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34 過去の未来は その三。

 アシェルの宣言からはや一ヶ月がすぎた。


「あら、ルキウス君、おかえりなさい! アシェル様はいつも通り、執務室よ!」

「わかった、ありがとう」


 今この本邸は救護院と化している。

 領土を護る騎士や巻き込まれた民間人――と、負傷者が着々と増えているところを見るに状況はあまり芳しくない。

 アシェルの祝福がなければ、プリマヴェールは早々に地図から消されていたことだろう。

 慌ただしく廊下を往来する使用人や騎士と挨拶を交わしながら、メイドの情報通り執務室へ直行した。


「ただいま戻りました」


 執務室の扉は開け放たれており、アシェルと家令のクラインが何やら話し込んでいた。形式上のノックをしてから二人へ声を掛ける。


「ルキウスか。ご苦労だった」

「出直しましょうか」

「あぁいや」


 机一面に拡げられた地図と騎馬の模型、羊皮紙や本を前にして出直そうとする僕にアシェルが静止をかける。


「問題ない。少し待ってくれるか」


 何気なく、執務机に視線を移動させる。

 僕の立ち位置から執務机までの距離間では本来なら本のタイトルや紙の内容なんぞ見えるわけもないのだが、驚異的な視力により僕からすれば朝飯前のことで。

 積み上げられていた書物は全てヴァルディアの建国に関するもの、羊皮紙に記されていたのはそれらから抜粋したであろうアシェルが走り書きしたものだった。

 アシェルは謀反に舵を切った訳だが、それになにか関連するものなのだろうか。でなければ、幼少期に習う歴史を今更引っ張り出す理由もない。


 閑話休題だ。


「入ってくれ」


 史料やら本やらは机横のワゴンへ移されご丁寧にもシルクの掛布で覆われた。


「どうだった」

「良い報告と悪い報告。どちらからにいたしましょう」


 数日ぶりに対面したアシェルの “氷薔薇の貴公子” と謳われた美貌は “氷薔薇の殺人鬼” と改名した方が良さそうなほど怜悧さを増していた。

 怜悧さの一番の要因と言っても過言では無い落窪んだ目はアシェルが祝福を酷使したことを物語っていた。


「――悪い方」

「かしこまりました。では。チャールズ国王は見事傀儡と化していました。相談役にエルダー・アドリアムを据えています。王都はアウトリアン一強と言っても過言ではない状況でした」

「エルダー? クラークではなく?」


 誰だそれとでも言うようなアシェルのあまりピンと来ていない反応にクラインが補足する。


「当主様と時期を同じくしてアカデミーに在籍していらっしゃいましたアウトリアンのご子息です」

「……いたか?」

「はい」


 エルダー・アドリアム――クラークの息子でバネッサの兄にあたる人物。

 アシェルより四つ年上の彼は、父のような過激さがなく、妹のような我の強さもない可もなく不可もなくな男。

 アシェル同様、僕の記憶にも薄い男だ。

 まぁ、僕の場合はレティシア中心で世界が回っていたので当たり前と言えばそうだが、アシェルの記憶に残っていないのはさすがにまずいと思う。


「年若い国王には歳の近い息子が相談役に適任だとして侯爵の座は近く譲り渡す予定とのことで」

「――あれほど権力誇示していた男がこうもあっさりと退くと?」


 アシェルの疑問は最もだ。

 クラーク・アドリアムは王の一番の側近になることに拘っていた。

 アルフレドを()()、その息子のアシェルも領地へ追いやった今、まさにクラークの念願が叶ったと言っても良い状況だった。


「クラークの真意は分かりかねますが、その男が侯爵の座に関心をなくしたのは確かかと」

「……と言うと?」

「僕が知る限りでは毎夜毎夜夜会を開き豪遊三昧でした」


 僕が見たクラーク・アドリアムは若い女を侍らせ高級――王室へ献上するようなワインを浴びるように呑んでいた。


「四柱で保たれていた均衡は完全に崩れており、アウトリアン派を中心にプリマヴェール追放運動が行われておりました」

「中心に?」

「はい。グレイ・エスターティアやエスターティア傘下、加え我がプリマヴェール派だった貴族家も中には」

「エスターティア辺境伯はどうした。あの方が中立を崩すような行動を容認するとは思えない」

「エスターティア辺境伯は療養という名目で――」

「待て」


 アシェルは有り得ないと僕の話に前のめりに口を挟む。


「は? あの巨漢が療養だと?」


 アシェルのその反応も無理はない。

 なんせ、エスターティアは四柱の中で最も強靭な肉体を持つ家だ。ちょっとやそっとじゃへばらない鋼のように強化された身体はあらゆる怪我を遠ざける。まさに筋肉オブ筋肉(?)。

