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16 前知の識。

 月桂冠受領式の日取りが通達されてからの一ヶ月は怱々と過ぎて行った。


「とーーーーーーっても! 美しいです!」

「まるで、御伽のニンフのようです!」


 迎えた月桂冠受領式当日。


「「もはや小さな女神!!!!!」」


 興奮気味にハモるのはもちろんリアとミアだ。


「こう、くるりと一回転してもらっても!?」


 テンションが高い侍女二人に感化されたメイドから要望が飛ぶ。場合によっては、不敬と受け取られかねない言葉回しではあるが、プリマヴェールの人間でそんな事に腹を立てる偏狭な心を持つ者はいない。


「どう?」


 くるりと回れば黄色い歓声が上がり、化粧道具その他諸々の片付けに取り掛かっていたメイドたちは作業を中断して話に花を咲かせる。


「私、今死んでも悔いはないわ……」

「ちょっとまだ生きるのよ!」

「そうよ! 勿体ない!」

「私たちはこれから一段とお美しくご成長なさるお嬢様をお傍で見届けることが出来る特権を持っているのよ!」


 月桂冠受領式にはドレスコードとして『白、金』と色の指定がされている。

 姿見に映るシルクサテン生地の純白のドレスは肩部分がドロップにカットアウトされたデザインが特徴的だ。首元から鎖骨にかけてバラを主軸に意匠を凝らせたレースがあしらわれ、ありとあらゆる裾の部分には金蔦の細工が光輝く。

 祝福の儀での装いを森に住まう妖精に例えるならば、今回のスタイルは彼女らが表すように神に遣える精霊 “ニンフ” と言った所か。


「すてきだわ、みんなの力あってこそね」


 髪に関しては、後に王から月桂冠が贈呈されることを踏まえて敢えて重力に逆らわず自然な状態。

 一ヶ月もの間、念入りにケアされまくった髪はつやんつやんのふわんふわんな最高のコンディションとなっている。


「ありがとうございますぅぅぅぅぅ!!」


 目を輝かせた一同から歓呼の声が上がる。


「リア。そのかわのふくろ、とってくれる?」

「こちらですね。あの失礼ですが、中には何が?」


 最後の仕上げとしてリアに取ってもらったのは、あの夜の日にルキウスから受け取った革袋。


「私もまだ知らないのよ。ルキウスがくれたのだけど――あ、お父さまにはナイショよ」

「かしこまりました」


 藁の紐が通された革袋は中身を確かめることなく今日まで首に下げられていたため、実はまだ日の目を見ていない。

 彼は肌身離さず()()()()()と言っていたので、中身はアクセサリーの類だという予想だ。


「いつの間に!」

「小さな騎士からとうとう贈り物ですか!!!」


 侍女二人の言葉に続いて、本日二度目の若い娘らの黄色い声が部屋に響く。


 革袋には立方体にカットされた小ぶりの光り輝くペンダントトップが付いたネックレスが入っていた。

 立方体の一角に六枚の葉を模した細工付きのヒートンが差され、銀のスネークチェーンに繋げられている――という仕様のようだ。


「ネックレスですね」

「石? ですかね。かなり磨いた」

「石って……ミア、宝石って言いなさいよ」


 革袋から私の掌に移されたそれを次女二人がまじまじと見つめる。


「まだ分からないわよ。ただの石かも」

「ルキウスくんよ? レティシア様のプレゼントで妥協はしないでしょ」

「街に繰り出す時間もないあの子がどうやって宝石なんか手に入れるのよー」

「それはそうだけど」


 首を捻る周りを余所に私はネックレスの表面に目を凝らした。どの面にも精密な幾何学模様が彫り込まれてる。

 そして、中でも一番気になったのはペンダントトップの色。


「くろい……」

「黒ですね」

「真っ黒ですね」


 ルキウスがくれたそれは漆黒だった。

 つけていくつもりだったが、今回の装いに黒のアクセは些か浮く……ような気もする。

 否、浮くか。

 白に金だし。


「それにしても、並々ならぬ想いを感じますね。コレ」

「これぞ(まさ)しく、独占欲全開」


 やっぱりそういうことなのか?

