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40 もう1人の回帰者は。

「なんだよ、これ……」


 ホワイトアウトした視界が落ち着き、僕がまず捉えたのはあまりにも小さく柔い自分から生えている手だった。

 ソードなど握ったことのないようなマメがない手のひらに言葉が出なかった。

 その見るからに栄養失調なそれを拘束するのは鋼鉄で作られた枷。同じものが足首にもつけられていた。

 そして、首には手足首同様のものが装着されているのであろう重さを感じる。

 困惑しながら視線を上げて辺りを見渡せば、レティシアの墓碑も見当たらず、もはや丘の上でもない。

 しかし、見覚えがある。


「……どうなって、る?」


 身に纏っていた衣服は何処(いずこ)へか、継ぎ接ぎだらけの土に汚れた短パン(元々白かっただろう)に同じく継ぎ接ぎだらけのヨレた半袖のシャツ。


「僕は――」


 光に視界を奪われたほんの数秒の間に、一体何が起きたというのか。

 僕が膝をついている乾いた土の地面、皮と骨だけの小さな手、自分の声とは思えぬほど高く幼さが残る声。


「僕は……?」


 脳内には平行線上にふたつの記憶――宝石商の奴隷な “今” と、とある貴族のご令嬢に拾われて従者として生きた “未来” が残っている。


「……分からない」


 時間が経てば経つほどこの未来の記憶が、労働の奴隷と化した現状に疲れて見たあまりにも甘くあまりにも辛い、夢だったように思えてしまう。


 どちらが正しい記憶なのか。


「おいっ! こんなところにいたのか!」


 “今” の僕の記憶への登場回数が最も多い怒声にため息が出た。

 この声を当たり前の日常の一部のようにも感じれば、懐かしくも感じる不思議な感覚が僕を襲う。

 背後からこちらへ近づいて来た声の主へ振り返る。


「あ゛ぁ?? んだよ、その態度は! それが主人に対する態度かよ!」


 でっぷりとした腹と脂の浮いた顔、賎しい事を生業にしているのがダダ漏れな人相の男――宝石商が仁王立ちしていた。

 そして、僕の態度が気に食わぬらしい男は額に青筋を浮かべている。

 以前ならこのドスの効いた声に体を小さくしていただろうが、“未来” の記憶を保持する僕からすれば男の存在は蚊と良い勝負だ。叩いて仕留める。コレで終わり。


「以前、なら……?? 未来??」


 思考は擦り切れる寸前だ。

 だが、考えるのを止めるなと、心のどこかで訴える自分もいる。

 雇い主そっちのけで自問自答を繰り返す僕に、男はとうとう不満は爆発する。


「ボソボソ喋るな愚図がァ! 来いッ! 鞭打ちが足りねぇらしいなぁぁああぁあ?!」


 肩を掴まれた僕は反射的にその腕を捻りあげていた。

 無意識下で行えてしまうほど染み付いた一連の自分の動作に僕は確信する。

 理由は分からないが、間違いない。

 “どちらが” ではなく、“どちらも” 等しく僕の記憶なのだ。

 僕は回帰した。


「――戻ってきた」


 回帰前の奴隷時代の僕はあまりに非力だった。

 だが、今の僕はどうだろう。

 最低限にしか開かないように調節された両手足を制限している鎖を諸共せず、流れるように男の背後を取ることが出来てしまった。

 洗練されたそれは、騎士団見習い時代に血の滲むような努力をして身につけた戦闘術そのものだった。


「グェッ」


 ローザ騎士団でも特に体術に明るいトーリ仕込みの絞め技が炸裂し、バランスを崩した男が潰れたカエルのような声を出して地面へ転がった。


「な、何しやがる! こんなことして許されると思ってるのかッ!」


 そうだ。

 この際鎖も利用してしまおう。


「火の――ぁがッ」


 祝福発動の詠唱を始めた男の口に挟むように鎖を回し、もう一周首に巻き付ける。

