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17 プリコング。

 回帰前最後の日の記憶として残る大人数収容できるあの舞踏館でファンファーレが鳴り響く。


 国王陛下のお出ましだ。

 ホールを賑わわせていた雑談が止み、みなが王の言葉を待つ。


今年(こんねん)もまた多くの愛し子らが誕生したこと、嬉しく思う。今日この日この瞬間に立ち会えたこと、私は生涯誇りに思うだろう。未来の担い手たちよ、今宵はどうか心ゆくまで楽しんでくれ」


 年に一度しかお目にかかれない聖杯を王が天高く掲げたのを皮切りに拍手と楽団の奏でる柔らかな音色が会場を包み込んだ。


 このパーティーには受領式の選考に外れた貴族子女らも参加している。平民に関しては受領者のみ任意でのパーティ参加が認められているが、貴族の巣窟に飛び込む無謀な民はまぁそうそういない。

 今年も然り、だ。


「閣下! プリマヴェール侯爵様! 此度はおめでとうございます」

「お嬢様が無事に祝福の歳迎えられたこと、自分のことのように嬉しいですわ」

「やはりお嬢様も、《サイレント》したか!」


 パーティが始まると早速周りを取り囲むのは、プリマヴェール派の七歳の子どもをもつ貴族たち。回帰前、あの弾劾の場にいた顔が多数ある。

 父にならい礼を述べるが、彼らに祝われても内心素直に受け取れないのは……仕方がない、と思う。


「これを機に、お嬢様には是非とも我が娘と交流を――」

「それなら! ぜひ、我が家の愚息も――」


 親に無理やり連れて来られた子供らからは不服が見て取れる。

 回帰前の彼等との交流は可もなく不可もなくと言ったところだったが、今回の少年少女らの私への第一印象は悪そうだ。


「この度はおめでとうございます」


 また一組の男女が笑顔を貼り付けて傍へやって来た。

 背の小さな樽っ腹な男性と、背が高く豊満な胸を持つ女性だ。その後ろには、男性によく似た少年がいた。

 彼らの息子だろうか。

 ということは私と同じ七歳か。


「あぁ、君たちもね。お互いに良き日だ」

「有難いお言葉です!」


 父も笑顔で祝いの言葉を返す。


「しかし、水臭いですぞ!」

「何がだ?」

「お嬢様の誕生パーティーですよ。盛大に行われたそうで!」

「そうですわァ。知っていれば、駆けつけましたのに」


 「私たちの仲なのですから!」と、妙に馴れ馴れしいその態度からするにプリマヴェーラ派の貴族だと想像に容易いが果たして居ただろうか? と頭を捻ってしまう。

 誰だろうかと回帰前の記憶を辿る。答えを探して思考を巡らせ始めた時、父の乾いた笑いが鼓膜に届いた。


「面白いことを言うね。招待状もないのにどうやって?」


 暗に、送ってないのだから知らなくて当然だろう? と、伝える父の声色と言ったらない。


「こ、侯爵様……?」


 取り付く島もない様子の父に、二人は見るからに慌て始めた。


「ダカー・ジュラーレ――クリアチネ伯爵。貴殿の新たなる場での活躍、心よりお祈りしているよ」


 私は頭の中で、ポンと拳を叩いた。

 ダカー・ジュラーレか。

 アウトリアンの二重スパイとしてプリマヴェーラの情報を横流ししていた貴族だ。先代はプリマヴェーラの忠実な人材であったが、跡を継いだ現伯爵は目先の報酬に目が眩んでしまった。

 狡賢く卑怯者。

 それが私のクリアチネ伯爵のイメージだ。

 有能揃いのプリマヴェール派の貴族らから告発され、確か派閥から追放処分を受けた人物で――ああ、そうか、今日がその日か。


「お、お待ちを、アルフレド様。貴方様は何か勘ち――」

()()()()()()()


 父があえて爵位名で伯爵を呼ぶのは『私と貴方は名前で呼び合う仲ではない』という警告のため。

 周囲に聞こえるように張る声は、味方敵問わず傍にいる貴族らに釘を刺す意味もあるのだろう。

 同じ轍を踏む事になる、と。


「ど、どうか! 弁明の機会をっ」

「あちらで君のことを待っている者らがいるが?」


 父が目で指し示すのは、アウトリアン家派の者らが集まる輪。そして、その父に腕を絡まして微笑みを絶やさない母からも無言の圧を感じる。

 熱気に溢れるはずの会場一部の温度が数度下がった瞬間だった。

 ふと視線を感じる。

 彼らの息子がこちらを見ていた。しかし、何か言いたげな少年に私が問いかける間もなく、肩を落とした伯爵は妻と息子を連れその場を後にした。


「シ、シツレイ……イタシマス……」



 伯爵を見送った父が私の肩に手を置いて落ち着いた声で話し始める。


「さて、祝いの言葉を貰ったあとだが、ひとつ訂正せねばならない。――この子の祝福についてなんだが、正確には《サイメシア》では無いんだ」


 ここに来て、父がグレーなことを言い始めた。


「え? そうなのですか??」

「では、一体……」

「私たちプリマヴェール家の祝福は “先見” の識と代々決まっていたようなものだったが、此度授かったレティシアの祝福は “前知” の識だった。つまり――」

「つ、つまり?」

「先見の識の上位互換の祝福だ」


 なんだって????

