【第一部完結】回帰者運命逆行計画、只今進行中につき ~死に戻り前世好きだった従者と再会しましたが、彼の様子がなんだか様子がおかしいです~

第一部 回帰後・レティシア 七歳

31 答え合わせ。

「レティシア、今日は疲れただろう。夕食はゆっくり部屋で取りなさい」

「はい、お父さま」

「おやすみ、レティシア」

「明日はお寝坊さんでもいいですからね」

「ありがとうございます、お母さま」

　神明裁判を無事に終えた私たちはみな疲労困憊だった。

　寄り添いながら階段を上がっていく両親を見届けて私も自室へ向かった。

「はぁ～～～～～」

「「レティシア様、おかえりなさいませ」」

「ただいまー」

　恭しく私を迎え入れる侍女らに、ベッドへダイブしながら返事をする。

「本日はどうなさいますか？」

「うんー」

「お疲れのご様子ですので、湯浴みの準備を致しましょうか」

「……ン～」

「お食事はこちらでお召し上がりになりますか？」

「――――そうねー……」

「畏まりました。少々お待ちくださいませ」

　ふんわり柔らかい弾力性抜群のベッドは私の意識を半強制的に夢へ誘(いざな)う。

　夢現な返答を繰り返していたが、とうとう限界がやってきた。

　私は本能へ抗うことなく眠りについた。

◇◇◆◇◇

「……なぁ。お嬢、大丈夫かな？」

「神明裁判だったのだから、そりゃあ――疲れていらっしゃるわよ……」

「トーリ、神明裁判ってどんな感じだったの？」

「あぁ……」

　リア、ミア、トーリにノーラン。四人のうち、付添を務めたトーリはことの一部始終を思い出すと苦い顔をした。

「それがな――」

「あ、しぃー！　ここじゃダメよ！　レティシア様が起きちゃう！」

「おめーが聞いたんだろが。ミア」

「ルーくん。レティシア様のこと頼めるかしら？　私たち、レティシア様がお目覚めになられた時のために色々準備してくるわ」

「分かった」

　任されたとリアに向かいルキウスは1度頷く。

「ほらあなたたちも行くのよ」

「え、俺たち護衛だぞ？」

「ルーくんで事足りるわ」

「そうよ、ルーくんの足元にも及ばないくせに！」

「だから！　なんで、んな刺々しいんだよッ」

　勿論、主を起こさぬようにあくまでも全ては小声でだが、わちゃわちゃと言い合い部屋を後にする四人をルキウスは静かに見送った。

「………………」

　ベッド脇に腰を下ろしてレティシアの髪をひと房手に取り口付けたことなど、寝ている少女は知る由もなかった。

ーーーーーーー

「んん……ん？」

　片方の手が温もりに包まれている感覚で目が覚めた。

　外はすっかり星が輝く時間になっていた。

　意識が落ちる前の煮詰まった脳内はしっかりリセットされており、起こした体もスッキリしている。

「――レティシア」

「！？」

　斜め下から聞こえた声に私の心臓が跳ねる。

　そこには、私の手を握り締めたルキウスが上半身をベッドに預けて眠っていた。

　月明かりに照らされた眉間に皺を寄せて眠る彼の頬には涙が流れた跡が見える。

　一体、どんな夢を見ているのか。

　自由に動く右手を伸ばして皺が寄るルキウスの眉間めがけて指をグリグリしてみれば、小さく魘されながらも険しい表情は消えて安定した呼吸が聞こえてきた。

「…………うぅん」

　ルキウスが体を起こし寝ぼけ眼でこちらを見上げた。

「おはよう」

「おはよう、レティ……」

　私を捉えたルキウスがにへらと顔を崩す。

　無防備な表情がなんとも可愛く、思わずルキウスの頭に手を伸ばす。

「さっきね、怖い夢を見たんだ……」

　美しい黒髪の柔らかさを堪能しながら彼の話に耳を傾ける。

　あ(・)の(・)日(・)だって、こうしているはずだった。

「怖い夢？」

「そう。貴女が泡になって消えちゃう夢……」

　まだまだ意識は覚醒仕切っていない様子で、ぽつりぽつりと夢の話を始める。

「一歩駆けつけるのが遅くて、レティが――貴女は僕の前からいなくなってしまった。『がっかりした』って。僕の手が届く前に、泡になってしまうんだ」

「ルカ」

「置いて行かないで」

「ねぇ、ルカ」

「そばにいたいんだ……」

　はらはらと静かに涙を流すルキウスが何かに気が付いたように「あ」と洩らした。

「今のは――今のはナシ」

　焦った様に首を横に振る。

「これはその。……いや、あー」

「ルキウス」

　頭を撫でていた手をルキウスの頬へ移動させる。

　強制的に視線を合わせるとルキウスは目を泳がせた。

「話し方が……」

「ん？」

「砕けた口調は今はダメだった……のを、失念していました」

　私の手に頬を擦り寄せたルキウスが上目遣いに此方を見た。

「侯爵様には内緒にして……僕、貴女の従者になれなかったら――」

　ルキウスは不自然に言葉を止めると俯いてしまった。

　情緒不安定な彼は回帰してから初めて見た。

