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24 親の気持ち子知らず。

本編再開です。

 我が家(安全地帯)へ戻ってから、はや二週間あまり。

 イベントラッシュで既に気力の限界を越えていた幼い私はその二週間を寝て過ごした。

 そして今日は、回復果たしたそのまた一週間後にあたる日。やっとロニー医師から許可が降りた私は部屋を飛び出した。


「どういうことか、せつめいをもとめます!」


 父がのらりくらりと逃げるので、捕まえるのに一週間かかった。

 行儀が悪いことこの上ないのは重々承知だが、私は両手を力一杯机へ叩き付けて対面に座る両親へ前のめりに啖呵を切った。


「頬を膨らますレティシアも可愛いな」

「私はしんけんに聞いているのです!」


 父は私の顔を見つめながらデレデレとそんなことを言う。

 話を逸らすためか、本気で思って言っているのか――いや、両方だな?

 母も呑気に「そうねぇ」じゃあない。


「お父さま、お母さま。私のしゅくふくについての、あのお話はいったいどういうことですか?? だいしんかんさまは、 “しゅくふくのぎ” にどうせきしていらしたのに、しきてんで『ぜんちのしき』だなんて――いつわりのしゅくふくをせんこくしてしまうなんて」


 ぜぇぜぇ息を切らせた大神官様が父に殺気を飛ばされていたあの日の情景が頭に浮かび、ひとつの仮説が頭によぎる。


「もしや、だいしんかんさまをおどしたり……」

「まさか!」

「プリマヴェールの名をつかって……」

「爵位を盾に脅すなんてこと、今回はしていないよ!」


 “今回は” ねぇ?

 “今回も” の間違いじゃなかろうか。

 なんせ、父は大神官に向かって脅迫紛いのことをした前科がある。


「まぁでも、お爺様がお前の予知夢について大神官様に話したのは本当だ。もちろんあくまで憶測として、レティシアの夢がそういう能力(未来予知)であっても不思議では無い、と進言してみたんだが」


 つまりは遠回しに、祝福無しの結果は間違いかもね? と、女神の使徒に言い放った訳だ。

 それを人は脅したと言うんじゃないだろうか……。


「最終的には大神官自ら協力を申し出てくれた。土壇場だったが、助かったよ」


 祖父は任せておけと言っていたが、まさか大神官を丸め込むなんて予想外だった。

 だが、何故大神官は祖父たちの話を鵜呑みにしたのか。


「コレもその場にいたから、説得力は十分だっただろうな」


 父がコレと視線で示すのはルキウスだった。

 なるほど。

 合点がいった。


「こいつを見た途端、膝から崩れ落ちていたよ」


 ルキウスを見た大神官により、中央神殿の祈りの間は一時的に封鎖する事態になったとか。


 なんかもう、いたたまれない。


「……このことにかんして、へいかはごぞんじなのですか?」


 どうか予想が外れてくれと祈りながら、胸騒ぎを払拭するために敢えて聞く。


「もちろんだよ。大神官と話し合った後、 “前知の識” をお前が得た事は、報告してある」


 違う。

 そうじゃない。

 それは報告する内容が違っている。


「つまり、私がむのうしゃだと、ほうこくしていないのですね?」

「レティ、それでは語弊がある。お前は無能者じゃない。予知夢を見たんだろう? まだ祝福がないとはいいけれないじゃないか。だから、報告を遅らせた。ただそれだけの事だ」


 これは世紀の大犯罪じゃなかろうか。

 バレたら行先は破滅――プリマヴェール侯爵家存命の危機だ。

 それを回避するために奮闘しているはずなのに、まさか苦し紛れに放った言葉が死への直行便だったとは。


「はんきゃくざい……」

「お、難しい言葉を知っているな? 流石だ」


 だああああああっ!


「まぁ大丈夫だよ。王は国の要であるプリマヴェール侯爵家を手放すことは出来ないから」


 私はその手放された未来を知っているから、こうして心配を! と、そう言うわけにもいかず、脳内で頭を抱える。

 たしかに、プリマヴェール侯爵家を切ったのは、現国王マキシリミアンではなく時期国王チャールズだから今は心配する必要は無いのかもしれない、大丈夫、大丈夫……なのか?