 取り敢えず、姿見の前に立って首元にそれをあててみる。


「レティシア様」


 呼ばれたので振り返れば、リアとミアがダメだこりゃとでも言うように首を横に震る。


「やっぱりダメ?」

「浮きますね」

「堕天使になっちゃいますね」


 斜め上のミアの回答はさて置き。


「――あ、いいこと思いついた」

「レティシア様!?」

「わぁ、豪快っ」


 私の突如なる奇行に侍女からは悲鳴が上がる。

 が、主人の意思を汲み取り精一杯応えてくれる彼女たちに仕えてもらっている私はとても幸せものだと思う。



ーーーーーーー



 受領式の舞台となるのは、祝福の儀式を行った地下が存在するあの神殿。


「辛くなったら直ぐに父様に言うんだよ」

「はい、お父さま」


 父の表情はここにいる誰よりも険しかった。

 仕方あるまい。神殿での直近の記憶があまりというかかなり良くないため、父の警戒度は最骨頂に達している。


 此度通されたのは地下の祈りの間ではなく、地上にある聖壇の間。開放感のある広いホールの穹窿天井は国民なら誰でも知っている建国への軌跡を描いた天井画で埋め尽くされており、圧巻の景色だ。


「レティシア。名を呼ばれたら、聖壇前中央に行くんだよ」


 式の開始を待っていると少し腰を屈めた父にそう耳打ちされる。


「聖壇の前に今年の受領者が集まったら、大神官からそれぞれの祝福が公表される。その後、王から月桂冠を頂戴する」


 父の視線の先は、光が最小限に制限された神殿内の一際輝きを放つ場所だ。光を一身に受ける聖壇の神々しい様は、この世のものとは思えないほど美しい。

 その神秘的な空間を実現させた天窓は、聖壇へ太陽の光が降り注ぐように緻密な計算により設計されていた。


「――いいね?」

「はい、お父さま」

「よし」


 聖壇奥に繋がる通路から衣擦れの音が、静まり返ったその場所で一際大きく木霊する。

 通常礼装とは違い、軽装だが荘厳(そうごん)な装いで現れた国王が壇上へ登った。

 それを合図に一斉に頭を垂れる。


「大地の女神ガルテアより新たに恩恵を受けし子らに告ぐ。――前へ」


 凛と響く王の声。

 王の呼び掛けに御年の受領者たちが聖壇の前へ歩みでる。


「行っておいで」


 祝福がない私は王のその言葉に相応しいとは言い難い。

 父は余裕の表情で私の背中を押すが、父と祖父による『受領式の為の策』について詳細を知らさせれいない身としては不安しかない。

 きっと大丈夫――と悲観的思考を強制的に隅へ追いやる。


「大丈夫」


 自分にそう言い聞かせる。

 回帰前は参加しなかった受領式に足が竦む思いだった。

 死に戻ってから道筋はある程度同じでも初めての事ばかりだ。


 無情にも聖壇前までの距離は短く、跳ねる心臓が煩い。


「此方に――」


 神官の指示に従い、今宵の月桂冠受領者が整列し膝を着き胸の前で手を組み合わせる。

 月桂冠受領者は貴族二十席、平民五席の毎年あわせて二十五席設けられる。選出基準は公表されていない。

 “女神の使徒である神官らが公正な審査の元選んでいる” との事だ。


 そして、プリマヴェール、エスターティア、アウトリアン、イルヴェントの子女に関しては、祝福の歳を迎えると強制参加待ったナシ。

 建国当初から王の傍で仕えてきた四柱の家門が、国の要である一族が繋ぐ祝福を無事に授かったことを広く周知させる場として、受領式ほど適当な場所はないだろう。

 これまた()()()()