　回帰前と総合してもあの私の死に際以外思いつかない位レア度が高めな場面に遭遇している。

「なれなかったら？」

　私の問い掛けにゆっくりと顔を上げたルキウスの仄暗い目と私の目が絡み合う。

「僕は生きていけない」

「それは重症ね……」

「だから、二人だけの秘密にして下さい」

「分かった。誓ってそうするわ」

　儚い雰囲気から一転、輝くような笑顔を見せたルキウスは私を力一杯抱きしめる。

　少し強めな抱擁からは、その表情とは裏腹に私へ縋りついているかのような必死さを感じた。

　思い出すのは、いつぞやの逢瀬の事。

『これを……言葉にしていいか、まだ分からない。だから――』

　あの日、私の手を握り締めたルキウスは雨の中に放り出された仔犬のようだった。

「ねぇ――」

　今日、未来を大きく変える出来事があった。

　回帰前に歩んだ道との決別にひとつ成功した。

　とても清々しい気分だ。

　新しい未来へ踏み出す準備が整ったこの勢いに任せて、ルキウスに聞いてしまいたかった。

　だが、それは彼の気持ちを蔑ろにする行為だろうことは確かだった。

　――いつ話してくれる？

　私は気がついている。

　ルキウスもそうだ。

　お互いの秘密に気が付いていながら、共有せずにここまで来た。

『もう少し、もう少しだけ待っていて』

　『だから』の後に続いたこの言葉に、あれ以上問い詰める事はどうしても憚れた。

　引き下がるしか、私の中に選択肢はなかった。

　しかし、もう少しとは、後どれほどの期間なのだろうか。

　だが、話すタイミングを決めるのは私ではないわけで。

　結局喉に閊(つか)えてそれ以上何も出てこない。

「レティシア様？」

　否、ただ私が弱虫なだけ。

「ぁ……」

　また不承されるのが怖いだけ――。

　話すタイミングなんて、ただの言い訳だ。

「……んーん！　えっと、お腹空いていないから食事の用意は必要ないって、リアたちに伝えてくれる？　明日の朝は食べるからって。今日は疲れちゃった。神明裁判なんて人生で初めてだったし、祝福を授けて貰えなかったから、女神様ってほんとにいるのかなぁなんて疑ってたんだけど、やっぱりいたみたいで――」

「レティ」

「そうだ、腕はもう平気？　ロニー先生は大丈夫だって言っていたけど、違和感があれば」

「レティシア」

　今度は立場が逆転してしまった。

「貴女が相手に口を挟ませない程に口数が多くなるのは、不安がってる証拠だ」

　従者（仮）となってからというもの、ルキウスは礼儀作法について徹底に徹底を重ねていた。

　主人の言葉を遮るなんて以ての外だ。

「何も変わっていない」

　だから、被せるようにして言葉を放ったルキウスに思わず動揺してしまった。

「レティは悩んでいるのに。ごめん、でもその姿を僕は嬉しく思ってしまう」

「ルカ……私」

「僕が知っている貴女のままだ。こうして、不安にさせるくらいなら、あの時打ち明けてしまえば良かったね」

　固まる私にルキウスは尚も話し続ける。

「まだ情報不足が否めなくて、口を開くのを躊躇ってしまった」

　そうして深く息を吐いたルキウスが手を鳴らした。

　彼の手の音に合わせて、カーテンが閉まり部屋には明かりが灯った。

　闇に目が慣れ始めていたところだった為、その急激な眩しさに目を細める他ない。

「レティシア・リマヴェール。僕の愛しい人。貴女の質問に答えるよ」

　ルキウスの話に口を挟む余裕は私にはなかった。

「貴女に拾われる未来を待たずしてここに乗り込んだ理由は、一刻でも早く無事な姿を確認したかったから」

　心臓が破裂するかのように大きな音を立てる。

「――僕には記憶がある。一度、僕は僕として生きた記憶を持っているんだ」

「ルカ……」

「レティシア、貴女も僕と同じだ。そうだろう？」

「ルカ……ルキウス……私、わたし……」

　やっぱりそうだった。

　私と同じ(回帰者)だと本人の口から聞いた事で、私の涙腺は崩壊してしまった。

　ほっとしたのか、なんなのか、とにかく涙が止まらなかった。

「死に戻って、今度こそ、レティシアを守り抜くと誓ったのに、当の本人は僕を置いて突き進んでしまう」

「るきうす……」

「そんな所も含めて愛おしい人だ」

　涙でボロボロの私をベッドへ乗り上げたルキウスがそっと抱き寄せた。

　彼の体温を感じ、跳ねる心音を聴き、ルビーローズの優しい匂いを胸いっぱいに吸い込み、見上げた美しい顔を手のひらで包み込む。

「温かい」

　頬を包んだ掌からじんわりとルキウスの体温が伝わってくる。回帰前最後の記憶、ルキウスの腕の中の記憶が同時に回想される。

　あの時――ルキウスが私を抱き起こした時にはもう、私の五感は機能していないに等しかった。

「レティシアも――」

　背中に回された腕がより一層強まり私を拘束する。

「とっても温かいや」

「うん――私たち、生きているのね」

　額を合わせた私達は、どちらからともなく笑い合った。