 デジャブな言葉が聞こえた。


「先見の識が《瞬間記憶(サイメシア)》なら、レティシアの祝福である前知の識は《未来予知(プリコング)》だと言えよう」

「なんと!!!!」


 父を見上げれば、それはもう誇らしげにしているではないか。

 一体どういうつもりなのだろうか。


「ほう、それは素晴らしい」


 私が脳内パニックを起こす中、鼻につく口調で話に割ってきたのはアウトリアン侯爵クラーク・アドリアムだった。


「そのお話是非とも詳しく聞きたいところですな?」


 ニヒルな笑みで妻と娘を伴って現れたアウトリアン侯爵に、流れていた和やかな空気が途端に固くなった。

 集まっていたプリマヴェール派の貴族たちが警戒態勢に入り、祝いの場とは言い難い空気を醸し出した。

 一体いつから、こんな風に(アウトリアン家からの一方的なものに近いが)敵対するようになったのだろうか。

 もちろん回帰前はそんなことに興味がなかったので、今世では探りを入れなければ――などと考えてみる。


「アウトリアン侯。此度はご息女の祝福の発現おめでとうございます」


 父は煽りには乗らなかった。

 侯爵の後ろに控えるバネッサへ祝辞を述べる。


「これはこれは、閣下、ご丁寧に。いやはや、これで我がアウトリアンも安泰です」

「それは何よりですね」

「ところで――そちらのお嬢様は代々授かっていた《サイメシア》ではなかったようで?」


 わざわざ聞き直す理由はなんだのだろう。

 わかりやすい悪意を含んだ嘲笑と共に、侯爵は耳に入っていたであろう話を掘り返す。


「ええ、そのようです。聖壇の間にいらしたアウトリアン侯はご存知であろう通り、どうやら『前知の識』だそうで。――ああ、そうだ。《サイメシア》は通称名です。祝福を正しくは『先見の識』なので、お間違いなきよう」

「……それは失礼しましたな」


 おっと、思わぬカウンターが入った。

 それもつかの間、すぐに持ち直した侯爵はなおも続ける。


「しかし、目に見える祝福は時に困ったもので。発現してから我が娘は力の制御が上手くいかず困ったものです。実はここだけの話、祝福を授かる前から透視の兆しがありましてな」


 隠そうともしない得意満面な微笑で、私を見た。


「兄君のアシェル卿はパーティで『先見の識』を披露したとか――」


 兄のアシェルをも引き合いに出すとはなかなか卑劣。

 ここで話せば長くなるので割愛するが、アシェルはそうせざる得ない状況だったから発動させた迄で、 “披露” した訳では無い。


「ご令嬢は何か兆候が有りましたかな?」


 其方はまだ名ばかりで祝福を発現できていないだろう? と考えている事が見え見えな態度だ。何がなんでも、アウトリアン>プリマヴェールの図を作りたいのだろう。

 目に見える祝福を授かっているアウトリアンと違い、プリマヴェールは内面に作用する祝福だ。他者には分かりにくい。

 まぁもちろん、私の前知の識なんていう祝福は嘘八百なのだが、父は一体どう返すのか。


「その質問に答えるとしたら、答えは『もちろん』ですね」


 えっ??

 詰まることなく言い放つ父に心の内で動揺する。


「エッそんなまさ……ゔンン。いえ、そ、そうですか」


 私の心の声と、侯爵の声が被った。

 というか、侯爵。取り繕うには遅いぐらいほぼ言ったぞ?


「えぇ。と言うのも先日、レティシアの予見が見事当たりましてね」


 ほう?????

 全く身に覚えがないのだが、何の話だ。

 当事者が置いてけぼりな事態ってあまりないと思う。

 しかしそれを顔に出すわけにもいかないので、私の表情筋よ、頼む頑張れ。


「因みに、その詳細とは……?」


 興味津々の侯爵は前のめりだ。

 ついでにプリマヴェールの取り巻き諸君も。


「娘が視た人物が、領地にある我が屋敷を訪れたのです。特徴は漏なく全て一致していましたね」


 ――おいおい。

 父の話す内容と合致する記憶と言えば、ルキウスの珍騒動しかない。

 そういえば、祖父の帰宅初日の夕食の席でそんな話をしたような。

 上位互換がどうのこうの……って。

 え、あれを本当に押し通したのか??


「何はともあれ、同齢の幼い娘を持つ親同士どうぞ宜しくお願い致します」

「――そうですね。我々には次世代の手本となる義務がある」


 父が差し出した手を侯爵が握り返す。

 手を取り合う両侯爵の表情からは感情は読み取れなかった。

 要所要所で隙を見せないのは、さすが貴族家のトップといった所か。ただ両者の手に青筋が立っているのを、私は見逃さなかった。


「では、本題に。さぁ、バネッサ。ご挨拶しなさい」


 え、マウントを取りに来たことが本題じゃなかったのか。


 侯爵に背中を押されて一歩前へ出た少女が、その歳にしては上々のカーテシーを披露する。


「アウトリアンこうしゃくがむすめ、バネッサ・アドリアムですわ」


 回帰前同様の自信に満ち溢れたバネッサの姿は、記憶の中の彼女と(たが)わず輝いていた。

《プリコング》はプリコグ(造語)をもじった作者独自の造語です。

どうしても5文字にしたかったのです……。

悪しからずご了承くださいませ。

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