄せた。
だがメディアリアは金吾のそばに寄ってくる。金吾は反対の端へ移動するが、それでもついてくる。ため息をつき、低く言った。
金吾「あまり、そばによらないほうが良い。講師に目を付けられるぞ」
それでも、金吾のそばを離れようとしなかった。
ロザリア「それじゃあ、始めるわよ!! このスーパー天才少女ロザリア様のありがたい講義を聞きなさい!! ……そこのどろぼー以外はね」
目線は金吾の方に向けられていた。
彼女の授業は、経験と才能に裏付けられた論理的な構造を重視するものだった。
ロザリア「特に、魔力の強大な初心者が、自分が生み出した炎を制御出来ずに、自分の身を焦がすことが多いのよ。そのせいで、火力を抑えることを無意識にしてしまうわ。問題は炎をどこに発生させるかなの!! だからこそ、杖という補助具は重要なのよ。杖自体が生成の補助をしてくれるし、適切な位置も体感するから!!」
メディアリア「あ、あの!!」
メディアリアが手を挙げる。
ロザリア「なに? メディア?」
メディアリア「杖を使わずに、火力の高い魔法を打つ方法はどうすれば良いんですか?」
ロザリア「いい質問ね!!」
そう言うと、ロザリアは壇上から降りる。
ロザリア「まず一つ目は耐火魔法、というか防護魔法ね。手や体を耐火の魔法で覆って発動させるの。これを習得するのはかなり難しいわ。こればかりは、私も耐火の魔法しか習得出来なかったから、あれこれ教えることは出来ないわね。それぞれの系統の才能もそうだけど、防護魔法の才能がなければ習得は出来ないわ。全ての防護魔法が使える魔道士はかなり希少よ? だからこそ耐火素材の装備というのがあるんだけどね。それに、体を耐火の魔法で覆って、そして炎の魔法を使うなんて、それは魔力の無駄よ」
ロザリアは金吾を指差す。
ロザリア「おい、ドロボー、来なさい? 貴方で実験してあげる」
金吾はその指示に従って、生徒たちの前に出た。
メディアリアは不安な表情でそれを見守る。
ロザリア「まずはさっき言ったように、その距離!! 熱が自分の体を燃やさない距離に炎を出現させる。これには相当な魔法制御を要求されるわ。でもこれは初心者には大変、だから、そういうことを対策した魔法というのがあるの、それこそが魔法なの!! そうじゃなければ、私達は単に超火力の火打ち石に過ぎないわっ!!」
ロザリアは手のひらに火炎球を生成し、金吾へ放つ。
メディアリア「あっ!! あぶないっ!!」
メディアリアが思わず声を上げる。
金吾「っ……!」
金吾は即座に氷の壁を展開し、火炎球を凌いだ。
蒸発した氷が霧になって講義室を包み込んだので、生徒たちは慌てて窓を開けて霧を逃がした。
ロザリア「こうやって魔法を射出させるの」
ロザリアは舌打ちしながら講義を続ける。
ロザリア「このファイア・ボールの魔法は、炎の魔法と射出魔法をあわせたもの。比率は炎9射出1よ。この比率を変えることで、その速度と威力が変わる。もちろん技量が、魔法そのものの速度や火力に直結するけどね。魔法を操作する魔法、魔法の形を変える魔法、これらを属性魔法と組み合わせることが、魔法の基本だわ。まあ、これを感覚で行う人のほうが多いけどね」
彼女は一息つき、視線を巡らせる。
ロザリア「あと、属性魔法は同時生成は基本できないと思った方がいいわ。炎を出しながら水を出す、なんてね」
金吾「……特殊な才能があれば、話は別だがな」
金吾が低く呟いた。
ロザリアは少々驚いたように目を細める。
ロザリア「あんた、そんな声だったかしら? それとも、ルナのことでも思い出した?」
金吾は鋭い視線を返し、そそくさと定位置に戻る。
講義室の空気が一瞬張り詰めた。
ロザリアは肩をすくめ、再び講義へと戻る。
