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29 《サイレント》の秘密 後編。

「リアパウンド伯がなぜ手にしていたかは協力要請を出したらすぐに吐いたよ」


 父の呟きを拾ったのはリーヴァイだった。

 彼は報告書をパラパラと捲ると、とある頁を手で示した。

 しかし父はそれに見向きもせずに答えた。


「入手先は《地下の楽園》か」

「ああ、そうだ。どうした、いつにも増して冴えてるな?」

「あの男がそれを話題に出した時、お前もいただろ。リーヴァイ」

「まぁな」


 父は胸糞が悪いと吐き捨てルキウスを一瞥すると、そのままに心底嫌そうに手にしていた調査書を机に叩き付けた。


「まさかあんなタイミングでボロを出すとはな」


 父が言う “あんなタイミング” とは以前伯爵との話し合いの場での会話だろう。

 《地下の楽園》とは即ち、裏社会で闇組織――通称・ファントムメナスが運営している娯楽施設の総称だ。

 人から物まで種類は問わず賭けられるオークション、限度額が設けられていないカジノ、人身売買、臓器売買、薬物――と内容は多岐に渡るのだが、中々その尻尾を掴むことは叶わなかった。


「レティシア嬢には悪いが、今までの八方塞がりを打開する今回の件は僥倖だった」


 王の忠臣であるプリマヴェールやイルヴェントには、王政と対立するように在る裏社会を統べるファントムメナスの情報が中々流れて来ない。


「伯爵が《地下の楽園》に通じているとは驚きだったな。あの日アルフレドを見て何を思ったか知らんが、口を滑らせてくれたのは感謝せねば」

「あれは間違いなく俺を同類だと思って吐いた言葉だ」

「傑作だったな」

「おい」


 解せぬと顔を顰める父をリーヴァイが笑い飛ばした。


「しかし――伯爵がそれを落札したとして、使用目的は? あの女がそれを持つ理由はなんだ?」


 貴族たちはみな、自身の家門の祝福に誇りを持っている。リアパウンドは特にその傾向が強い家だった。つまり、伯爵家の祝福を授かった彼女が《ギャラリーコピー》を手にする理由がないのだ。


「《音声消去(サイレント)》が《ギャラリーコピー》で偽造された祝福でした」

「偽造だと?」


 オリバーの回答に父の目が炯々(けいけい)と光る。


 サイレント――リアパウンド伯爵家が保有する祝福は、その名の通り自身が定めた対象物の音や対象者の声を消してしまうというもの。

 余談になるが、祝福の特性によりリアパウンド伯爵家からは隠密活動を得意とする者が多く排出されていた。


「つまり、我が家に申告されていた彼女の祝福は――」


 言葉を止めた父へ同席していたクラインが深々と頭を下げた。常日頃から気を張って表に感情を出さないよう努めるクラインだが、この時ばかりは声は沈み拳が握り締められていた。


「精査を担当した私の落ち度です。旦那様、お嬢様……誠に申し訳ございません。お叱りは如何様にも」

「最終的に私が許可したんだ。――いや、その事は後で話そう」

「はい」


 この後、気を落とすクラインに声をかけたの意外な人物に私は驚く事になる。


「まぁ、そう思い詰めるな。クライン」

「リーヴァイ様……」

「ファルメリア嬢の祝福は初めから虚偽のものだからな。それこそ、七歳の祝福の儀から」


 クラインに労る言葉を投げたのはリーヴァイだった。まるで気の知れた仲にみえるそれに、ふと母の言葉を思い出す。

 そういえば、母はリーヴァイが自身の二個歳上だと話してくれた。つまり、必然的にクラインとリーヴァイが同い年ということになる。クラインはアカデミーの執事科に在籍していたので、学科は違えど顔見知りでもおかしくは無い。


 しかしまぁ――まさかの繋がりだ。


「伯爵より『リアパウンド家の祝福を娘は授からなかった《擬態者》だ』との証言を得ています」


 オリバーが詳述すると共に指し示した資料に記されていたのは、またもや回帰前の私が知り得ないことだった。

 話しは彼女の出生まで遡る。

 それは伯爵夫妻が長年に渡り子に恵まれなかったところ迄。


 リアパウンド伯爵夫妻は不妊に悩んでいた。

 そんな状態が何年も続きやっと授かった子、それがルイーズだった。しかし、赤子は自分の色でも夫人の色でもない髪色を持ち生まれてしまった。伯爵は自身に似ても似つかない我が子を見て悟った。

