第十七話 二人きりの拠点
第十七話 二人きりの拠点
灰髪の少女がコンロの前に立ち、鍋の中の料理を手際よく炒めていた。フライ返しが鍋底に当たる規則的な音が響く。
「朝食当番じゃない日に、まさか私がここで料理してるなんて…」彼女は低く呟き、顔には不満が満ちていたが、手の動きは流暢で正確で、少しも手を抜いていない。
『彼女の身体的なニーズに基づき、タンパク質とビタミンを含む果物の追加摂取を推奨します…』
冷たい電子音が彼女の指の間にある指輪から絶え間なく流れ出し、詳細な栄養推奨リストが投影された。
「適当に済ませたいだけなんだけどなぁ…」灰髪の少女は困ったようにため息をつき、視線をキッチン越しに、静かに食卓のそばに座るショートヘアの少女――不死者の新メンバー、コードネーム『墨』、その能力は聞く者を青ざめさせる「色欲(完全)」――へと向けた。
『さらに肉類を多く摂取する必要があります。ここではタンパク質豊富な鶏肉を主食として推奨します…』指輪は彼女の愚痴を無視し、忠実に専門的な助言を提供し続けた。
灰髪の少女は手にしたフライ返しを握りしめ、システムの一連の疑いようのない推奨を聞きながら、無性のイライラがじわじわと湧き上がってきた。
「一皿の炒め物で朝食を済ませちゃいけないの!?」彼女はついに耐えきれず、虚空に向かって抗議するように叫んだ。
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トン、トン、トン――重厚なノックの音がオフィスの静寂を破った。
書類の山に埋もれたデスクの向こうに座る赤髪の女性が顔を上げ、鋭い視線をドアに向けた。
「入って」彼女は短く応じた。その声にはかすかな疲労がにじんでいた。
ドアが静かに押し開かれた。
「来たよ…」灰髪の少女は足を引きずるように入ってきて、力の抜けた声を出した。
「遅いな」紅は開口一番、隠すことのない不満を口にし、顔も上げずにレポートに目を通し続けた。
「朝食が終わったらすぐに来いと言ったはずだが?」彼女のペン先が紙の上を滑り、サラサラと音を立てた。
灰は全身の力を抜くように、柔らかいソファにドサッと倒れ込んだ。鈍い音が響いた。
「めっちゃ料理作ったんだから…」灰はソファにへたり込み、諦めと非難が混じった口調で言った。
「鶏肉に野菜、それに果物も山盛り剥いて…」彼女は指を折りながら列挙した。まるでそれがとてつもない大仕事であるかのように。
「朝食は適当に済ませればいいだろうに」紅は冷たく返し、相変わらず手元の書類に集中しており、彼女の愚痴は全くの無視だった。
「イヴがずっと提案してくるからさ…」灰は唇をとがらせ、不満そうな顔をした。
(全部やらされちゃったよ…)彼女は心の中で泣き叫び、骨の髄まで疲れ果てた気分だった。
紅はついに書類から目を離し、ソファにへたばる灰と、その脇に静かに立ち、精巧な人形のように黙り込んだショートヘアの少女を見渡した。
「灰、こっちへ来い」紅の声には逆らえない命令が込められていた。
「えー、ちょっと休ませてよ…」灰は口では文句を言いながらも、体は諦めたようにソファからもがき起き上がり、足を引きずって大きなデスクへと歩いた。
「これを渡せ」紅は引き出しから小さくて精巧な箱を取り出し、さっと差し出した。
「これって…」灰は怪訝そうに箱を受け取り、開けてみる。中には彼女自身の指にはめているものと全く同じ金色の指輪が静かに横たわっていた。
「彼女の指輪だ。はめてやれ」紅の口調は淡々としており、視線は再び書類に戻っていた。まるでそれは取るに足らない些事であるかのように。
「はあ…」灰は再び長いため息をつき、天にも昇るほどの重圧を背負わされたかのようだった。
灰の視線は、後ろの少女、仕事に没頭する紅、そして手のひらで微かに光る指輪の間を行き来し、迷いに満ちていた。
結局、彼女はこっそりと巨大なデスクを回り込み、紅のそばに滑り込んだ。
紅は鋭く彼女を一瞥したが、追い払うことはせず、相変わらずうつむいて報告書を処理していた。
「紅、本当にあの子を不死者に入れるつもりなの?」灰は声を潜め、息を漏らすような小さな声で慎重に尋ねた。
「もう決まったことだ」紅の口調には一切の余地がなかった。
「でも、彼女基礎的な生活能力すらないんだぜ…」灰は思わず愚痴り、朝のキッチンの混乱を思い出した。
「こんな状態で任務なんて…」彼女はわざと最後まで言わなかったが、言外の意味は明らかだった。
(それに、私が面倒見るなんて、こんな子連れてどうやって任務こなせっていうのよ!)この本音が、彼女の固く結ばれた唇の端からこぼれそうになった。灰は紅をじっと見つめ、彼女が考えを変えてくれることを期待した。
