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最終話 みんな幸せ

 ガシャルの根の噴出は永久凍土に亀裂を入れて、氷の岩はゴロンゴロンと転がりさらに亀裂を深くする。暗転した空では月も星もグルグルチカチカ混乱を極め、調整することを諦めた大気は時空の裂け目に成す術もない。

「イリュージャ!『なんにもナイ』を喚ぶなよ!」

 イリュージャを脇に抱えて窪みに逃げたロレッツァは、フューラの力を目の当たりにして舌を打った。

「今さら喚んでも間に合わないよ」

「えっ!?そうなの」

 アテにしていたことを疑わせる慌てっぷりだ。


 フューラの絶望は慟哭となり、世界は終末の悲鳴をあげている。

「こりゃマズイ。世界の半分を持っていくつもりだよ」

「そうすることで銀はさらに恨まれ、排除が加速するとフューラにはわからないのか」

「怯えてるの。フューラは北の言葉でガシャルの空洞を指す。ここはフューラの全てでもう後はないんだもの」

 真摯な眼差しでロレッツァを見つめ、どうかわかってと願った。


「こんなものが寄る辺だと?子供は外で元気よく遊ぶもんだぞ。北半分がダメになったら南の島に行くのはどうだ」

「うーん惜しい」

 ダメを前提にするなと腕に噛みつけば、イデデと痛がりそれもそうだと反省した。

「イリュージャ、しばらくフューラを止められるか?」

「任せてっ」

 未来は選択できなくても、私のために選択してくれる人がいる。それがロレッツァなら阿吽の呼吸で、窪みから飛び出すと額に力を集めた。


「『ガシャルの欠片は集い、銀のフューラと銀のイデアの路となる』」

 銀にとってガシャルが残酷な道具でも、必要とされて成り立ち、衰退もまた必要な過程だ。

「愛する我が子の解釈を人に嵌めれば残酷だけど、銀の仔が幸せのために生粋の銀であろうとするなら、ガシャルはそれを叶えようとする理解者よ」

 見る方向が違えば解釈は幾多もあり、ガシャルが拵えた橋は戻った我が子を歓迎して花が咲き誇った。


「黄色、ロレッツァをフューラのところに送ってあげて」

 目を細めてガシャルの橋を見ていた黄色は八放珊瑚の角を伸ばし、ロレッツァは地剣を放り出すと珊瑚を跳ねていき、震えて蹲るフューラを躊躇なく抱きしめた。

「フューラ、掴まえた」

「・・フューラは魔物に堕ちて殺し合う」

 体は虚脱して、瞳から光が消えている。


「違うぞ」

 ロレッツァはイリュージャにするように、両手で頬を温めて笑った。

「きれいな色だなあ」

 そう言って銀の髪と瞳にキスをする。

「偉いぞフューラ。護りを持たずよく生きた。もう安心だ、今日から俺がフューラの『ふたつ』だからな」

 フューラは驚いて、その瞳に光が宿った。


「イデアの『ふたつ』だ」

「それとフューラの『ふたつ』でもある。これは凄く嬉しいな」

 フューラの緊張が弛んで、氷に閉ざされた世界に日差しが注ぐ。

 それは守ってくれる大きな手で、フューラ愛してるよと呼ぶ声に耳を澄ませ、はじめて安堵の温もりを知った。


  ▽


 北の大国ノルムのずっと北の果て、禁忌の森から炸裂した地鳴りは、すでに倒壊寸前だった城に壊滅的なダメージをもたらした。

 ノルムの地盤は固く地震とは無縁の土地だが、地面ばかりか空は赤黒く、終末のような有り様にノルム王は舌を鳴らす。

「チビめ、今度こそ修繕費をむしり取ってやる!」

 禁忌の森からやって来る空砲が城のガラスもレンガも粉々にして、人智を越えた力に慄く人はパニックを起こし、統率どころの騒ぎではない。


 再びの空砲がつむじ風を起こし、ヤケッパチな王の決意を笑う声がした。

「おチビちゃんからの伝言よ、『ボロいお城をもっとボロにしてごめんなさい』」

 振り向くノルム王に微笑むのは銀色の髪と瞳で、しかしその体は骨と皮ほど痩せた銀の魔女、王が愛したただひとりの女性だった。

「戻る路がわからず途方に暮れていたら、おチビちゃんがこの指輪が道標になるって」


 イリュージャに渡した指輪に頬を寄せた銀の魔女に、体が勝手に動いて強く抱きしめ、こみ上げる想いに肩を震わせた。

「私の最愛。ああ、感謝します・・!」

 赤黒い空はだんだんと澄んで一筋の光が差し、魔力を失くした銀の髪が白金に輝くと、まるで天使の羽だとノルム王はキスをして、北の果てに頭を垂れたのだった。


  ▽


  ▽


「フューラ、嬉しいね」

 イリュージャはフューラの手を握って笑う。

「イデアとフューラの『ふたつ』でいいの?」

「うん。ロレッツァの愛情は半分になっても重いのよ」

 オイッとロレッツァの手刀が頭頂部に入って、それから二人を膝に乗せた。


「全部丸く収まったから、私は安心して逝けるわね」

 フューラの『ふたつ』になったロレッツァは、生粋の銀の魔力で世界に留まることが出来て、フューラはロレッツァが作る野菜をいっぱい食べて、温かい布団で眠るだろう。

