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43 昇格試験。

side レティシア

「えっと、これは何?」


 私は非常に困っていた。


「何って、リゾットですよ。時間も時間だったので、料理長にお腹に優しいモノを」

「いや、うん。そうじゃなくてね?」


 ルキウスから長くて短い回帰前の未来の話を聞いてから、かれこれ一ヶ月が経とうとしている。


「自分で食べれるから、スプーン返してくれないかしら?」


 すっかり私への執着を隠さなくなったルキウスに毎朝こうしてせっせと口へ料理を運ばれるのが日課となっていた。


「ほら、熱いですから、気をつけて」


 私の言葉なんて聞いちゃいやしない。

 息を吹きかけて熱気を冷まし、甲斐甲斐しく世話を焼こうとする。

 病人でもなんでもないのだが??


「レティシア様。諦めて食べましょう」

「リアの言う通りです。ルーくんは引きませんよ」


 そうは言うが、私自身見てくれは七歳の幼女だが中身は二十歳の淑女だ。

 回帰者なのだと答え合わせをした今、私は今更ながら七歳に成り切ることへの羞恥心に見舞われていた。ルキウスはその私の考えを間違いなく読み取っているのに、平然と、シレッと、無視して、私利私欲に走っているのだからタチが悪い。


「はい、あーん。――お味はどうですか」


 先輩侍女の援護にルキウスは嬉々として便乗した。

 どうやら今朝も私が折れるしか道はないようだ。


「……いつもどうりのおいしさだわ」


 にっこりと口を弧にして鷹揚に頷いてみせる。


「『美味しい』いただきました! 私、料理長に伝えてきまーす!」


 私の口の中は、ルキウスによって適度に冷まされたリゾットのほのかな甘みが広がっている()()だ。

 ルキウスのせいで味なんて分かりゃしない。


「コンコン、お嬢~。準備の程は――まーたやってんですか」


 厨房へ向かうのであろうミアと入れ違いに部屋へ顔を出したのはノーランだった。


「自分で食べれるのに、ルカがスプーンを私に渡さないのよ」


 呆れたように視線を寄越す護衛に私は口を尖らせて見せる。


「あ、俺は全面的にルークの味方なんで」


 私はまだ何も言っていない。

 今世でもルキウス大好き人間な彼は、ぴしりと腕をのばし手のひらを此方に向けて「NO」の意思表示をした。

 不敬罪にしてやろうか、このやろう。


「ちょっと」

「お嬢が大人になってあげて下さい」

「何でよ」


 最後の一口を食べ終えると、それを合図に部屋への使用人の出入りが激しくなる。

 みな廊下で待機していたようだった。

 というか、ノーランが扉を開けたタイミングで部屋を覗こうと押合い圧し合いをしている使用人たちが見えていた。


「おはようございます、お嬢様」

「おはようみんな、待たせたわね」


 他にも仕事は山積みだろうに何だか申し訳ない。


「ルキウスくんもおはよー」

「おはよう」

「毎朝充実してそうね?」

「うん。頬を染めながらも、僕の我儘に付き合ってくれるんだ」


 我儘の自覚があったらしい。


「本人ここにいるのわすれてはいない??」

「とっても愛しいんだ」

「~~ッ!?」


 遠巻きに観察するに留めていた者も含めて、メイドや家従は今やこのようにルキウスを完全に同僚として受け入れ、軽口を交わすまでになっていた。

 ルキウスが私以外の人間に作っていた壁が取り払われたことが大きいだろう。


「きゃ~~っ!! 素敵! 熱烈ね~!」

「お~っと、雑談はそこまでだ。これ以上ここでその話をすると、お嬢が茹だっちまう。ささ、散った散った!」

「も〜、ノーラン。少しぐらい――あっ確かにそうね! ルキウスくん、またあとで聞かせてねー!」


 何とか終わった恋バナ(?)に手で風を送り顔の熱を冷ましていると、続けてノーランから声が掛かる。


「じゃあ、こいつのこと借りますね」

「えぇ、おねがいね」

「レティシア様、では後ほど」


 ルキウスは流れる様に私の指先に口づける。


「また後でね、ルカ」


 周りの黄色い声にハッとする。

 ルキウスが行うスキンシップに抵抗がなくなりつつある。

 慣れって怖い。

 百歩譲って『あーん』はアリだとしよう。(介抱とかの意味合いで、なくもないはず多分。た、多分……?)

 だが、キスは――キスは、従者はしないだろう?!

 それをするのは騎士だろう!


 ――え、いや、するのか??


