記憶の境界
「また君を見つける」――たとえ記憶を失っても。
異世界と現実の“境界”を越えた再会の物語です。
彼は目を覚ました。
コンクリートの天井、無機質な光。病院のような部屋。名前も、過去も、すべてが霧の中に消えていた。
「……君の名前は?」
白衣の女性が問いかける。だが、答えは出ない。ただ、胸の奥にぽっかりと穴が空いているような感覚だけが残っていた。
異次元で彼と出会った女、アイラ。
彼はその場所で彼女と出会い、確かに心を通わせた。でも、運命は残酷だった。世界が元に戻るとき、彼は記憶を失い、彼女だけがその想いを抱えて戻ってきた。
「きっと、また会える。私は……あの人を見つける」
異次元での記憶が残る彼女は、現実世界で彼を探し始める。手がかりはひとつだけ――彼が最後に言った言葉。
「また、どこかで会おう」
ある日、駅のホームですれ違う2人。
彼は彼女を見て、心がわずかにざわめいた。
彼女は彼を見て、何かを感じた。
だが、記憶の壁は厚かった。言葉にはならなかった。
彼の夢の中。
見知らぬ草原、涙を流す女性、風に舞う白いワンピース。
その夢の中で、彼は何度も同じ名前を口にしていた。
「アイラ……?」
目覚めたとき、彼の目から一筋の涙がこぼれた。
アイラは異次元への扉が再び開く兆しを感じ取っていた。
彼もまた、自分の中で何かが覚醒していくのを感じる。
そして、運命の再開は――
ある夜、満月の光の下、ふたりの視線が再び交わる。
「やっと、会えた……あなたのこと、ずっと探してた」
「……君のことを、夢で見た気がする」
再会したその瞬間、世界が静止したように感じられた。
街の喧騒も、人々の声も、すべてが遠くなり、2人だけが時間の中に取り残されたようだった。
アイラは、そっと彼の手を取った。
「思い出さなくてもいい。…でも、もう一度、あなたと一緒に歩きたいの」
彼は少し戸惑ったようにその手を見つめたが、やがて、そっと握り返す。
「……わからない。でも……この温もりだけは、知っている気がする」
アイラの瞳から、涙がこぼれた。
だが、2人の再会をよしとしない“存在”がいた。
異次元のバランスが崩れることを恐れた管理者が、アイラの接触を阻もうと現実世界に干渉を始めていた。
その夜。
彼の部屋の鏡が突然、黒く染まり――そこから現れたカガリの影が、彼を捕らえようとする。
「君は、ここにいてはいけない。記憶は封じられたはずだ」
彼の意識が引き裂かれそうになったその瞬間、アイラが駆けつけた。
「やめてっ!彼は戻るべき人なの!」
「ならば証明しろ。彼の記憶が本物であることを」
カガリはそう言い残し、鏡の中へと消えていった。
彼は、自分の中にある記憶の断片をたどるため、アイラと共に再び“異次元”への扉を開こうと決意する。
アイラは静かに言った。
「この世界では、あなたの心が鍵になる。信じて、一緒に行こう」
ふたりは、境界の扉――廃ビルの地下にある“異次元の狭間”へと向かった。
その場所で再び、世界がゆがみ始める。
彼の心の中に、眠っていた記憶のかけらが浮かび上がる――
微笑むアイラの顔、涙、別れの瞬間、そして――
「たとえすべてを忘れても、また君を見つける」
異次元の中、彼は“過去の自分”と向き合う。
光と闇が交錯する空間で、彼は自らの記憶を掴もうとする。
そして、ようやく――
「……アイラ。君を忘れるはずがない」
すべての記憶が戻った瞬間、異次元が光に包まれ、2人は現実世界へと戻る。
彼はアイラの手を強く握った。
「今度こそ、もう離さない」
アイラは微笑みながら、そっと頷いた。
異次元の扉が閉じた後も、彼とアイラの心にはまだ不安が残っていた。
カガリ――あの異次元の管理者の存在は、ただの敵ではない気がしていた。
ある夜、彼の夢の中に再びカガリが現れる。
その姿は、前よりも穏やかで、どこか哀しみに満ちていた。
「お前が記憶を取り戻すこと、それが“破滅”を招くと私は思っていた。だが…私は間違っていたかもしれない」
夢の中で、カガリは語り出す。
カガリもかつて、愛する人と異次元で出会い、引き裂かれた存在だった。
だが彼は、記憶も感情も捨て、管理者として永遠の孤独を選んだ。
「私は、お前たちを見て…もう一度、人としての自分を思い出した」
目覚めた彼は、アイラにすべてを話す。そして2人は決める――
もう一度、カガリに会おう。異次元に新たな秩序を築くために。
2人は、再び“記憶の境界”を越える。
そこには待っていたカガリの姿が。
「お前たちの選んだ未来が、正しいと証明してみろ」
その言葉と共に、2人の前に現れる“異次元の崩壊”を止める試練。
愛と記憶、そして絆。
それを信じ、2人は手を取り合い、最後の扉へと向かう――。
異次元は不安定になっていた。
カガリがかつて封印していた“記憶の断層”が暴走し、世界の秩序が揺らいでいる。
空が裂け、時間の流れが逆行し、過去と未来が混ざり合っていく。
その中心にいたのは、彼――かつて記憶を失った青年。
「僕が選んだ想いが、この世界を壊そうとしてるなら……僕が責任を取る」
アイラは彼の手を強く握る。
「一緒に終わらせよう。そして、また始めよう。今度は“私たちの世界”を」
2人は“記憶の中枢”へと足を踏み入れる。
そこには、彼の過去すべて――
出会いと別れ、笑顔と涙、そして「また会おう」と誓った記憶――が渦巻いていた。
カガリが現れる。
「本当の“選択”をする時だ。記憶と愛を取るか、それともこの世界の安定を選ぶか」
彼は静かに言う。
「どちらかを捨てるなんて、もうしない。僕たちで、“新しい秩序”を作る」
その言葉に、アイラも頷く。
2人が手を取り合った瞬間、空が光に包まれる。
目覚めた彼とアイラは、もはや“元の世界”とも“異次元”とも言えない、新たな現実の中にいた。
人々は笑い、世界は穏やかだった。
だが彼らだけは知っている――この世界が2人の想いによって再構築されたことを。
「忘れない。どんな世界でも、また君に出会う」
アイラが微笑む。
「じゃあ、また出会ったときは……ちゃんと名前で呼んでね」
2人は歩き出す。
未来へ、終わりなき物語へ。
◆ 完 ◆
ここまで読んでくれてありがとうございます!
このお話は、ふと思いついた「出会って別れて、でもまた巡り会う」っていうシンプルなテーマから書き始めました。
感想などもいただけたら励みになります!
これからも物語をいろいろ投稿していきますので、よろしくお願いします!