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01 濡れ衣。

EP00があります。こちらEP01です。

お間違えのなきよう( .ˬ.)"

 季皇歴708年 チャールズ・ディアヴァルム即位


「――憂鬱すぎる」


 兄のエスコートで馬車から降り立ち会場へ続く階段を前に早速ため息が出る。

 早朝より戴冠式で長時間の拘束、夜はそのまま舞踏会と来た。

 戴冠式での要人たちの話が一人一人長すぎるのは問題だと思う。あんなのもっと簡素で良いだろとは流石に口には出せなかった。


 しかし、せめて――。


「舞踏会は別日でいいでしょ……」


 時刻は夜の八時。いつもなら犬のように甘え上手な従者ルキウスの髪を長椅子に腰かけて梳かしているはずの時間だ。ツヤッツヤなあの黒髪に癒されたい。

 私の手首に結ばれた彼から贈られた栞紐に視線を落とす。


「帰りたい……」


 大きなため息をつきながら、私をエスコートする兄をチラリと見上げてみる。

 無口な兄からは全く反応が返ってこない。


「はぁ……」


 妹の私にでさえ無愛想な兄だが、社交界でもその態度に変わりはない。これがデフォルトなのだ。

 ご令嬢達が兄の性別を超越した美しさを放つ顔立ちと一つに束ねたサラッサラストレートな深紅の髪と滅多に表情筋が働かない唇から、その滲み出るクールさが良いと “氷薔薇の貴公子” と密かに呼び、兄の婚約者の座を賭けたデッドヒートを繰り広げていることを私は知っている。

 家に届く溢れんばかりの釣書は兄の部屋の机に日々積み上げられ高くなって行く一方で、婚約者はなかなか決まらず毎度エスコートの相手は私。

 父から代替わりした今、早く相手を決めて欲しいものだが、本人にその気がないのが困ったものだ。


「プリマヴェール侯爵家ご当主アシェル・リマヴェーラ様、並びに、レティシア様ご到着です」


 豪華絢爛な舞踏会場へと仰々しい紹介と共に足を踏み入れる。顔は動かさず見える範囲に意識を向ける。後の舞踏会を平穏に乗り切るべく、見知った顔をぶれ探すためだ。

 出来れば気の知れた仲であるリリーが参加してくれていたら良かったのだが、リリーの実家――イルヴェント辺境伯家は不参加だと聞いている。よって、探すはプリマヴェールと同じく王室の側近として仕えている二つの辺境伯家の内、夏の守護者と呼ばれるエスターティア家の一人息子グレイ。

 壁の花にでもなれれば良かったのだが、生憎侯爵令嬢という身分がそれを許さない。ファーストダンスは兄と踊るとして、二回目は知り合いで済ませて、後は断る算段だ。


 頃合いを見て、さっさと帰ろう。

 付き添いのクジ引きに敗れ、タウンハウスで留守番組となってしまったルキウスの拗ねた表情が目に浮かぶ。


 ――ヨハネス様とアルフレド様のこともありましたのに

 ――さすがプリマヴェール侯爵家のご子息とご令嬢だ

 ――前侯爵らもきっと


 歩を進める事に漏れ聞こえてくるのは私たち兄妹の話。

 おいそこ、兄は()()()ではなく、()()()なんだが??


 新国王への挨拶の為、向かうは玉座の前だ。

 数段高いその場にはこの度王となったチャールズが泰然と座っている。幼少期から交流がある彼から、その時代の傍若無人さがなりを潜めて新国王として相応しい堂々たる姿勢が身についている事が窺えて関心する。彼の父――前国王の突然の崩御で何か心境の変化があったのかもしれない。