 そして、発覚したのが愛していた妻の不貞。

 一夫多妻制を廃止したこの国では、不義の子は醜聞も醜聞。しかも、待望の子が自分の色を持たなかった。


 伯爵は恐れた。

 “自分” に問題があった――。

 ()()()というレッテルを貼られ社交界の笑い者になる未来を、だ。

 彼は、不義の子であるルイーズの髪を染め、瞳の色を変え、血の繋がらない彼女を自身の子と偽った。

 同時に、夫人を離れに押し込み必要最低限の衣食住を与えることにした。貴族の女性には耐え難い環境下だっただろう。


 時は過ぎ夫人が命を落とす。そうして “娘” が七歳になり迎えた祝福の儀式だった――が。


「当時、担当した神官から話を聞くことは出来ませんでしたが、伯爵令嬢の祝福が《サイレント》ではなく《火炎系(フレイユール)》だということを確認済みです」


 オリバーは尚もこう続けた。

 伯爵はその事実を隠蔽するために違法な魔道具に頼ってしまった。《ギャラリーコピー》を使い、伯爵家の祝福を彼女に吸収させた。


 あまりの事に、私は言葉を失った。


「その神官は――なるほどな」


 父は資料から顔をあげずに1人ぼやく。

 同頁の文字を目で辿れば、そこには『自死』の文字が。


「当時その場には遺書が遺されていたとのことです」

「きな臭いな」

「はい。おっしゃる通りで。事件性はないと特に捜査も行われず処理されていますが、伯爵が絡んでいるという線で再度調査の申請をしています」

「ルイーズ・ファルメリアの祝福の議を担当した後、すぐに辞表を出して、どっから湧いて出たか知らん金で昼夜問わず豪遊三昧だったと裏が取れている。『これで俺も億万長者だ』って騒いでいた奴が世を儚んで死ぬか?」


――人は何故、憎しみ合うのでしょう。人は何故、争い合うのでしょう。私は絶望しました。


 遺書の一部を抜粋して読んで見れば、なんということか。

 リーヴァイが行った情報の裏取りとの誤差がすごい。


「答えは否だ」


 次から次へと明らかになる真実に頭はパンク寸前だ。

 まさか、私の行動がきっかけとなり芋ずる式にこれほどにも出てくるとは驚きだ。


「あの男は拘束しているんだろうな」

「はい、それはご心配なく。ファルメリア嬢同様、西の塔へ連行されました」

「また、パラディゾか」


 不服そうに目を細めた父に「気持ちは分かるが」とリーヴァイがフォローに入る。


「あれでも、古くから在る貴族家の当主だからな。独房へ入れるのは無理だ、まだな。だが、リアパウンド伯は間違いなく(重罪人)。いずれは移るだろうから、女神の神判が下るまで待て」

「あぁ……」


 我が国では貴族が裁かれる場を神明裁判所、平民は荘園裁判所を採用していた。

 そのため、神明裁判が開かれる “審判の日” を待たねばならない。

 加え裁判を開くための手続きは多く、下手をすれば半年――否、一年も先ということもざらだ。


「だが、いつになる。裁く対象が増えただろう。また一から手続きもやり直しだ。追加の事実確認に、裁判官の選別、大神官の承認と王からは御璽を……」


 父が頭を抱えるのも無理はない。

 通常、個人を裁く神明裁判は時間を有することがあまりないためスムーズに行われるのだが、例えば裁かれる者の爵位が高かったり古くから在る貴族家だったり、裁く対象が増えたりすると時間がかかる。場合によっては、要す時間が二倍以上に膨れ上がることもある。


「あの、申し訳ありません。先にお伝えするべきでした」


 肩を落とした父とそれを慰めるリーヴァイが、手を挙げ発言したオリバーに疑念の目を向ける。


「――なんだ一体」

「此度の件、国王陛下と大神官様より決定された事項をお伝え致します」


 そう前置きをして、傍に置いていた上等な鞄から取り出したこれまた上質な羊皮紙を束ねている紐を丁寧に解く。


「『リアパウンド伯爵家の複数裁判を取り止め、個々の神明裁判を行う事とする』と言付かっております」

「つまり……」


 父の眼光がオリバーを捕える。

 それでも、やはりオリバーは冷静だった。

 取り乱すことなく言葉を続ける。


「ルイーズ・ファルメリアの審判の日が決定いたしました」





 何はともあれ、運命の日が決まった。

 私の人生でひとつの大きな岐路といえる日がやってくる。


 その日、女神はどんな鉄槌を落とすのか……。



◆無能者   祝福を授からなかったひと

◆無能力者  他国からやってきた祝福対象外なひと

◆擬態者   授かった祝福を別の祝福と偽るひと

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