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幕間 《パラディゾ》後編。

 怒りの声をあげたのは仕丁として同行させた少年だった。


「巫山戯んなよ」


 その小さな呟きは目の前の彼女には聞こえていないようだった。

 仕丁が今にも飛び出さんばかりの雰囲気を出している。


「――平手打ちの威力を考えたことはあるか? 人間は怒りを感じた時、本来なら考えられない程の力を出す。そして、武道を嗜んでいない者がその加減ができるはずも無い。現に、それを受け止めた少年の腕には痣が出来た」


 リーヴァイは “まだ待て” と牽制の意味で仕丁に対し視線を投げる。

 残念ながら視線が交わることは無かったが、固く握りこまれていた拳が多少緩んだのが視界に映った。

 意図は伝わっているようなので、一先ず安心してよさそうだ。

 実はこの仕丁、この件で侯爵令嬢とルイーズの間に割って入った張本人。

 名をルキウスと言う。

 ルキウスは令嬢が怪我を負うこと、延いては下手すれば内乱に発展していたであろう最悪の事態を阻止した功労者だ。


「ファルメリア。その話も場合によっては詳しく聞かせてもらうことになるが、今はそこじゃない。俺が訊いているのは、手をあげた直接的な理由についてだ。プリマヴェール侯爵夫人の名誉を損なうような発言があったか、否か」


 ルキウスがその後彼女を “物理的” に封じ込めたことについては、まだ審議の必要があるだろうが今議論すべき事柄では無い。

 その少年がなぜこの場にいるのか分かるのはもうすぐだ。


「…………」

「沈黙は肯定とみなすが、良いか」

「い、いいえ!」

「そうか、聴取書にあるようにプリマヴェール側からは君の発言について抗議した故に “そう” なったと聞いているが――名誉を損なうような発言はなかった、と君は言うのだな?」

「プリマヴェール侯爵夫人の地位を貶すようなそんな浅はかな発言は致しておりませんわ! そんな人間だと思われているなんて心外です!」


 リーヴァイは顎に手を当てて思わず唸ってしまう。


「――ルキウス、頼めるか?」


 リーヴァイは感情を押し殺すように控えていたルキウスを傍に呼んだ。

 ここで初めて少年の存在を認識したルイーズが顔を青ざめさせる。


「り、リーヴァイ様! なぜ、その子どもが此処に!」

「あぁ、心配しなくても良い。彼がこの場で君に危害を加えることは無いから」


 この子を連れてきたのはそうせざるを得なかったからで、云わば最後の切り札だった。ルイーズの今の発言によって、少年というカードを出す他ない状況になってしまった。


「心配ない!? その子どもは私に無礼を働いた者ですわ!」

「全ての決定権は俺にある」


 激しく抗議するルイーズをよそに、ルキウスは首から下げていた《ビデオキューブ》をテーブルの中央へ静かに設置する。そのまま手を翳せばそれは少しのノイズと共に映し出された。



 ――話を逸らさないでよ! まだちゃんと言質を取っていないのよ!! やっぱりどうせ、無能者なんでしょ!? あの女と同じなんでしょうよ! アル様には釣り合わない無能女と!


 ――何が “白雪の美姫” よ! 老婆のような白髪を持っているだけじゃない! まるで蜘蛛の糸よ! 害虫を纏っている様な……あぁおぞましいっ


 ――プリマヴェール侯爵夫人としてなんの役にも立たない無能を、ドブのようなあの女の代わりに私がお母様になってあげると言っているのに、何様よ!



