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38 ―やるせない思い。

「お久しぶりです」


 復讐を終えた僕が足を運んだのは、レティシアが眠る丘の頂上。

 大きな木が一本生っており、その根元に彼女の石碑がある。

 跪いてソードの柄から結んでいた栞紐とペンダントを外す。

 ペンダントに関しては、リマヴェーラ家の家宝だったためアシェルに返すか迷った。だが、なぜかそれは違う気がして結局今日まで肌身離さず持ち歩き、最後にレティシアの元へ返すと決めていた。


 今思うと無防備に柄へつけていたのに誰も突っ込んでこなかったな……。

 アシェルさえも。


 横道に逸れた思考を正すため、一度顔を上げてレティシアが愛していた景色を見渡す。しかし、当然ながら面影がないほどに変わり果てている。

 スクロールの技術者が残した資料を元に一年の時をかけて僕が作り上げた人工結界によりプリマヴェール領は無人だ。


「貴女がこれを見たらどう思うだろうか……」


 仕方ないと困ったように笑うのだろうか。

 かつて広がっていた緑を思って涙を流すのかもしれない。


 亡くなってしまった今となっては想像の域を出ないが。


 そうして僕は辺りを逡巡した後、墓碑に向き直った。


「全て終わらせてきました――貴女を死に追いやったアイツを…………」


 レティシアを手にかけた全くの同じ方法で葬ってやった。そこに同情の余地はなく当然の報いだとしか言えない。


「すぐにでも貴女に報告に参りたかったのですが、血に塗まみれた見苦しい姿を見せる訳には行きませんから身体を清めて此方に馳せ参じました」


 レティシアは心優しい女性だ。しかし、だからと言って懐の深さがそれに比例しているわけではない。

 日頃から争いを嫌う僕の主人は自身の存在を軽んじられたとき諦めたように笑う癖がある。だから、怒らない彼女に代わりに僕が制裁を下す必要があるのだ。

 それは、今回にも当てはまることだった。

 信頼していた友人に殺されるなんてどれほど無念だっただろうか。


「ここまで長かった。とうとう、終わった」


 無能者の僕一人ではできることにどうしても限度があった。

 結果ここまでくるのに決して短くない時間を有してしまった。


「でも、でも――。いざ終えると、残ったのは虚しさだけでした」


 もっと清々するだとか、成就感だとかが得られるかと思っていた。


「だって、決着をつけても貴女が戻るわけじゃない……」


 レティシアで空いた穴は彼女本人でしか埋まることはないという現実を突きつけられただけだった。


「成し遂げても、貴女は帰ってこない!!!!!」


 声が怒りで震える。

 喉に経験したことのない閉塞感が生まれ、うまく言葉が出てこない。

 姿勢を保つ気力もなくなり両膝をついた。

 加え、無意識に握りしめていた手からは血の気が引き真っ白だ。


「ぅ……ゔぅ……」


 僕の口から出たのは嗚咽だった。

 次から次へと絶え間なく溢れた涙が視界を覆う。

 復讐を遂げた今、浮き彫りになったのは向き合わなければならない現実だ。

 今までは怒りの矛先があり、気持ちを昇華できていたと思っていた。

 だが実際は、仇を追うことで目を逸らしていたに過ぎなかったのだ。


「……僕には無理だ」


 レティシアが死んだなんて、やはり到底受け入れることはできなかった。

 時間が解決するなんて、誰が言ったんだ。

 この苦しみはいつまで経っても僕の中から失せる気配なんてない。


「ねえ、知っていたかい? レティシアはオルデニアですごい人気があるんだ。『仇を取ったから』って僕が讃えれるほどにね」


 これはオルデニアにて療養中だったアシェルへグレイの首を取ったことを報告するため連絡を取った際に知ったことだった。

 エストレラの故国オルデニアでのアシェルとレティシアの人気は凄まじく、レティシアの死は国全体が喪に服すほどだった。


「詳しくは、また今度話してあげるね」


 「気になるところで切らないでよ」なんて返事はもちろんなく、あるのはそのことを想像した自分の乾いた笑いだけだ。


 花が綻んだような笑顔がみたい。

 鈴を転がしたような声が聞きたい。

 宝石のような瞳に僕を映して欲しい。

 僕の髪を梳き解す彼女の手の温もりを感じたい。


「貴女を喪って僕の世界からは色が消えてしまった」


 代わりにあるのは繰り返えされる無機質な日々。

 埋まることのない喪失感を僕は持て余していた。


「逢いたい――逢いたいよ」


 みっともなく地面に項垂れた。

 土を抉るように手を握りしめる。爪の間に土が入るのも気にならなかった。


「女神よ……」


 僕の愛しい人を返してくれ。


 他には何もいらない。


 望まない。


「どうか……」


 僕の願いは当たり前だが叶うはずもなかった。

 太陽が遠く山間から顔を出し始め、一日の始まりが来たことを告げる。


「もう、朝か――」


 屋敷に戻らなければならない。

 僕は最後の挨拶にソードを腰から外し墓碑の前に降ろした。目を瞑り、たった十秒されど十秒を天界にいる愛しき人に捧げる。


「また来ます」


 砂埃を払いながら立ち上がり、墓碑に視線を移した僕は困惑した。

 レティシアへ返上した栞紐が燃え上がっているではないか。


「は……???」


 思考が停止してしまい手も足も出ない間に続けてペンダントが乾いた音を立てて割れてしまう。


「だ、ダメだっ!!!!」


 その音に意識を引き戻された僕は慌てて手を伸ばす。



 そして、その時は来た。



 まるで金槌で打たれたように無惨な形になってしまったペンダントに触れた瞬間、眩むほどの光がペンダントから放たれた。


「なっ!?」


 思わず腕で視界を庇うも遅かったようだ。

 クラクラと酔うほどの光量を受け止めてしまった僕の目のダメージは酷く、ホワイトアウトが一向に引かなかった。


「うぅ……」


 気持ち悪さを軽減させたくて目を瞑り、頭を抱え込む。

 何だか吐き気もしてきた。


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁっ」


 次第に冷や汗が出てきて、犬のパンティングのように浅く早い呼吸がはじまった。

 言いようのない不快感に髪をクシャりと握る。


「……――」


 そして、その感触に違和感を覚えるのは早かった。


「なんだよ、これ……」


 彩度明度が安定した視界に映った自分の手に僕は言葉を詰まらせるしかなかった。




 二十も半ばな僕は気が付けば時を遡り子供になっていた。

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