「なっとくはしていないですが、分かりました」


 バレた場合は、父と祖父(あと大神官)がどうにか交渉するのだろうと私は言葉を飲み込み、あの日の父の発言で一番気になっていたことを訊いた。


「つぎが、ほんだいなのですが」

「うん?」

「ルキウスのことです」


 今回、両親を捕まえたのはこれが目的だ。

 私の言葉に目を見開いた父が音を立てて席を立つ。


「貴方、座って」

「いや、だが、その、エストレラ……とりあえず君が話を――」

「座りなさい」

「ハイ……」


 しかし、母は有無を言わさぬ笑みで逃げ腰の父を捕らえる。


「レティシア。話を続けて」

「はい、お母さま」


 引止めてくれた母に感謝しながら、ヘタレなその人に向き直る。


「お父さま」

「……なんだい?」

「お父さまはリアパウンドはくしゃくさまとのお話しをおぼえていらっしゃいますか?」

「……ある程度はね?」


 疑問符をつけるな、疑問符を。


「アルフレド。全て覚えているでしょう?」

「ハイ。オボエテオリマス」


 すかさず母から指摘が入る。


「よかったです。では、お父さま」

「……うん?」

「『この少年は、侯爵令嬢の側仕えだ』」


 父が今度こそ逃げようと凄まじい俊敏さで扉へ向かう。

 しかしそれは、父の護衛騎士・カイオンにより阻止された。


「おい、お前は俺の護衛、だろうがっ! おかしいと思ったんだ」


 父は抜け出そうともがくも、カイオンの羽交い締めには敵わない。


「邸内でお前が護衛の任につくのは頼んだ時以外一度もないのに……シレッと同席するなんて」


 そう。

 カイオンは父の護衛騎士だが同時にローザ騎士団副団長でもあるので、父が屋敷に留まっている普段は団員の育成に励んでいる。

 今回はそこに無理を言ってお願いしたところ、カイオンはひとつ返事(無言)で了承してくれたのだ。

 

「…………」


 いつも通り無言を貫くカイオンが「もっと警戒すべきだった」と嘆く父を元いた席へ座り直させる。


「アルフレド様、親父が無視するからって、俺を睨まないでくださいよ……」


 因みに私に関しての護衛は、ルイーズのこともあり交代制で “常に” 傍へ控える体制が敷かれた。今、父に睨まれて弱った声を出すのは私の後ろに控えるトーリだ。


「あの言葉がどうしたって言うんだい、レティシア」


 力なく私に問う父の目にはもはや覇気がない。


「そのことばをしんじつにしたいと思っているのです」


 頑なに認めなかったルキウスの存在を覆した、伯爵に向けて放った言葉。

 その場しのぎに過ぎなかった発言だと分かっている。

 しかし、私はこのまま無かったことにするつもりは無い。


「なるほどな……」

「はい」


 ルキウスと物理的に距離が開いている今、あの時のあの言葉はまさに絶好のチャンスだった。

 一度大きく上を仰いだ後、膝の上で肘を立てて深く考え込んでしまった父の言葉を待つ。


「いい機会じゃないかしら」


 幾許か時間が経った頃、父の隣から私への援護射撃が来た。


「エストレラ……」

「屋敷の使用人や騎士らからの評判も上々、従者としての教養に加えて、剣術や体術と護衛としての素質もあると報告が上がっているわ。貴方も把握しているのではなくて?」

「――あぁ」

「今回の功績も含めて、レティシアが望むルキウスの待遇は相応しいと私は思うわ」


 「一体何を躊躇っているの」という母の問いかけに父が重い口を開いた。


「……ルキウスの身辺調査についてだが、一切の情報が掴めていないのは知っているな?」


 腕を組んで椅子へ深く座り直した父が母と私に問いかける。


「そうね、そう聞いているわ」

「我が侯爵家の情報網を持ってしても何一つルキウスの情報を得られなかったことがまず一つ、此奴をレティに近づけられない理由だ」


 ノーランに連れ出してもらい無断で一度しっかり会っている身としては、父の話は何とも言えない気まずさを覚える内容だ。

 親の気持ち子知らずとはこういった時に使うのだろう、多分。


「ただの孤児なら良いが、もし万が一他家と繋がりがあれば? 祝福を発動させても黒目のルキウスを含めた未来は視えなかった」


 “無能者” の特徴の一つとして、精神系に関わる祝福は作用しない。

 つまり、ルキウスに我が家の祝福は効かない。

 

「あともう一つ――」

「なぁに?」

「娘の貞操の危機を感じる……」

「まぁ」

「ていそう――」


 まさかの話の流れに思わず母と私の言葉が詰まる。

 いや、私は七歳の幼女。

  “分からないふり” をしなければ。


「って、なんですか?」

「うんっ!? いや、お前は気にしなくていい」


 しまった、とでも言うようにあわあわと両手を振る父に適当に頷く。

 思い返せば、父が “それ” を気にするのも無理は無いのかもしれない。なんせ、かの事件の解決の鍵を握った《ビデオキューブ》の作製動機が動機だから……。

 まさかの弊害に脳内で額を押さえる。


「心配しすぎよ」

「だが、エストレラ。君もあの場にいて、あの言葉を聞いただろう」


 母のどこか確信めいた言葉に父が内緒話をする様に方を寄せた。


「それでも大丈夫だと言えるか??」

「えぇ。万が一、そんな素振りでも見せようものなら――」

「も、ものなら?」

「私が直々にその原因を取り除いてあげるわ。そうすれば、そんな気はもはや存在しなくなるでしょう」


 母の笑顔と共に吐き出された言葉に男衆がザァーっという副音がついたように青ざめる。


「まぁ、私はあの子(ルキウス)にそんな心配していませんけれど。あなたの心配事は必ず杞憂に終わりますよ。――あら、どうしました?」

「なんでもない……」


 すっかり元気をなくした父の背中を母が心配そうに擦る。


「エストレラ様、怖ぇ……」


 私の後ろに控えるトーリがぼそりと呟いた。


「何が?」

「いや、お嬢様は分からなくていい話だよ……」


 青ざめるトーリに謎は深まるばかりだ。


「えぇ?」


 そして私が母の言葉の意味を知るのはずっと後のこと。

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