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10 何と無い一日の陰。

「レティシア様の差し入れを見てぽわぽわ周りにお花が!」

「そうそう! いつもは崩れない表情がふにゃっとなって、周りにお花が飛び散るのなんの!」

「レティシア様に関わることだけ顔が変わるのがやっぱり推せますねぇ」

「今日の事だって、目撃したメイド達の中で鼻血を吹いて倒れた者がいるぐらいですよ!」

「え、それ大丈夫だったの?」


 鼻息荒く捲し立てる二人は私の問いに気が付かない。


「立ち塞がる魔王に屈しず、果敢にも前へ進む姿は騎士の中の騎士!」

「そして、最後にはお姫様と幸せのゴールイン!!」

「まさに!」

「そう!」

「「恋愛小説の体言化!!!」」

「わ、わぁ……」


 それで行くと、魔王は父かな?


「ふたりとも、しょうせつのよみすぎよ……」

「巷では、今こういうお話が流行りですよ!」

「そ、そうなの」


 ルキウスとの衝撃の再会からはやニ週間。

 彼との接近禁止命令を出されてしまった私は、午前中に設けられた絵画の時間にミアとリアにルキウスの活動報告を受けるのが日課になっていた。加え、すれ違うメイドから騎士から頼まなくとも話が入る。


「ステキ過ぎますよ! だって、日刊紙に載っていたレティシア様に一目惚れして、侯爵様に直談判したとか」

「そして身分もない浮浪児で本当なら一蹴りされる所を、執事に必要な教養も護衛として必須な強さまでも兼ね備えちゃってたとか!」


 物語みたい! と、きゃっきゃっうふふを繰り広げる侍女二人の会話に当事者である私は押され気味だ。

 彼女たちが話している騒動については、父の判断で箝口令が敷かれた。その結果、あの日発行されていた新聞記事を見たルキウスが父に突撃訪問したことに筋書きが替えられた。


「ねぇ、トーリ。あの子の身辺調査ではやっぱり何も分からなかったの?」

「あー……うん。一切出てこないね」

「間があったわね、ミア」

「間があったわ、リア」

「「怪しい」」

「ちょ、そんな目で見るな! 孤児院の子供の記録なら兎も角、浮浪児の情報は集めるのが大変なんだぞ?」

「でも、あの作法のレベルの高さはおかしいでしょ! 私たち専属侍女よりもカンペキよ!?」

「あなたより強いしね?」

「いや、手合わせしてないからわかんねーぞ」

「でもしたら負けるでしょ?」

「でしょうね」

「リアもミアも、なんでそんな俺に当たりが強いんだよ……」


 私の護衛騎士を任される程なので、トーリが間違いなく騎士団でも有数の実力者なのは確かだ。しかし、侍女二人の言う通りルキウスがトーリより強いのもまた確かだと思う。

 あの日の屍の数とアーロン団長自らが対応しているのを見てしまった身として否定ができない。


「レティシア様、アイツ凄いですよ! 体術とか剣術とかどこで習ったのか強すぎて、相手出来るのアーロン団長か親父しかできねぇもん」

「やっぱりルキウスくんの方が強いじゃない」

「ほんとにね」

「まだ分かんねーぞ!!」

「「まだ」」

「うわぁぁぁあ!」


 今世のルキウスは出会って早々から豪傑な訳だが、回帰前ではそうでなかった。

 その事に、どうしても引っ掛かりを覚える。

 前世の彼の強さが騎士団に揉まれる中、必死の努力の末に身についたものだと私は知っている。だから、アーロンと互角の強さと言われている今世の彼には違和感を拭えない。


「……やっぱり人生二週目?」


 なのだろうか。

 しかし、ルキウスは私に「初めまして」と言った。

 でも、彼が “私に一周目の記憶が無い” と思っていたら?


 直球で「貴方は人生二回目?」と聞くか?