 私がそう頭の片隅で考えながら兄妹阿吽の呼吸で臣下の礼を取ろうとした時、私の横を駆け抜ける女性がいた。


「チャーリー!」


 アウトリアン侯爵令嬢バネッサ・アドリアムだ。

 彼女はさも当たり前のように彼の隣に侍りると、勝ち誇った笑みでこちらを見下げている。

 あんぐりと口を開けたいところだが、そんな失態披露しようものなら家に泥を塗るのは不可避なので、既の所で堪える。


「国王陛下。アウトリアン侯爵令嬢の所在は其方でよろしいのでしょうか?」


 私は「何してんだ??」と言う本音を含めて問う。

 実はチャールズ、幼い頃から妃候補が二人いる。

 その一人が、彼女バネッサ嬢。そして、残る一人が私だ。

 正式にどちらかが妃に決まるまで彼はどちらかの手を取る明確な行動は控えなければならない。

 プリマヴェールとアウトリアン、表立って敵対はしていないとはいえ、どちらかが相手に向けて講義の声を上げた場合、下手すれば保ってきた均衡が崩壊し機能しなくなる。

 チャールズの父――前国王が亡くなり、四の柱のうち中立の辺境伯家が不在の今、その暴挙を諌められる者がこの場にいないのが痛いところ。


 つまりだ。

 妃になるつもりは現在微塵もないので私の気持ち的には良いのだが、この状況は良ろしくないよねという話である。

 体裁という意味合いで。

 大声で抗議したいのは山々だが、ここで声を荒らげればこれもまた後の醜聞は免れない。貴族社会とはそういう場所。


「あぁなに、気にせずとも良い」


 いやいやいや。答えろ??


 前言撤回してやる。

 幼少期から変わらずの阿呆め。いや、ど阿呆め。


「プリマヴェール侯爵アシェル・リマヴェーラ」

「同じく、レティシア・リマヴェーラが国王陛下にご挨拶申し上げます」


 気を取り直し兄に合わせて膝を折れば、ホールが静まり返る。

 兄妹の洗練されたカーテシーに誰もが息を飲んだ。

 しかし、それも束の間。


「捕らえろ」


 優美な演奏が反響するホールで、そう大きくは無い声が確かに響いた。それと同時に両肩へ、続いて膝へ衝撃が走った。


「痛ッ」


 気づけば、ホール壁際に等間隔に警備としていたうちの数名の騎士に両脇から腕を押さえられ膝をつかされていた。


「国王、一体どういうおつもりか」


 チャールズ王に私と同じく膝をつかされた兄が唸るような声色で異を唱えた。


「どうも何も、国の尊き御方の命を奪った者らを捕えて何が悪い」

「……は?」

「いや、奪った者の血族と言うべきか? ――我が国の太陽である父が建国祭を前に崩御したのは、みなの記憶にまだ新しいことだろう。父が召されて半年、此度その尊き命を奪った罪深き者が判明したのだ」


 ホールを見渡したチャールズの目が私たち兄妹を捉えた。


「もっと早く公表すべきだとも思った。しかし、王の座が空席の状態では混乱を招くだけだと判断した。皆の者、遅くなってすまなかった! そして――春の守護者プリマヴェールよ。残念だ。まさか、アルフレド・リマヴェーラが裏切り者だったとは」

「「は?」」


 唐突に出されたのは亡き父の名前だった。

 事の行方を見守っていた貴族らがそんなまさかとざわめき出す。

 傍に控えていたバネッサから分厚い書類の束を受け取ったチャールズはそれをこちらに投げ捨てる。

 散らばった報告書に目を凝らせば衝撃の内容が目に飛び込んで来た。


 ――アルフレド・リマヴェーラ行動報告書

 複数人の目撃者に証言……。

 極めつけに、犯行に使用されたのが、我が家紋が施されたブロードソードですって??

 『親友だ』と私たち子どもに国王を紹介した父がその手で殺したと?

 忠信に何よりも重きを置く父が?