紅はついにペンを止めた。
「灰、任務がある」紅は振り向き、真紅の双眸を彼女に向けた。
「今、今!? でもでも…」灰は慌てふためき、視線を紅とそばに黙って立つ少女の間で行き来させ、手足をもじもじさせる様子が彼女の拒絶と困惑を十分に物語っていた。
紅はただ静かに彼女の慌てた様子を見つめ、片手を優雅に顎に当てながら、測り知れない眼差しを向けた。
「彼女を街に連れて行って、生活物資を買ってくるだけだ」紅はゆっくりと口を開き、灰の一瞬で固まった表情を見つめ、言葉を微妙に間を置いた。
「彼女を? 街に?」灰髪の少女は首をかしげ、眉をひそめた。まるで信じがたい指令を聞いたかのようだった。
「大丈夫なのか…」彼女の顔はしかめ面になり、声には強い不安が満ちていた。
「彼女の能力、九割の人間が子孫を残せなくなるんじゃなかったっけ」彼女は息を詰めて「絶子絶孫」という恐ろしい事実を口にした。
「どうやら無がお前に過去の色欲能力者の歴史的事例を開放したようだな」紅の口調には納得の色が浮かんでいた。彼女は振り返り、再びペンを取り上げた。まるでごく当たり前のことを話しているかのように。
「何かあればすぐに彼女を連れ戻せ」紅の指示は簡潔明瞭だった。
「人に触れさせなければ多分大丈夫だ。人と関係を持たせないように気をつけろ」最後の一言を、彼女は特にはっきりと発した。
「関係を持つ?」灰髪の少女はその言葉を繰り返し、純粋な疑問が浮かんだ顔をした。独りで深遠な思考に落ち込んでいるようだった。
「本当に心配だ、マーロウはお前たちをちゃんと教えられたのか…」紅は彼女のぼんやりした様子を見て、呆れたように低く独り言を言った。その口調には未来への一抹の憂いが込められていた。
そして、彼女は断固として立ち上がった。
「さあ、私の仕事の邪魔はするな!」強硬な口調で、問答無用に二人をオフィスから追い出した。
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「ったく、そんな簡単に追い出すなんて…」灰は閉ざされたオフィスのドアの外に立ち、不満げに呟いた。
彼女は小さな箱を開け、中にある冷たい金色の指輪を取り出した。それは廊下の光の中で微かに輝いていた。
「手を出して」彼女はそばの少女に向き直り、少し事務的な口調で言った。
墨はゆっくりと蒼白い右手を上げた。灰は彼女の手を掴み、少し乱暴ながらも効率的な動きで、身分と束縛を象徴する指輪を彼女の人差し指にはめた。
「これでいい」灰は手を離し、厄介な用事を片付けたかのように、ついでに空の箱をたまたま通りかかったロボットに放り投げた。
「よしっ!」灰の口調は一気に明るくなり、先ほどの不満は吹き飛んで、目には興奮の光が宿っていた。
「買い物に行こう!」彼女は明るく宣言した。
(彼女を連れて行かなきゃだけど、これって休日みたいなもんだよね!)その考えに彼女は密かに胸を躍らせた。
(こっそり人型のお掃除ロボット買ってこれないかな…人型がいいな!)理想のロボットの姿が頭に浮かび、彼女の口元は自然と緩んだ。
「ふふふっ~」訳も分からない喜びが彼女をくすくす笑わせた。
「出発だ!」灰は墨の手を掴むと、問答無用で拠点の玄関口に向かって小走りに走り出した。その足取りは飛び跳ねるほど軽快だった。
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オフィスの重厚な扉が外の音を遮断していた。
紅は一人、広々としたオフィスチェアに腰かけ、灰が墨を引っ張って走り去る足音と、あの軽快な「出発だ」という声に耳を澄ませ、すべてが静寂に戻るまで聞いていた。
「ふう、ようやく…」安堵のため息が彼女の唇から漏れ、張り詰めていた体が一気に緩み、後ろの柔らかい背もたれに深く沈み込んだ。
その時、一台のロボットが音もなく滑り込んできた。その滑らかな頭頂部には、精巧な箱がしっかりと載せられている。
「白は起きたか?」紅は静かに尋ねながら、同時にロボットの頭から箱を取り下ろした。
ロボットは無言でうなずき、動作は正確だった。
「そうか…」紅の口調からはあまり感情が読み取れなかったが、彼女はゆっくりと立ち上がり、長い影がオフィスに落ちた。
彼女はデスクを離れ、壁際のエレベーターへと真っ直ぐに向かった。エレベーターのドアが音もなく滑り開き、彼女はその中へと足を踏み入れた。
エレベーターは静かに上昇し、ドアが再び開くと、目の前には清潔だが異常に静まり返った廊下が広がっていた。
