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13 護衛騎士の計らい。

「うーーーーん?」


 祖父との夕食会が無事に(?)終わり時刻は午後九時を過ぎた頃、もう空には星が輝いている。

 湯浴みを済ませた私は姿見に映る自分と睨めっこをしていた。

 というのも――。


「……まほう、えん?」


 なんと、私の利き手の手首に見覚えのない七芒星が浮き上がっていた。

 しかし不思議なことに、直接自分の腕を直接見ても何も無いのだ。鏡越しでのみ確認できる。

 しきりにそこをさする私の視線を追いかけて侍女二人がまじまじとそこを見つめるが、返ってきた言葉は困惑の色を含んでいた。


「どうされたのですかレティシア様」

「手の付け根に違和感でも?」

「大変っ! 痛みますか!? ろ、ロニー先生をっ」

「あ、ちがうのよ。なんでもないわ」


 私の言動に勘違いをした侍女を窘めて何事も無かったかのように寝支度に戻る。

 どうやら、私にか見えていないものらしい。


「レティシア様。どうぞこちらに」


 ホカホカの身体が冷めないうちに勧められたシェーズロングに仰向けで寝転び、メイドらの手によって解されていく。


「うん……あ~、しあわせぇ」


 閉じた目の上に温められた布を被せられ返事がままならない私に、側仕えたちのクスクスと小さな笑い声が部屋に広がる。


 ――あれは……砂時計だろうか。


 円で囲まれた七芒星の中心に描かれていたのは、そう砂時計を模したような記号。

 私以外識別できない以上、凝視していたら本当にロニー先生を呼ばれてしまうので、人払い後にもう一度確認しなければ。


「すなどけい……」


 今回の回帰に関係が有りそうなそれについて考えたいのに……。

 だぁめだ。

 思考が分散していく。

 アイマスクに、身体の隅々に感じる程よい指圧に、抗えるはずもなかった。

 もういいや。後でだ。後で。

 後で考えよう……。


「お嬢様すごすぎません!? この歳で肩ガチガチとかっ」

「しぃーッ! レティ様はお疲れなのよ。声は落としなさい」


 私はリアのメイドへのお小言を子守唄に微睡んだ。


◇◇◇◇◇


「では、レティシア様。なにか御用がありましたら、そちらのベルをお鳴らしください」


 暫く夢現に過ごしていた私に、そっとミアの声が届く。


「ふぁっ!? あぁ…………えっと、ありがとう」


 いけない、いけない。落ちかけてた。

 いや、もはや寝てたかも。

 いつの間にかマッサージは終了しており、ナイトドレスに身を包んでいた私は整えられたベッドに移動済みだった。

 傍にノーランも控えていたので、きっと彼が運んでくれたのだろう。

 寝ぼけ眼でサイドテーブルに置かれた小ぶりのハンドベルを確認する。


「今日もありがとう。みんな、おやすみ。ミア、リア、ノーランも」

「「おやすみなさいませ」」


 今日も完璧に侍女の務めを遂行した二人がメイドらを引き連れて退出するのを見送り終えた私は、ぬくぬくとベッドへ沈み込む。


「……ねぇノーラン、あなたももう下がっていいのよ?」


 いつもなら侍女と共に下がるはずの護衛騎士に声を掛ける。

 今日はもう寝るだけなので、午後からずっと護衛役として傍にいた彼の業務は終了。

 ここからは夜番の者らの活動時間だ。

 それなのに、私の護衛騎士は一向にベッド脇から動こうとしない。


「お嬢。見に行きます?」

「なにを?」


 ノーランはわざわざ一度廊下に顔を覗かせて誰もいないことを確認した後、再び傍に戻ってくると懐から出した懐中時計を見る。


「時間的に、まだ “してる” はずなんですよ」

「えっ」


 彼の言う “してる” が何を指すかはすぐにわかった。

 ノーランは、いま現在進行形で鍛錬中であろうルキウスに私を会わせるつもりらしい。


「会いに行けるの!?」

「内緒ですよ?」


 食い気味に聞き返すと彼は口元に指をあててニシシと笑う。


「ルキウスのやつ、団長のあの鬼メニューを弱音も吐かずにこなしてるんですけど、日に日に覇気が無くなって行くのが流石に憐れで」


 あの衝撃の邂逅の時、私の勢いに押されて折れた父だったが、すぐさま彼に私への接近禁止命令を出した。わがままを言った自覚がある手前、これ以上は無茶は出来ない。よって、私からもルキウスに会いに行けずにいた。