 ルイーズは言葉を失った。

 《サイレント》で遮断された空間での出来事が残っているなんて想像してもいなかったのだ。


「あの日の記録だ。これでもまだ、夫人の名誉に関わる発言はなかったと言えるか?」


 小気味良く変わる変わる流れる映像は、元々納められていたそれを少女のプライバシーに関わる場所を流さぬように作製者のルキウスの手で再度編集したものだ。

 もちろんの事だが、細工などできぬように監視をつけての作業だった。


「――言えますわ」

「ほう?」

「先程から申し上げております通り、 “プリマヴェール侯爵夫人” の地位を貶すようなそんな浅はかな発言は致しておりません」


 なるほど、そう来たか。

 ルイーズは、全ての発言はプリマヴェール侯爵夫人に向けてではなく、エストレラ個人へ対する言葉だったと言いたいのだろう。

 前者を取っても後者を取っても、ダメなものはダメだが。

 下手すれば国際問題になりかねないのだから、もはや後者の方がまずい。

 プリマヴェール侯爵夫人である、エストレラ・リマヴェーラは隣国オルデニアの公爵家の出だ。

 もし公になろうものなら、戦争勃発待ったナシ案件である。

 リーヴァイは頭を抱えたくなった。


「これだけ証拠が上がってんだ、戯言も大概にしろよ」

「ヒッ――こ、来ないでよ!」


 一歩進み出たルキウスにルイーズが距離を保つように顔面蒼白でソファの端に後ずさる。

 しかし、ルキウスはそんな彼女に見向きもせず、《ビデオキューブ》にまた手を翳した。

 ループ再生が止まり別の映像へ切り替る。


(なんだ?)


 それはリーヴァイも把握していないもので、思わず彼は眉を顰める。

 映ったのはプリマヴェール侯爵 アルフレド・リマヴェーラだった。フィルター越しでも伝わるこの殺意が、映し出されたアルフレドが本物だと示していた。


『リアパウンド伯爵令嬢、俺が君に抱く感情は懸想でもなければ憎悪でもなかった。しかし、今回の一件で、明確になった。俺は君を心底厭悪するよ。学生時代流れた噂についてだが、君に対する明瞭な釈明を怠った俺も悪かったと思う。だから、此度の件で私刑を下すことはしない。そして、我々が会うのは『審判の日』が最後だ。以降は、二度と――もう二度と俺たちの前に現れないとそして約束してくれ。俺は最愛の妻を侮辱する者の存在は容認できない太刀だ。もし万が一、約束が守られないなどという未来がやってこようものなら、容赦はしない。妻や娘の視界へ入る前に、この世から存在が無かったことになるだろう』


 映像が途切れたキューブを何事も無かったかのようにルキウスが首へぶら下げる。

 リーヴァイは気がついた。

 ルキウスの首に下げられた《ビデオキューブ》の色が “黒い” ことに。

 原物(オリジナル)の表面は渦中の人物である侯爵令嬢の手によって白く塗装が施されており、それを剥がすことは出来なかったのだ。


「まさか、複製品(レプリカ)か」

「さすが冬の柱イルヴェントのご当主様。これは貴方の言う通り、レプリカです。先にご当主様の映像を記録させて、オリジナルの映像の必要部分を複写(コピー)したものになります」


