41 即断即決。
僕がプリマヴェールに到着するまで、実に一年の時間を有した。
本当に長かった。
「号外、号外だよーッ!」
僕とさほど年齢が変わらなさそうな少年が広場で日刊紙を配っている。大きな噴水があるこの広場と言えば、回帰前僕がレティシアと運命的な出会いをした場所だなぁなんて思いながら、見終えた誰かが捨てた日刊紙を拾い上げる。
「どれどれ――」
情報収集は行動を起こすための下準備として必須項目。
ざっくり目を通しながら、めぼしい記事をピックアップしていく。
しかしそれも頁を捲る手がピタリと止まった。
見開き一頁を飾るタイトルを目で追って僕は驚愕に目を丸くした。
「春の姫――王子を振る?????」
春の姫。
僕の読みが正しければ、それはレティシアのことを指すはずだ。
詳細に目を通せば、信じ難い内容がそこには書かれていた。
――昨日、祝福の儀を終えたプリマヴェール公爵家レティシア・リマヴェーラの誕生日パーティーが開かれた。王家を支える一柱が主催したパーティーは大成功だったと言えよう。一つを除いては……。
「チャールズ・ディアヴァルムの婚約者宣言……」
回帰前の僕がレティシアに会った時には既に事が終わっていた事件だ。
現在は本来の出会いよりも二年も前。
「そうかこの時期だったっけ」
僕を拾ったレティシアがチャールズとのお茶会の度にこの日の後悔を口にしていたことを思い出す。
そんなことを頭の片隅で考えながら読み進めれば記事の内容にどこか違和感を覚える。
「――主役であったレティシア・リマヴェーラはあたかも決定事項のように語る国の光を真っ向から拒否、か」
チャールズの求婚(というか、妃宣言)を受け入れた事がレティシアの今後の人生を大きく狂わせることとなった。
それを――。
「あのバカ王子を振った」
何故か素直に喜べない。
いや、もちろん、嬉しいことだ。
それはもう、すごく。
だって、回帰前は出会った時から別の誰かのものだったレティシアが今世はフリーなのだから。
だがしかし、これでは僕の記憶との相違があり過ぎる。最早真逆の選択じゃあないか。
早速自分の前知識が役立たないような事態に動揺が隠せない。
「まるで違う世界に落ちたみたいだ……」
回帰だと思っていた今回の現象は、回帰ではなく並行世界への逆行転生だったのだろうか?
「頭パンクしそう……」
元々レティシアの様子の偵察には行こうと思っていたが、会うつもりはなかった。彼女の前へ姿を現すのは、二年後の出会いまで我慢するつもりだったのだ。
しかしこうなってしまっては二年も先まで待てない。
今後、どういう風に事が転ぶか分からない。
「会いに行かないと」
決意すると僕は早かった。
ここでも即断即決。
回帰前の二の舞にはならないつもりだ。
もう後悔はしたくない。
ーーーーーーー
プリマヴェール侯爵家の立地は嫌という程頭に入っている。
本邸を中心として、対角線上に離れと演習場が造成され、広い園庭がそれらを囲むように整えられている。
「問題はこのバカ高いフェンスをどう抜けるか」
園庭のそのまた外側を鉄格子の廓がぐるりと一周存在する。高さは十五メートルはある。
そして、それらの出入口は古今東西ひとつずつ。
因みに、西にある正門はダメだ。プリマヴェールの門番はローザ騎士団には劣るが腕は立つうえ、侯爵家の砦なだけあっておつむの方もさほど悪くは無い。
欺くのは骨が折れる。
正面突破はこの薄汚れた外見じゃあ避けたいところ。
「となると、演習場側かな……?」
先代侯爵が住まう離れ側の北門の守備はガッチガチのガッチガチだから論外だが、演習場がある東門はローザの騎士たちの寄宿舎があるからか警備が甘い節がある。
しかも。
「回帰前の記憶が確かなら、門付近のどこかのフェンスが老朽化していたはず」
これはまだレティシア以外への警戒心が解けていない頃の僕に対して、何かと世話を焼こうとしていたノーランが教えてくれたこと。
『俺たちローザの騎士って強いからさ。フェンスとか腐ってても放置されがちなんだよなぁ。突破されてもなんとかなるだろって思われてんだろーなってな?』
騎士らが住まう寄宿舎も隣接されているからか、突破されても何とかなるという、どこか楽観視しているところがあるのだろうと、話していたのを覚えている。
東門付近の老朽化はかれこれ二十数年は放置されているはずだ。
そうと決まれば、道無き道を進み目指すは東門。
「――まじかよっ!」
「あぁ、この目で見たからな」
辿り着いた東門では四人の騎士たちが駄弁っていた。門番は若手と中堅またはベテランの二人体制で行うので、どうやら丁度交代時間だったようだ。
記憶より多少若いが見覚えがある顔触れ。
「ヤンデレ初めて見ました。オレ」
「ありゃヤバかったな」
「アシェル様は俺たちと違って顔の造形美がえぐいですからね」
「でも、アレだろ? メイドたちからは好評らしいぞ」
「言えてる、もし俺らだってみ? 白い目で見られて終わりだ」
「「「「…………」」」」
「……つら」
「言うなっ!」
雑談に夢中になる騎士らを横目に気が付かれないうちにと、作業に取り掛かる。数本錆びて緩くなっている鉄棒に力を加えればくすみのある音と共に奥へガコンと抜け落ちる。
騎士たちが気がついた様子はない。そっと潜り抜けて、鉄棒を元の位置へ戻す。
「それにしてもだぞ? アフルレド様がお嬢様を溺愛してるのは周知の事実だった訳だが、アシェル様もとはなぁ」
「確かに、なんか一歩引いて接してる感じしてましたもんね~」
一通り雑談を終えた騎士らのうち二人が演習場へ向かって歩き始めた。
気が付かれない程度の距離を保ちながら、彼らの話に聞き耳を立てて着いていく。
「まぁでも、好きな人がいるなんて言われちゃあ、動揺するわな。俺も娘がもし、んなこたぁ言ったら、発狂する」
「いや、ベンさん、娘さんいないじゃないっすか」
「っるせぇぞ!」
「ぁだっ」
「例えばの話だよっ例えばの!」
「うぅ痛ってぇ、そんな怒らないで下さいよ……」
僕は二人の会話に首を捻る。
名前は出さないが、どう考えてもレティシアの話な気がする。
――好きな人ってなんだ?