 間一髪、詠唱を食い止めた。

 こんなクズでも女神から祝福を貰い使役出来るのだからやるせない。今はまだ起こってはいないが、この火でレティシアは火傷を負いかけた。


「枷の鍵を渡せ」


 殺さない程度に加減しながら首を締め上げて僕は男の耳元で囁いた。

 足から手から首から全てが接続されている鎖ほど厄介なものはないだろう。

 こんなものさっさと取っ払って、こんな場所ともおさらばしてしまおう。


「――ッ!!!」


 男は今の今まで従順だった子供の奴隷が突如豹変した事に動揺を隠せない様子だ。


「殺されたくなかったらね」


 まだ不安定だが、点と点だった記憶が線で繋がり気が焦ぐ。

 早く。

 行かねばならない。



ーーーーーーー


「――しくった気がする」


 困ったことになった。

 と言うのも、元主人の悪徳商人から鍵を強奪して逃げおおせたところまでは良かったのだ。

 その後、手に入れた新聞に目を通すまでは。


「六九四年……」


 新聞の右上端の年月日の印字が示していたのは僕がレティシアと出会う三年も前だった。

 レティシアの姿を見たい一心で飛び出してきたものの、三年も前となると愛しきその人は社交界でのお披露目もプリマヴェール領の街を散策することもまだな六歳だ。

 尚且つ――。


「ここ、プリマヴェールじゃない……」


 レティシアに助けられる日から遡ること三年前(現在)は、元主人の商売拠点はプリマヴェール領から遠く離れたブランシア領だった。

 場所で言えば、あの忌々しいエスターティアの領地がほど近い。


「おかしいと思ったんだ……」


 すれ違う人々はみな総じて薄手のものを着用していたのだ。

 緑が多いプリマヴェール領と比べ、エスターティア領に近いブランシア領はカラッカラに乾いた土地なのが特徴的。

 日差しが強いブランシア領は、焼けると肌が赤くなる体質な僕にはなんとも酷な環境だった。

 自覚すると無性に暑く感じる。


「ごめんなさい」


 露店からポンチョを拝借して人混みに紛れた。

 これなら、宝石商の追っ手も暑さも凌げて一石二鳥だ。


「これからどうしようか……」


 プリマヴェール領を目指す事は前提として、何より金がない。

 ヒッチハイクや日雇いの労働も考えたが、どうやっても黒目が隠せなきゃ何も出来ない。


 ――おい

 ――あぁ


「…………。」


 いる。

 しぶとい奴らだ、まだ僕のことを諦めていないらしい。

 一石二鳥なんて言っていた傍から、宝石商の手先が僕を見つけた。

 チラチラとこちらを伺いながら一定の距離を空けて背後をつける二人組は僕が気がついているとは露ほども思っていないだろう。

 撒く方法なんて幾らでもあるが、敢えて彼らと対峙するのも一つの手か。

 この際、悪縁は完全に断ち切ってクリアな状態でレティシアに会いに行こう。

 僕は裏路地へ続く道へ歩みを早めた。

 ふたつの足音が忙しく鳴り、僕についてきていることが分かる。


「おい、どこ行った??」


 僕は積み上げられた木箱の影に身を潜め彼らが通り過ぎるのを静かに待つ。

 ここは確実に二人仕留めて、路銀も確保したいところ。

 まぁこんなチンピラが持っている金なんてたかがしれているだろうが。ないよりマシだ。


「まずいぞ、このまま見つからなかったら俺らの命がヤバい」

「落ち着け、マーフィー。あんなちっこい餓鬼が行ける場所なんてたかが知れてる。どうせ、どこか隙間なんかに隠れてるに違いねぇよ」


 薄暗い路地にふたつの影が伸びる。

 ガタイのいい男たちを視界に捉えた。

 

「ほら、この木箱なんてうってつ――」

「着眼点は褒めてあげるよ」


 そうして僕は二人を十秒で制圧した。

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