ロザリア「魔法は魔力を変換する技術、だからとしか言えないわね。神学的には――天使の恩恵は一度の魔法に一つの天使しか降りてこない、だったかしら? だから魔法というのは、炎を射出させたり、炎を纏わせたり、炎の形を変えることはできる。でも例えば帯電した水を作るには、水を出してから雷を加える必要がある。帯電している水を出すことはできないのよ」
彼女の声は澄んでいて、理論と神学を交差させるその説明は、教室の空気を再び静めていった。
メディアリアは真剣に聞き入り、金吾は腕を組んで黙っていた。
メディアリア「あ、あの!!」
メディアリアがまたも手を上げた。
メディアリア「錬金魔法は、属性魔法と組み合わせることはできるんですか?」
金吾の顔がひきつった。
ロザリア「錬金は、正直私の専門外だけど、そうねえ……」
ロザリアは顎に手を当て、少し考え込む。
ロザリア「属性魔法でないから、理論上は可能、だけど……正直魔法制御が難しすぎて実用は出来ない、って感じかな? 特に錬金魔法はその才能も必要とする魔法だし、魔法制御も属性魔法とは段違いだしねえ」
メディアリア「そうですか……」
メディアリアは小さく呟き、少し肩を落とした。だがその瞳には、まだ諦めきれない光が宿っていた。
ロザリアは笑みを浮かべて続ける。
ロザリア「錬金魔法に興味があるなら、メリティアの講義を聞くことをおすすめするわ! それに、錬金を習得すれば食いっぱぐれない。戦闘だけじゃなく、生活のあらゆる場面で役立つからね」
その後、授業は炎という性質の話へと移り、火力の制御方法、炎を形作る技術などが次々と語られていった。教室の空気は熱を帯び、メディアリアは必死にノートを取り、金吾もまた自作の質の悪いノートに書き込んでいる。
講義が終わると、メディアリアが話しかけてきた。
メディアリア「あの……」
金吾「……」
金吾は無言のまま立ち去ろうとした。だが、メディアリアが回り込み、その行く手を塞ぐ。
金吾「もう、俺にかかわらないほうがいい。今日、それがわかっただろう。」
低く、突き放すような声。
メディアリア「でも……なんで……」
少女の声は震えていた。
金吾「知りたいのなら、誰かにでも聞いてみると良い。だが、俺は説明したくない」
ロザリア「なら、私が説明してあげようか? ――ドロボー。」
二人の会話に、ロザリアが鋭く割って入った。
ロザリア「将来有望な人間に取り入るのがよほど上手みたいね。そうやってまた、人のお金を盗むつもりなんでしょ」
彼女の視線は冷たく、刃のように金吾を突き刺す。
金吾は何も言わない。
メディアリアは二人を不安そうに見つめていた。
ロザリア「いい、メディア。こいつはね、ずっと組んでいたパーティのお金を横領してきたの。Sランク――まあ当時はまだだったけど、そのパーティでね。実力も才能もないくせに、ギフテッドのパーティに拾ってもらった癖に、ずっとそのお金を盗んできたのよ!! この恩知らずは!!」
メディアリア「……っ!」
メディアリアは驚愕し、息を呑む。
ロザリアは鼻で笑い、さらに言葉を重ねる。
ロザリア「Sランクに昇進したライガ達に助言したのは私! 才能があると金銭感覚が鈍くなるから気をつけろって言ったら、あんたの悪行が露呈したってわけ!! タカリの癖に、まだこの街にいるなんて、よくもまあず太い神経を持っているのね!! 恥知らずのどろぼー!」
メディアリア「本当なんですか……?」
メディアリアの声は震え、視線は金吾に向けられていた。
金吾は悲しい目をした。
金吾「Sランク様が言うんだから、それが真実なんだろうな」
その言葉を残し、金吾は背を向けて歩き去った。
ロザリア「メディア、貴女には才能があるんだから、変な男に引っかからないようにしないよダメよ? 特にああいったタカリ魔にはね」
メディアリアは、金吾の背中をいつまでも見ていた。
悲しいなあ