 リーヴァイの手の内にあったはずの大事な証拠品(ビデオキューブ)は気が付かぬうちにレプリカにすり替えられていた。

 今の話を聞く限り、監視時に行っていた作業では既に《ビデオキューブ》はレプリカだったらしい。

 細工をされぬための監視だったのに、それ以前の問題だったとは――リーヴァイはしてやられた気分だった。


「オリジナルはどこに」

「持ち主のもとです」

「だよな」


 レプリカと言えどオリジナルと共に作られたため、厳密にどちらが本物かというのはなく、どちらもオリジナルということになるのだが……ややこしいったらない。

 リーヴァイは今度こそ頭を抱えた。


こちら(レプリカ)でも支障はなかったでしょう」


 リーヴァイとしてはコピー方法が気になるところだが、突っ込んだらキリが無さそうなので深いため息をつくことに留めた。


「いや、確かに、ないのはないが……」


 最も端的に且つ最も効果的にルイーズを失意させる方法を取る辺り、アルフレド自身もかなり追い詰められていたのだろうと、リーヴァイはそんな事を思う。


「――これで君への聴取は終了とする。沙汰を待っていてくれ」


 入室時から増して抜け殻のようなになってしまったルイーズにリーヴァイの言葉が届いているかは不明だった。


 休憩無しの聞き取りは実に六時間に及び、リーヴァイとルキウス、そして書記官が外に出た時には太陽は沈みかけていた。




◇◇◆◇◇



「無様だな」

「ッ! ちょっと! どういうつもりよ!!!!!」


 目の前に現れた人物に気がついたルイーズはすかさず掴みかかった。普段より所作への淑やかさ優雅さに重きを置いていた彼女だったが、今の姿にはそれが微塵も残っていやしない。


「何がだ?」


 心当たりがないとフード付きのマントを纏った首を傾げるその人を前にルイーズの頭に血が上る。


「とぼけないでよ! 貴方が、あの女の娘が『無能者』なんだって言ったんじゃない! 確かな筋からだって……私はそれを信じて――」

「確かな筋? 俺は一度もそんなことは言っていないが」

「は?」

「おいおい()してくれ。人を悪者みたいに。『無能者』とも僕は言ってないさ」

「うそ……ウソ。だってあの女が『無能者』で、その娘も『無能者』だったら、夫人の席に座るのは私でも良かったはずなのよ」

「ほら、今のだよ、今の。ルイーズ、君が勝手に盛り上がって勝手にそう結論付けただけだ」


 思い返せば、何も、そう何も決定打となる言葉は含まれていなかった。


 ――プリマヴェール小侯爵は今年の新入生を見初めたらしいよ。君()()()

 ――女神はプリマヴェール侯爵夫人を拒んでしまったらしい。予想通り、()()()()だったね。

 ――とあるご令嬢の祝福の儀で()()()が生じたみたいだ。どうやら君の教え子の儀だとか……。


 絶望はルイーズの目の前を真っ赤に染めた。

 もう何もかも。

 お終いだ。


「~~ッ!!!! もういいっ! こうなったら、あなたも道連れにしてやる! リーヴァイが来たら――全て、すべて! 話してやるんだから!」

「ほう?」


 雪のように白く華奢な手が喚くルイーズの頬へ伸びる。

 フードから覗く限りなく金に近い琥珀の眼がぎらりと光る。

 ただ手を頬に添えられて目を見つめられただけ。

 しかしそれは、確実にルイーズの中にある恐怖心を増長させた。


「潮時だな」

「な、なによ!」


 それでもルイーズは涙を堪え精一杯の睨みを利かせる。


「かハッ」


 ルイーズの喉にカッと熱が走った。ルイーズはそれが何か直感的に悟った。

 学生時代、類似した祝福を見た事があったからだ。

 しかしなぜこの者が――。


「気が強い女は好きだ」


 指の背で頬を撫でられたルイーズは憎々しげにフードの人物を見上げた。


「だが、自我を持ってもらっては困る。――本当に残念でならない。君とはまだ協力関係で居たかったのにね?」


 奪われたのは真実を話す声。

 話せば最後、悶え苦しみ命を散らせることになるだろう。


「欲望に負けたのが運の尽きだ。恨む者が必要なら過去の自分を恨め。分不相応な願いは身を滅ぼすことを忘れてはいけなかったのだよ」


 その言葉を最後に霧のようにフードを深く被ったその人物は消えた。初めから何者も居なかったかのようだった。


「う、ぁああああああああぁぁぁ!!!!!!!」


 部屋の中で響く一人の女の叫びは誰にも届くことは無かった。

 そう、誰にも。


《ビデオキューブ》のトリビア

本文に組み込もうとしましたが、説明文が過ぎるので断念。

後書きで失礼いたします。


作者メモ書きより引用

◆起動条件

オリジナル……レティシアが装着すること。

レプリカ……ルキウスが装着すること。

◆複写方法

オリジナルとレプリカは側面凹凸が一面のみ嵌るように設計されている。嵌め込んだ状態で作製者ルキウスに限り任意の操作が可能。


次回、本編に戻ります。

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