「有り得ない」

「現に証拠が揃っているからな」


 兄が静かに否定するが、チャールズは鼻で笑うと彼の言葉を一蹴りした。目の前にいる阿呆は、お粗末すぎるこれ等を証拠だと信じて王家の片腕を捨てようと言うのか。


「信じたくないのも無理は無いが、現実を見るんだ」


 認めて楽になれと、タダを捏ねる子供に言い聞かせるかのようなそして小馬鹿にしたような、そんな風に言葉を放つチャールズに理解が追いつかない。


「諦めろ」


 違う。

 信じないも何も、有り得ない。そう、有り得るはずがない。

 父アルフレドは王が崩御した日を同じくして落馬事故で命を落としている。それも王の崩御を受けて、城に急いだ結果だ。

 それまで家で仕事を捌いていたのだから、父が直接手を下したのなら物理的に無理がある、もっと言うなれば時系列もおかしい。


 頭の中で話を整理した私は抗議するためばら撒かれた羊皮紙から顔を上げる。だが言葉は出なかった。

 憎悪に満ちた視線があちこちから刺さる。

 ここに居る誰も彼もが、チャールズの言葉を信じきっている。

 味方であるはずの、プリマヴェールの傘下である者らさえも困惑の表情を浮かべている。

 まさか今のを信じたのか??


 何故。


「なにか言い残したことはあるか」


 ただの形だけの無意味な問いにふつふつと怒りを感じる。

 肌で感じた。

 これ以上、何を言っても覆らないのだと。

 多勢に無勢とはこの事か。


「「…………」」

「この二人を西の塔へ」


 西の塔と言えば、罪を犯した貴族が収容される軟禁場所。警備は厳重、窓は無く出入口が一つしかないので、入れば最後外に出ることは十中八九叶わないだろう。


 無理やりな動作で立たされる。

 腕を掴んでいたうちの一人が私の前につく。それにより私を拘束する騎士は一人に減った。とはいえ、腕は後ろで組むように交差されずっと拘束されたままだ。

 どうにかして逃げなければ。

 頭の中で幾つも策を展開させる。


 ゴッッッ!


 机の角に頭をぶつけたような鈍い音と共に突如、腕から重みが取れる。

 振り返れば兄の美しい回し蹴りが私の腕を拘束していた騎士の頬にクリーンヒットしていた。流れるようにそのまま自身を拘束する騎士を背負い投げて、ちゃっかりその腰からソードを拝借するのも忘れない。


「走れ!」


 唖然としていた所、兄から怒号が飛ぶ。

 兄の声に反応した私の手が、私と同様驚いた様子で振り返っていた先導の騎士の肩を反射的に掴んだ。


「うぐっ」


 金属が激しくぶつかり合う音がする後ろは振り向かない。

 鳩尾へ膝を振り上げ見事床に沈んだ騎士を跨ぎ、私はそのままホールを飛び出した。


「何をしてる! 捕まえろ!」


 混乱を期した舞踏館の廊下を人を掻き分け全速力で駆け抜けていく。

 エントランスに横付けされた我が家紋が入った馬車と同行していた騎士たちを見つける。


「あれ?? お嬢、お早いですね? まーた、アシェル様置き去りにしたん――」

「オーリ、トーリ、ノーラン! 至急、ホールに向かいなさい! 兄様に加勢するのよ!」


 詳しいことを話す暇は無い。目を見開き見上げる三人に階段を駆け下りながら短く簡潔に命令を下す。

 この国でも有数なうちのひとつの騎士団を保有する我が侯爵家。この騎士たちは、騎士団の中でもトップクラスの実力を誇る。


「「「はっ!」」」


 足の速い彼らの姿はすぐ城の中へ消えていく。

 兄もなかなかの手練ではあるが、会場にいる()全てを一人で相手にするのはいくら何でも厳しいだろう。どうか間に合ってと祈るばかりだ。

 駟馬から体格の良い芦毛を選び、手際よくハーネスを外していく。


「巻き込んでしまって御免なさいね。貴方は兄様か騎士たちが戻るまで、何処かに身を隠していなさい。馬車はダメよ、いいわね?」

「は、ハイっ!」


 状況が読めず涙目のまだ若い御者にそう助言する。

 侯爵家の家紋をつけた馬車で待機なんかしていれば、間違いなくチャールズの手下に殺られるだろう。

 彼は今日が御者デビューだった。初仕事がこんな事になり申し訳ない。


「走ってくれるわね? チョコチップ」


 鞍もないその背中に飛び乗り首を叩けば、機嫌よく返事をしてくれる。

 急がないといけない、そんな嫌な予感がする。

 母とルキウスがいるタウンハウスを目指し、私は馬を走らせた。

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