生きた人間の気配はなく、数台のロボットが静かに、そして効率的に清掃作業を行っている。その動作時の微かなブーンという音が唯一のBGMだった。
紅はエレベーターから降り、重厚な足音が広々とした廊下に反響した。彼女は迷いなく最奥の部屋へと向かった。
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部屋の中には、巨大な窓から朝日が流れ込み、室内を温かな金色に染め上げていた。
ベッドの上の人影、その透き通るような白いショートヘアは、陽の光を受けて細かい光の粒が流れているように見えた。
彼女はベッドの端に静かに座り、虚ろな白い瞳孔で窓の外の遠い景色を「見つめ」ていた。たとえその両目がすでに物を見る力を失っていたとしても。
その濁った白い双眸が、何かを集中して待っているようにさえ見えた。
突然、ドアが静かに押し開かれ、赤い長髪の女が入ってきた。
ベッドの上の彼女は、驚かせてはいけない精霊のように、ゆっくりと振り向き、同時に物を見ることのできない白い瞳孔を閉じた。
彼女は目を閉じているにもかかわらず、驚くほど正確に顔を来た者の方向に向け、赤髪の女の過去に深く埋もれた本名を、優しく呼びかけた。
「熾芙」彼女の声は澄んでいて落ち着いていた。
彼女は不死者では紅と呼ばれ、この特殊組織の指揮官である。
「白、よく眠れたか?」紅は背中でドアを閉め、足取りを緩め、ゆっくりと陽に包まれたベッドサイドへと歩み寄った。その声にはわざとらしいほどの優しさが込められていた。
「うん」ベッドの上の白いショートヘアの女――白は、紅の接近を静かに「見つめ」ていた。彼女の背後にある陽の光が、透き通る白髪に神聖な光輪を添えていた。
紅の視線がベッドサイドテーブルに置かれた空の皿に落ちた。
「ちゃんと食べたんだな」紅の口調には少し安堵の色が浮かび、ロボットに合図を送って空の皿を下げさせた。
「だって紅が持ってきたんだもの」白は静かに答え、口元にごく淡い笑みのようなものが浮かんだように見えた。
紅はただ静かに彼女を見つめ、その眼差しは深かった。
目の前の白は、設定されたプログラム通りに応答しているようだった。正確だが温かみに欠ける。
(この会話は白にとって全く必要ないはずなのに…)その思いが紅の心をかすめ、ほのかな苦味を伴った。
紅はかすかに腰をかがめ、手を伸ばした。指先は比類のない優しさと注意深さをもって、薄い毛布の下で動くことのない白の細い両脚に触れた。
「今日は歩けるか?」彼女は低い声で尋ねると同時に、顔を白の顔に近づけた。距離は近く、互いの微かな息遣いを感じられるほどだった。
(でも、私は彼女の声を聞きたいんだ…)紅は白の平然とした顔を凝視し、目には他人には理解できない深い慕情と渇望が渦巻いていた。
「だめだよ」白は優しく答え、同時にゆっくりと手を上げ、冷たい指先が紅の頬に触れた。
紅は自分の頬に触れているその手を覆い、その目つきは一瞬で陰り、曇った空のように暗くなった。しかし、この微妙な感情の変化を本当に理解できる者は誰もいなかった。
「庭を散歩するか?」沈黙が陽の光の中で流れた。どれほどの時間が経ったかわからないほど後に、紅は再びゆっくりと口を開いた。声は少しかすれていた。
白は依然として両目を固く閉じたまま、顔を正確に紅の方に向け、青ざめた唇をわずかに開けた。吐き出された言葉には、慎重な問いかけが込められていた。
「いいの?」白の声は羽がかすめるように軽やかだった。それは極めて重要な許可を求めているかのように。
しかし紅は知っていた。白のすべての質問は、ある決まったパターンに従っているだけで、意味のない言葉に過ぎないのだと。
【彼女はすでにすべての結果を知っている。】その冷たい認識が茨のように紅の心に絡みついた。
「お前が望むなら」紅はそれでもなお彼女の言葉に沿って応え、その声には頑ななまでの優しさが込められていた。
彼女は白の細すぎる指をそっと撫でた。その感触は冷たく、本当に命のないロボットのようだった。
しかし紅は頑なに思った。握り続ければ、いつか少しは温もりが伝わるだろうと。
彼女はベッドの上でほとんど動かず、精巧なガラスの人形のような白を見つめながら、目の前のこの会話がすべて無駄な演技に過ぎないことを深く知りつつも。
(それでも彼女に選択の機会を与えたい…)たとえそれが取るに足らない日常の些事であっても。その思いが、彼女の心に残された唯一のこだわりだった。
白はゆっくりと口を開き、その静寂を破った。
「いいよ」
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