「根性あるんですよ、アイツ。めげないし、人当たりは……今もまぁ良いとは言えないけど、元々侵入者だったってのに『ガッツがある』って騎士団の皆だってめっちゃ気に入ってて! だからここは兄貴分の俺が一肌脱いで、姫を連れてくってワケですよ」


 ノーランは胸を張って言うが、父にバレたら彼は間違いなく私の護衛から解任、そして降格、減給どころか屋敷を否――プリマヴェーラ領を追い出されかねないだろう。

 最悪の場合――。


「うちくび……」

「さァ! 行くぞ、お嬢! 俺について来てください。いい抜け道知ってるんで!」


 私の独り言はどうやら聞こえていなかったのか聞こえぬフリか、案内役のノーランはわたし本人以上の高揚が見て取れる。

 目指すは演出場が見渡せる三階の屋上通路。普通に向かうと、道程で使用人や夜番の騎士に出会すのだが、ノーランはその抜け道を知っていた。

 ショールを羽織り彼の後をついて行く。


「どうやって向かうの?」

「えっとね~」


 壁と同化したと言ってもいい程にかなり年季の入った扉を開くと今は物置と化したのだろうか小さなスペースがあり、そのまた奥にひっそりとそれはあった。


「目がまわりそうね」

「あはは! まぁ、細いし結構上まで続いてるからね。俺とトーリ兄さんしか知らないんですよ。団長やカイオンさんに追いかけ回された時に見つけてね。そん時からホコリ被ってたし、物置としても使われてたのさえ一昔前ってカンジで。多分忘れ去られてるんじゃないですかね?」

「いや、おいかけ回されるって、なにしたのよ……」


 そういう訳で、彼はこの屋敷に住む血族の私よりもここを知り尽くしている節がある。

 ノーランは腰に下げていた私の手の平程の小さなにランタンに向かって小さく詠唱する。すると、橙の暖かい色がランタン中央に灯り、その小ささに似合わない程の明かりを放った。

 照らされた螺旋階段はどうやら木で出来ているらしかった。


「お嬢、足元に気をつけて」

「うん――って、なに?」

「抱っこする?」

「じぶんでのぼれるわよ」

「残念……うわ、こんなん捨てりゃいいのに! お嬢、見てよコレ! さびっサビの甲冑ですよ!」


 はしゃぐ護衛とそんな他愛の無い話をしながらこれまた年季の入った螺旋階段を上っていく。


「でね、聞いてくださいよ。お嬢。なーんか、俺嫌われてるっぽくて」

「ルキウスに?」

「そうそう……ねぇ、なんででしょう?」


 ルキウスの身元を引き受けた騎士団の中でも、ノーランのルキウスの気に入り方がずば抜けてるとは、彼の義兄であるトーリの証言。

 カイオンに拾われるまで孤児だった彼は、ルキウスの境遇に思うところがあるのかもしれない。


「かまいすぎなのじゃない?」

「えぇ……そうなんですかね。あ、でも、仲良くなれるかなぁってあだ名つけましたよ。【ルーク】って」

「じゃあ、それじゃない? 知らないけど」

「雑いっっ! めっちゃ、ざつ! ちょっと、お嬢! 見捨てないでッ! もうちょい一緒に考えてほしいですっ」

「ねぇ、ノーラン。いきどまりよ?」


 ()な泣き真似をするノーランを無視して階段を登りきったは良いが、到達した螺旋階段の大尾には扉がなく煉瓦の壁が立ちはだかっていた。


「……これ、出られるの?」

「もちもち!」


 疑いの目で彼に視線をやると、ストンと私の目線と同じ高さまで膝を折り落ちてきた。


「ここだけね、扉みたくなってんの」

「……あ、ほんとだ」


 近づけられたランタンで浮き上がったのは、長方の型に珪砂が取り除かれている煉瓦。サイズとしては、十六歳の少し小柄なノーランがギリギリ通れるほどと言えるだろうか。


「先に俺が出るからね」

「分かったわ」


 ランタンを横に置き、床に臀を着く。

 両手を後ろで突っぱる形で足は “扉” へセットする。


「ふんっ! んんっ!? よいっ――しょっと!」


 ガコンっと言う音に続き、空いたすき間から埃っぽいこちら側に風が流れ込む。

 ノーランは彼が外に顔を出す。


「はーっ! 新鮮な空気っ」

「ねぇ、私も出たいわ」

「あはは! ゴメンって」


 先に出たノーランが差し出した手を取り外へ出る。


「ほらここからだとよく見えるでしょう?」


 ようやく屋上通路に到達した私は少しキツめの風に靡く髪を押さえながら、石畳の塀から演習場を覗き込んだ。


「…………」

「お嬢?」


 そこには、恋焦がれたルキウスの姿があった。

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