 下手すれば、私は頭がおかしい幼女に昇格だ。


「――それはちょっと困るな……」


 ルキウスならそんな私でも引かなさそうではあるが。


「そういやさ。あいつに関して、俺の警戒心が働かねーんだよな」

「あ、分かる。なんでかしらね?」

「私は分かるわよ。一番の理由はやっぱりあれでしょ!」


 答えが出ない問題に一人頭を捻っている間に、侍女二人と護衛とでルキウスの話の盛り上がりは最骨頂に達している。

 ルキウスが明らかに尋常ではない訳アリさを抱えているにも関わらず、歓迎ムードなその理由は――。


「あっ、そうね!」

「えぇ! 何より!」

「「可愛い!!!!」」


 それだけ? と思うだろう。

 そう、それだけなのだ。

 だがこれが、なかなか有効なのだ。

 容姿が良いって何かと得なことが多い。


「あ〜。まぁ確かに。同じ男か、俺疑ったもん」


 あの日泥まみれだったルキウスは処遇が決まるや否やメイド達により身綺麗にされることとなったのだが――。

 伸び放題だった髪を整えて、見習騎士の制服に身を包んだ姿が発狂するほどの可愛さだった。

 ――とは、屋敷で働くメイドたちの言葉。

 その後身元を引き渡された騎士寮でも、どよめきが起きたとか。

 侯爵家の跡継ぎである兄アシェルの顔を見慣れている彼等が言うのだから相当だ。

 私は泥だらけのルキウスしか見ていないから、彼らの報告で想像するしかない。

 回帰前、十五歳のルキウスは子供と大人の狭間を彷徨っているような容姿をしていた。十二歳の今回は、まさに子供! な顔立ちだろう。

 ――私も見たい。


 あの日から一週間を過ぎた辺りから、 “みんなの” 可愛い少年に対して頑なな父に使用人一同よりブーイングが出始めているらしい。

 このままではボイコットでも起こらんとする勢いだ。


「レティシア様、失礼致します。ルイーズ様がお越しになられました」

「あら、もうそんなじかんなの?」


 止まらない話に終止符が打たれたのは、それから数時間後。

 時刻はすっかり午後を回り、授業が始まる十分前だった。

 屋敷が広いから十分あっても教室まではギリギリだ。


「たいへん!」


 スケッチブックから一枚引っペがし彼らに渡す。


「はい、これ。あなたたちをかいたからあげるわ」

「「「!」」」

「「私の!」」

「俺も欲しい!」

「なかよくねー」


 三人別で描いた方が良かったかも。

 絵の争奪戦を始めた三人の横を抜け、待機していたノーランと共に呼びに来た侍女長に着いていく。


「ねぇ、お嬢。オレのは?」


 上半身を折り曲げて横からお伺いをかけるノーランに微笑ましくなる。


「またこんどね」

「やった」


 私の回答に彼は小さくガッツポーズした。


「では、今日もご無理はなさらないよう」

「頑張れよ~」


 侍女長はガヴァネスが待つ部屋の前で行儀よく一礼した。彼らは、ルイーズの要望で指導中この部屋には入れないのだ。

 私はノーランが開けてくれた扉を潜り、深呼吸をしてから窓の外を見る女性にカーテシーをした。


「ルイーズ先生。本日もよろ――」

「遅かったですわね」

「もうしわけございません」


 深深と頭を下げて、五秒待つ。


「リマヴェーラ公爵家の令嬢としての教養やマナーはもちろん、語学、絵画、音楽――一秒たりとも無駄には出来ないのです。なのに遅刻とは、先生は失望しましたわ」


 時計の針が指すのは午後二時零分。授業開始時刻ピッタリ。本来なら五分前に着席が理想だが、今回だって遅刻はしていない。と、思わなくもないが当のガヴァネスは不機嫌なので、無駄な反論は控えて謝るに限る。


「そこにお座りになって」


 彼女の名前はルイーズ・ファルメリア。

 リアパウンド伯爵家ご令嬢で両親同様王立アカデミー出身。母とは同級生だったか。

 紺色の直毛と猫のような鋭さがある同色の目、首元までしっかりボタンが閉じられたドレスでは隠しきれない豊満な身体。

 どうしたら、あそこまで胸が大きくなるのだろう。ちょっと羨ましい。

 回帰前の私は残念ながら、見下ろせば自分の臍が見えるほどストンとしていた。どこがとは言わない。

 今回の人生は牛乳を沢山飲もうか。

 いや、牛乳の効果は背丈に出るのだったか?


「そういえば、先日は祝福の儀式でしたね? 結果はいかがでした?」


 アカデミー卒業後は王宮女官で下級から上級まで最低十年はかかる所をものの三年で登り詰めたという経歴を持つ。

 両親と時を同じくしてアカデミーに通っていたという事もあり、今は縁あって私のガヴァネスを務めている。両親の前ではまさに淑女のお手本のような彼女だが、回帰前には私を翻弄した言葉を放った彼女だ。いかんせん私の前では態度が悪い。


「ごじつもうけられる、げっけいかんじゅりょうしきてんで、はっぴょうがありますので、おまち――」

「まぁ勿論? サイメシアかとは、思いますけど。あら、どうされました? 淑女たるもの、そんな表情はよろしくなくてよ? あっ、もしやエストレア様同様……ねぇ?」

「おっしゃりたいことのいとが読めませんが。先生」

「んふふ。いえいえ、お気になさらないで。幼い貴女が気にすることではありませんわ」


 今だからこそ気付く彼女の棘。祝福を持たない母への不遜な言葉に思わず眉間にシワが寄った。人の話を遮るなんて、そっちこそ淑女としてどうなんだ。


「先生は寛大ですから見逃して差し上げますが、その傲岸な態度は社交界では隠すことをお勧めしますわ。これからは、侯爵家()いてはアル様に恥をかかせぬような淑女のマナーを身につけていきましょうね」

「――ごしどうのほど、よろしくおねがいいまします」

「良いでしょう。さて、前回からかなり経っていますから、復習から始めましょうか」

「はい。先生」


 回帰前から少しずつ蓄積されていた釈然としないモヤモヤが晴れるのは、まだ少し先の話。

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