「レティシア、お待たせいたしました。準備が整いました」

「そう、ありがとう。じゃあ、いきましょうか」


 私もルキウスも、その他大勢もいつも通りで緊張感に欠けるが、今日はとても大事な日なのだ。



ーーーーーーー


「おはよう、レティシア」

「おはようございます。お父さま、お母さま」

「こちらにおいでなさい」


 先に着席していた両親の間に招かれる。

 そこは演習場を見渡すことの出来る特等席だった。

 演習場には屈強な我がローザ騎士団の精鋭たちの姿がある。


「あ、お嬢ー!」


 うちの一人、ノーランがふと顔を上げて私に気が付き笑顔で両手を振っている。

 ノーランと共に私よりひと足早く演舞場へ向かったはずのルキウスの姿が見えない。

 一体どこへ。


「公爵様、公爵夫人」


 腰を少し浮かせて姿を探していると、背後から探し人の声が聞こえた。


「此度は私めにこのような機会を設けていただきまして、誠にありがとうございます」


 タキシードから騎士服に着替えたルキウスが私たちの前へ進み出た。

 ルキウスの為だけに作られた特注タキシードも良いが、やはりローザ騎士団の制服もすごく似合っている。


「あの日から一ヶ月。レティシアの正式な従者となるには、体術剣術共に秀でていなければならない。言っておくが、私はお前を落とす為にこの場を設けたからな」


 現場にやっとピリピリとした緊張感が漂い出した。

 そう、本来はこうでなくてはならないのだ。


「はっ。ご期待に添えるよう、最善を尽くします」


 今日はルキウスが私付き(仮)になってから一ヶ月という、父が定めた区切りの日。

 ルキウスは午前中にローザ騎士団との手合わせで護衛としての力量を、午後には従者としての知識作法、対人スキル、細部に至る観察眼を試されることになる。


「レティシア様、どうか激励のお言葉を未来の貴女の従者へ頂戴願えますか」

「み、未来のっ!?」


 確定事項だと断言したルキウスに父が肩をふるふると震わせる。

 直前に煽るんじゃあない。

 わざとか?

 わざとだろ??


「なっ! おい、お触りは禁止――」


 私の前へ跪いたルキウスの希う姿は回帰前の彼を彷彿とさせた。


「アルフレド! しっ!」


 ルキウスの私への行動に敏感な父だが、即座に母が一言で制す。

 食い入るように熱い視線を真横から感じながらも、私はルキウスに釘付けになった。

 持ち上げた私の手に額をつけたルキウスは微動だにしない。


「ルキウス」

「はい、レティシア様」


 顔をあげたルキウスの目には微かな不安が浮かんでいた。

 私にしか分からないだろう、小さな小さな変化。


「私の従者は貴方しか考えられないわ」

「ありがたきお言葉」


 言葉が考えるより先に口に出た。

 ほっとした顔のルキウスを見るに、思わず出た私の本心は彼にかける言葉として間違っていなかったのだろう。


「~~ッ! もういいか!? いいだろ?! よし、さっさと降りろ!」


 耐えきれなくなった父が私とルキウスの間に手を割り込ませた。


「蹴散らしてきます」

「ほ、ほどほどにね……?」


 物騒な言葉を残して演習場へ降り立ったルキウスに今更ながら不安感が募る。

 怪我をしなければ良いが。


 ――主に、ローザ騎士団の精鋭たち。


 思い出されるのは、ルキウスがこの演習場を破壊した時のこと。

 今となってはもはや懐かしい出来事だ。


「では。これより、ルキウスのレティシア様付き護衛従者昇格試験、午前の部【武闘会】の実施する」


 一団員が告げた試験開始の言葉に私は引っかかりを覚えた。


「ぶとうかい……?」


 まさか舞踏会ではあるまい。

 となると、選択肢は『武闘会』なのか。


「合格基準は単純明快。挑戦者ルキウスがこの場にいるローザの精鋭を全員伸す、または我らが(あるじ)アルフレド様、並びにローザ騎士団団長アーロンより及第を承認を得ることである。――では、ルキウスよ。前へ。己が身につけた体術剣術を駆使して力を示せ」


 私は開いた口が塞がらなかった。

 つまり今から行われるのは、ルキウスVSローザ騎士団屈指の強者十名のデスマッチというわけだ。


「僕、レティシア様の護衛二人地面に一度沈めましたけど――」


 納得がいかないと眉間に皺を寄せるルキウスが何か呟いたが聞こえなかった。わかったのは、ただ不満だろうことだけ。

 そして、私同様聞こえなかったのか、父が言葉を繋ぐ。


「春の柱プリマヴェールの令嬢付きを志願したのだ。これぐらいは、軽く捻れるほどでないと困る」

「お父さま――」


 少し前まで渡航していた祖父の護衛の任についていた者らも参戦しているのを見るに、ルキウスから目を離さずに言葉を漏らす父の本気度がいくらなものかが伺える。


「では開始――」


 野太い雄叫びが演習場に轟く。


 さて、女神はどちらに微笑むのか。

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