 その中でもヴァルツは生まれてこの方、怪我はもちろん風邪のひとつさえも罹ったことのない超人だった。

 まぁ、しても気が付いていないだけかもしれないが。


「詳しいことは伏せられておりそれ以上は」


 残念ながら、許された時間内では詳しい内情まで調べることは叶わなかった。


「そうか」

「現在はグレイが辺境伯代理を務めております」

「追放運動はグレイの独断……か」

「そうだと思われます。グレイが先頭を切って行っていたのをこの目で見ましたので、間違いないかと」

「あいつは確かに脳筋だが、まさかここまで馬鹿だとは……」


 歴代のエスターティア当主を鑑みても、現辺境伯ヴァルツ・エスティアは特にプリマヴェール、アウトリアン、イルヴェント分け隔てなく接する義理人情に厚い人物だった。

 そうなると、今回のことはグレイ独断と考えるのが自然というものだろう。


「もうひとつ。イルヴェントについてですが、依然として王都での姿が確認出来ず、やはり “あの日” より領地から出ていない模様です」


 四柱のバランスとして重要な役割だった二柱のうち、夏が中立を崩し秋の柱と協定を結び、もう一柱の冬が沈黙を貫いている状況にアシェルは天井を仰いだ。


「近い未来、世論は我々にとって厳しいものになりそうですね」


 クラインの考察はまず間違いないだろう。


「イルヴェントにコンタクトを取りたい所だが――」


 秋と夏が手を組むなら、冬を味方につけどうにか打開したいところ。


「打開策を探してみましょう」


 唸るアシェルにクラインがなんとも頼もしい返事をみせる。


「とりあえず、良い報告も聞こうか」

「スクロールについてです」


 “敵陣の偵察” を目的とした一度目二度目と違い、アシェルから受けた今回の任務は内容が少し特殊だった。


「! 手に入ったのか?」


 魔術転送陣巻物(スクロール)の入手――それが僕に課せられた今回の任務だった。

 スクロールは王族お抱えの学術者により作られた今世紀最大の発明品といわれているもの。厳重な警備体制が成された王城宝物庫が保管先では隠密行動を得意とする僕でも入手は困難を極めた。


 なので。


「いえ、製作者に一緒に来てもらいました」


 基本的にスクロールは使い切り。

 そして保管されているのはたったの五つと希少を極めていた。

 なら製作者を連れてこればいいんじゃないかと思いついた僕は天才だと思う。


「「はっ??」」


 アシェルとクラインの声がハモった。


「あ、一応。脅してはいませんよ?」


 恐喝や誘拐はレティシアがとても嫌がる行為。

 だから、丁寧に口説いて一緒に “自分の意思” で来てもらった。


「そこじゃなくて……え? いや、はぁ!?」

「これで、作り放題です」


 アシェルとクラインが揃って目を見開いた。


「ルキウス、その製作者殿はどこに」

「侍女長に談話室へ案内してもらっていますよ」

「クライン! 至急談話室に向かえ!」


 これから大事な切り札となるだろう客人の存在に「なぜ早く言わないっ」と焦るアシェルに、僕はしれっと「だって悪い報告からって――」ととぼけて見せる。


「ちなみにスクロールはなぜ必要だったんですか」


 スクロールに関して詳細を明言されず急遽任されたため、使用目的も何も知らない。


「母上と領民を隣国(オルデニア)へ逃がすためだ」


 なるほど亡命か。


「オルデニアというと――」

「母上の故郷だ。連絡が取れてな。援助を申し出てくれた」


 プリマヴェールが他領地に囲まれ且つ現在進行形で包囲されているのはもちろん、忘れてはならないのがこの国(ヴァルディア)自体が “嘆きの森” と呼ばれる樹海に囲まれている事だ。

 囲まれまくっているこの状況を踏まえると、他国へ亡命となるとスクロールは確かに必須だった。


「しかし本人が来てくれたとなると、やれることの幅が広がるな。イルヴェントへの接触も容易に――」

「アシェル様」


 声は抑えているものの慌てた様子が隠し切れていない執事長ヘンドリックスが入ってきた。作法に厳しい執事長がノックもなしに執務室へ足を踏み入れるなど、かなり緊急を要する事態だと見た。


「ヘンドリックス? どうした」

「エストレラ様が――」

「すぐ行く。ルキウス報告ご苦労疲れただろうしっかり休め」


 返事も待たず立ち上がったアシェルは、早口に言い終えると僕を残して部屋を後にした。


「…………」


 報告でもう少し拘束されると思っていたところ幸にもフリーになったため、明日に改めようと思っていた予定を今日に早めることにする。


「よし、会いに行くか」


 手持ち無沙汰になった僕は忙しく時が流れる屋敷を出て迷わず向かう。


 愛しい人の元へ。

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