「それにしても、レティシア様の想い人って誰なんでしょうね」
「混じりっけのない黒の髪だろー……そうそう見ねぇけどなぁ」
――ガサガザカザザザサッ!!!!
「誰かいるのか!」
男たちからは先程の和やかな雰囲気が失せ、一気に臨戦態勢へと移る。
「………………」
「あ、ベンさん。うさぎですよ、うさぎ」
「――はぁ、全く。おい、うさちゃん。頼むから俺たちを驚かせないでくれよ」
茂みから姿を現した野うさぎに肩の力を抜いた男たちが小競り合いながらまた歩を進めた。
(あ、危なかった……)
レティシアの想い人が黒髪だという情報に思わず動揺してしまった僕はあろう事か体勢を崩し思い切り音を立てて、存在がバレかけた。
近くで木苺を貪っていた野うさぎがいたからどうにかなったが――。
「余計な仕事が増えるところだった……」
ローザの騎士を絞めるのは二人ぐらいなら余裕で出来る。
が、ここは彼らの懐。伸した後の隠蔽がややこしいので、気が付かれないようにするのが吉だ。
「それにしても、暑い」
顔が異常に熱い。
彼らの話に、動揺するほどには恐れ多くも期待が募ってしまう。
偶然にも(?)僕の髪は漆黒だ。
「期待しても良いのかな……」
僕は急いで、彼らのあとを追った。
やがて金属同士が激しくぶつかり合う音が耳に届き始め、演習場の外壁が見えてきた。
「――両者、そこまでッ!」
制止の合図を告げる野太い声が響く。
聞き覚えがある声だ。
僕は木をよじ登り気が付かれないよう演習場へ顔を出した。
「真剣試合か」
ローザ騎士団では半年に一度、真剣を混じえての模擬試合が行われる。騎士団幹部や侯爵家一族の護衛を務める者は己の役職を賭けて、その他の団員は下剋上を出すことが出来る特別な日だ。
場合によっては序列の変動が起こる日、それが今日だったとは。
相手騎士の喉に突き立てていた剣先を鞘に納めたのは、旧知の仲だったオーリだ。回帰した今、その関係はリセットされたも同然だが。
「勝者、オーリ・ワイアット」
下剋上と言っても全ての騎士に与えられるものではない。団長より選ばれた騎士のみが挑戦権を手にして、自身が望む地位を手にしている者へ挑戦状を叩きつけることが出来るのだ。
「くそぉおおおっ! 今度こそ、イケると思ったのに!」
「俺はアシェル様の時期護衛が確定してんだぞ。んな簡単に負けるかよ」
「だからこそ勝ちたかったのに! 引きずり下ろして、俺も――」
「その邪な考えを先ず排除するんだな。だが、筋は良かったぞ」
オーリは演習場隅に飛ばされた相手の真剣を回収し手渡した。
「だああああああ、悔しいぃっ」
地面に拳を叩き付ける騎士を見ていた僕は閃いた。上手く行けば、レティシアへ最短ルートで会うことが出来るかもしれない。
「――よし」
一時中断と休憩に入ったローザの騎士たちの輪へ乗り込んだ。
「レティシア・リマヴェーラ様へのお目通り願い申す!」
「な、なんだ!?」
「僕は――」
ズタボロな麻の服に、顔は手入れのなされていないボサボサの髪完全に隠れている。
一人残らずみな目を丸くしてこちらに注目していた。
そりゃそうだ。
ドブネズミ以外の何者でもない子供が現れたのだから当たり前だ。
「いずれ、レティシアの従者となる者だ!」
この時のためにあったかのようなお立ち台に登り、よく通る声を一段と張り上げた。
裏話
▶▷ルキウス出会いの再現計画(起こりえない未来の未来)
宝石商から自力脱出に成功したため、残念ながら完全なる再会を望むことは出来ない。よって、ギルド(何でも屋)から役者を雇い【なりきり作戦】を実行しようとしていた。




