26 美しい着せ替え人形。
「どうでしょうか!!!!」
鼻息荒く部屋へ戻ってきたミアが両手を広げ、雨に濡れた犬のようにぺしょッとした様子のルキウスをお披露目する。
「お、いいじゃん」
最初に感嘆の声を上げたのは護衛騎士のトーリだ。
ミアが言っていた『それ相応の制服』は私の想像よりも遥か上をいくものだった。
ベストとパンツ、ジャケット、シャツと全て黒で統一されており、一見物々しい雰囲気が漂っているように錯覚を起こさないでもないが、唯一モノクロじゃないクロスタイでそれを緩和している絶妙な塩梅加減。
黒のウィングカラーシャツに赤のクロスタイがとても映える。
「貴族の子供だって言ってもバレない気がしません?」
「――確かに」
トーリの言葉に共感しかない。
ダークトーンで揃えられたタキシードに身を包んだルキウスの佇まいは、トーリの言う通り貴族の子息にも劣らない。
私のフィルターにかかれば、兄のアシェルよりも輝いて見えるほどに美しい。
「えーっと。うごきやすさはどう?」
「悪くない……から、複雑な心境です。正直、先程の制服より着心地がいい」
辟易しているところから推測するに、侍女らの玩具役はなかなか堪えたのだろう。
「すてきよ、ルカ。とてもにあってるわ」
「……ありがとうございます。レティシア様にそう言っていただけるなら、堪えた甲斐があった」
ご機嫌ななめなルキウスに近づき、少し曲がっていたクロスタイを直してやる。
「はっ! 見てミア!」
「うん、リア! ふにゃな微笑みだわッ」
侍女二人の黄色い悲鳴にネクタイに合わせていた視線をルキウスへ上げて、おやと思う。
――なるほどこれか。
いつか二人が話していたふにゃふにゃな微笑みがそこにあった。
確かに飛散した花が相好を崩したルキウス背後を彩っているようだった。
「これぞギャップ萌え」
「服装も相まって3割増し」
私とルキウスのやり取りに侍女たちはそれはもう満足気に頷く。
「それにしても、黒のしつじふくだなんて、一体どこで仕入れてきたの」
我が屋敷の使用人たちの服は所属毎に統一されており、デザインはオーダーメイド、サイズをパターンオーダーで仕立てている。
使用人の階級をエプロンの形・スカーフ(女性使用人)、カフスボタン・タキシード・手袋(男性使用人)などで差別化をしているが、特別なことといえばそれくらいである。
ちなみにシャツはみな白だ。
つまり。
プリマヴェールに常備している制服では無い。
「あ、それはですね――」
ルキウスが着用しているシャツ、ベスト、ジャケットのみならずクロスタイまでも最高品質の高級生地を用いていることから察するに――とても侍女達だけで用意出来る代物とは思えない。
「奥様が」
やはり協力者がいた。
よくぞ聞いてくれました! とミアがずずいと前へ進み出た。
「実はですね」
話はルキウスがメイドたちの手によって全身磨かれていたその時まで巻きもどる。
屋敷で起こる出来事は、我が家ではまず母に共有される。
ルキウスの闖入から彼の身元が騎士団預かりになったまでの話ももちろん母の耳に入った。
話を聞き付けた母は早速メイドに揉まれる彼がいる部屋へ乗り込んだ。
そして、身綺麗になったルキウス姿を見て特例措置を講じたそうな。
「『ふくをしたてる』って言ったの?」
「はい!」
「お母さまが?」
「はい! 直々にです!」
援助はしていたと思ってはいたが、まさか言い出しっぺ本人だとは。
「既にある制服では勿体ないと」
「で、一から作ったのね」
「おっしゃる通りです」
「あの時のが……これなんだ」
ルキウスがリアの回答に「そんなことあったな……」と乾いた声で笑う。きっとフルオーダーのための採寸時のことを思い出しているのだろう。
「奥様はインスピレーションが湧いたと仰っていました」
ルキウスを見た母はすぐさま、フラゴーラの上級テーラー・メリッサを招いた。
「メリッサ様も使用人(男の子)用の服はあまり担当されたことがないそうで、ノリノリで協力してくださいました」
「メリッサ様から美は常に最新のデータが重要だとご教授いただきました!」
そうして開始された高級執事服作りは、なんとも大掛かりだったようで。
三日三晩、あーでもないこーでもないと寝る間も惜しんで練られたデザインの制服がまさにこれらしい。
「そして、今日は! そのお言葉を胸に張り切りました!」
よほど楽しかったのだろう。両手で拳を握り早口で捲したてるミアは興奮が冷め切らないようだった。
そして、その話の間にルキウスはいつの間にか私の横から姿を消し、最終的にトーリの座るソファの後ろまで後退していた。
「さっきもまたサイズ測られたんだ」
「そうだったの……」
ソファーの背からこちら覗くルキウスの表情にはすでに疲労感が漂っていた。
今から従者としての仕事が始まるのだが――大丈夫だろうか?