 貴族のトップとしての責務とも捉えることができるイベントだが、回帰前その例外に私が当てはまったのは一重に王の私への計らいだった。

 参加しなかった理由は――もう何度と言わなくともわかるだろう。右に倣えである。


 話を戻そう。今年に関してはプリマヴェール侯爵家から一人、アウトリアン侯爵家から一人と祝福の歳を迎えた。よって、実質用意された貴族席は十八ということになる。


「レイシー・カーター、此方へ。汝、植物の――」


 選出された貴族二十名は後に王立アカデミーの入学可能年齢(十歳)になった際、特別階級が用意されるとか。

 詳細は知らない。なんせ、回帰前はアカデミーには通っていなかったから。


 続いて平民五名に関して。

 彼らには王立アカデミーで特待生として早期入学及び学生生活にかかる費用の全額支援が保証されるという特典付きだが、毎年ウン十万な出生数を踏まえると分かるようになかなかの狭き門だ。


「バネッサ・アドリアム」


 例年の受領者から鑑みるに特殊系または、超越型自然系の祝福保持者がこの場に招待をうける傾向にあると思う。現にこの場にいる子どもは皆、レア度高めな祝福か桁違いの力の保有、という共通点を見つけることができる。


 ――私以外。

 その私が月桂冠を貰う順番が最後なのは何かの嫌がらせなのか。


「はいっ」


 バネッサの返事と共に、光の蝶が彼女の傍に現れた。周りを優雅に飛ぶ蝶の光の鱗粉は星屑のように輝いている。そしてそれは、明かりと言えるものが聖壇を差す太陽しかない薄暗いこの場ではより一層映えた。


「わわっ! まだうまくせいぎょ出来なくて……」

「祝福の力が膨大な場合、発現して日が浅い内は制御が容易でない者も多いのです。焦らずとも大丈夫ですよ」

「初代アウトリアン侯爵の祝福に匹敵する力を備えているかもしれぬな」

「おことば、うれしく思います! こくおうへいか」


 どうやら、バネッサは歴代で見てもトップクラスの力を持っていたらしい。回帰前の人生で知らなかった情報が飛び込んでくる。どれだけ他人に興味なかったんだ私。


「汝、千里を見通す祝福を授かりし者」


 分かってはいたことだが、バネッサは回帰前と同様にアウトリアン侯爵家の天眼(クレアボイアント)を発現したようだ。

 『千里を見通す祝福』という大神官の言葉通り、その祝福は生物を模した光を操り遠く離れた場所の情報を視ることが出来る。

 バネッサの場合は、それが蝶だった。


 そういえば、突きつけられた父の行動報告書にはアウトリアン侯爵家の印が押してあった。

 《クレアボイアント》を持つアウトリアン家の印となれば、信用度は一気に上がると言ったところか。


「祝福に驕らず、自身の糧になるよう研鑽を積みなさい」


 他受領者の時同様に祝辞で王が締めくくると、運ばれてきた月桂冠に大神官が祝詞をかける。

 祝詞の言葉は耳を欹てても意味の理解できない音のオンパレード。


「レティシア・リマヴェーラ、此方へ」

「――はい」


 前へ歩み出て王と対峙する。

 気持ちは孤軍奮闘の戦士だ。


「汝、『()()の識』の祝福を授かりし者――」



 ――ん?


「祝福に驕らず、自身の糧になるよう研鑽を積みなさい」



 んん?


 理解が追いつかぬうちに、頭に月桂冠が乗せられ元の位置に下がる。


「女神の祝福を受けし愛し子らよ。君たちのこれからに期待しているぞ」


 王の言葉に聖壇の間は拍手喝采に包まれて、式典は無事終了した。


 してしまった。


 そして、理解が追いつかぬまま、私は両親と共に式典後に開催される祝賀パーティーへ足を運ぶことになった。



 え?


 うん?



 なんか祝福授かっちゃってる……???

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