なんだか可哀想になってきた。
「せっかく初仕事に間に合って届いたのだからと思ったのだけど……」
「ルキウスくん、ごめんね。嫌だったよね……」
ルキウスの表情に流石に悪いと思ったのか、リアとミアが悄気る。
「あ、いや、別に……」
哀愁漂うリアとミアの雰囲気に思わず声を発したルキウスに、二人は途端に元気を取り戻す。
「ほんとう!? そう言ってもらえるなら良かったわ! ね、ミア!」
「うん! 良かったわ! リア!」
「まだ成長期だし、当分は月イチでこれからも採寸するからね!」
「え」
「最新のデータが物を言うのよ!」
「え」
ルキウスから私へ向けられた助けを求める視線を、彼が連行された時に助けなかった負い目もあり流石に無視はできなかった。
「そんなにひんどは、おおくなくても良いんじゃない?」
「お嬢様! 美に妥協はダメなんですよっ」
「ルキウスくんはですね! 着飾らせてくれないアシェル坊ちゃんにヤキモキしていた侍女やメイドたちの救世主なんです!」
「そ、そう」
わぁ……。
メリッサの教えに忠実なリアと本音がダダ漏れるミアの勢いに押されて、反論を断念する。
ごめん、無理だった。
「ルキウス! お前も男だろ、腹くくれ。お嬢様にお仕えするんだから、それ位耐えろ」
メイドが用意した紅茶を啜りながらソファに腰かけてこちらを静観していたトーリがルキウスに喝を入れる。
――おい、待て。
今更な気もしないでもないが、なんで優雅に紅茶なんて飲んでる。
「あ、今日は内勤なんで、俺の服まだ汚れてないからソファ無事ですよ!」
「剣も床だし~」と親指を立てるトーリに物申したい。
違う、そうじゃない。
「まったく……」
自由奔放な側仕えたちに呆れながらも、そんな空間が嫌いじゃないから怒れない。
「まぁいいわ。とりあえず、今日はお日さまがきもちよさそうだから、にわに出ようかと思うのだけど」
当面の間、諸々の授業が免除になってしまった私は暇を持て余していた。する事と言えば、絵を描くことぐらい。
お陰様で、メキメキ上達中だ。
「かしこまりました、お嬢様。日傘を持って参ります」
「私は軽食の準備をシェフに頼んできます!」
「よろしくね。ルカは――」
「僕は絵を描く道具を持って同行致します」
庭に出るとしか言っていない私の考えを読んだかのようにスケッチブックや画材道具一式を一人で器用に抱え込み準備万端なルキウスに驚く。
「レティシア様、今日はこちらにいたしましょうか?」
「レティシア様、見てください! フルーツいっぱいもらってきました!」
リアが今日の私の装いに合わせた日傘を用意して、ミアがカゴいっぱいに詰めた軽食やフルーツを持って来る。
「ありがとう。じゃあ行きましょうか」
リアとミア、ルキウスが側に仕え、護衛のトーリがその後ろに控える。こうしていると本当に回帰前に戻ったようで、なんだか泣きそうになってしまう。
「ルカ。貴方はこれから試用期間中、常に監視されていると思って行動しなさい。私の従者になりたいのなら、気持ちを引き締めて臨むように」
「はい。ご忠告痛み入ります」
私の忠言へマナーを完璧に押えた礼をとったルキウスに安堵して私はみなを伴って部屋を出た。
私も浮かれないように気を引き締めなければ。