 イリュージャの関節がだらりと重くなる。

「私の終わり。ロレッツァ、泣かないで。フューラをしっかり護るのよ」


 私は母親と同じく世の不合理で、ガマ口ポシェットに押し込んである『なんにもナイ』に逝く。

 いつか世界から銀が消え、『なんにもナイ』も消滅するだろう。そうやって新たな時代の新たな摂理は、人と世界を結び付け歩んでいくのだ。


「ねえ、黄色」

 お日様の香りがする黄色をぎゅっと抱きしめる。

「大切なお友達。私は思念になって、いつだって黄色といるわ」

「南の島で暮らす約束を果たす日を永遠に待っていよう」

 甘噛みの感覚はもう無くて、決着をつけるために『なんにもナイ』の風呂敷包みを取り出せば、フューラがその手を握った。


「フューラには命があるけど虚無がない。イデアには虚無があるけど命がない」

 そしてガシャルの枝を拾って額にかざす。

「ガシャルは銀を溶解して再結晶を果たす。フューラとイデアも溶けて再生する。いい?」

 護り手になったレッツァに応えを求めて上目遣いをした。

「くおおっ、何って可愛いんだ。フューラのお願いは全部オッケー!」


 ひとりだったフューラは初めての肯定に安堵して、ガシャルの枝を真ん中にイリュージャとおでこをくっつけた。

『銀は溶け、善悪、悲喜、死生の隔てを融合する』

 ふたりの額から銀糸がシュルシュルとガシャルの枝に巻かれ、綿あめみたいにフワフワでモコモコになると、枝をふたつに割いてフューラとイリュージャの胸に閉まう。


 鼓動を止めた心臓からドクンドクンと力強い音がして、イリュージャは驚いて服を捲りあげたが、タシナミとツツシミをガラルーダに叱られるから慌てて手を離す。

「新しい命の音?」

「うん。フューラの命にイデアの虚無を入れたらグンと大きくなった」

 風呂敷から『なんにもナイ』が消えたことに目を丸くしていると、何を思ったのかロレッツァは私の脇腹をくすぐって、ヒィヒィ言いながら頭突きを喰らわし正気に戻す。


「よーしっ旅に出よう。フューラに世界を見せてやるんだ、空の果てでも海の底でも一緒に行けるぞ!」

 イリュージャとフューラを両腕に抱えたロレッツァは、『未来だ』と繰り返し、最高の笑顔で泣いた。


  ▽


 フューラの力を得たイリュージャは、ポムポムの秘術を用いてユージーンとディファストロを均等に分けた。

「ジーンにある『ふたつ』は、フューラの幸せを祈りながら眠るって」

「俺は次期国王として、『ふたつ』が安らかに眠れるよう平和な国を創る。そしてイリュージャをきさ・」

「キィィーエェーッ!!!」

 ユージーン渾身のプロポーズは、ディファストロの阿鼻叫喚にかき消され、リベンジの機会は当分無いだろう。


 ガラルーダは未来を得たロレッツァを抱き締めて号泣し、そこまでは微笑ましく思えたが、堰を切ったように饒舌に愛を語りだし、とうとう気持ち悪いと逃げられた。失い続ける呪縛が解かれた反動なのか、愛を語らせると面倒な人になったらしい。


「ああそうだ、ガラルーダさん。子供は成長するものだから、餞別には大きい服をお願いね。だって私はこれから大きくなるの」

 餞別と称して旅の着替えをせしめるつもりが、そのセリフが成長マニアロレッツァにドストライクで、オイオイ泣きじゃくり面倒が増えた。


 マトモな大人はなっちゃんだけで、ノルムに残って銀の仔を導くと決めたまでは凛々しかったが、

「アタシはゲドの唯一だから帰るもん」

 ニベもないタクンに泣き縋り、しかし適応能力だけはピカイチだから心配いらないだろう。


 ノルムの王さまに顛末を報告するためナターシャに立ち寄れば、城は城跡と呼んだ方がしっくりくる瓦礫の山で、サラに賠償請求を送る前に心証を良くしようとお行儀よくしている。

 ところが愛する人を取り戻したノルム王は、頭に超が5つ付いたご機嫌で、来月の結婚式が待ち切れないとイチャイチャするものだから、教育に悪いと私とフューラは晩餐の席から追い出されてしまった。


「フューラも私も小さくなったね」

「イデアよりフューラがちょっと大きい」

 溶けて再結成したフューラは小さくなったが、私より一センチだけ大きくしたのだと意外と負けず嫌いなところがある。


 翌日、私とフューラは地竜の翼に乗って新天地に旅立った。

 ロレッツァは人の生を完全に終えたが、『ふたつ』は人の姿を案外気に入っているとかで、私たちはふつうサイズの家でふつうに暮らしてる。


「竜なんでしょう、ガオっと火を吐けないの?」

 スコールで湿気った薪に火が点かないと喰ってかかれば、ロレッツァ大好きフューラが怒って、烈火で竈に掛けた鍋ごと溶かし大騒動なんて日常だ。

 叱られているのに、フューラがロレッツァを一人占めしてると喜んで、

「うう、フューラの可愛さが大爆発で胸が苦しい!」

 鼻の下を伸ばして甘やかし、愛情に偏りを感じる今日この頃である。


「ノルム王の結婚式にサラが参列したそうだ」

 南国の島で波の音を聞きながら飲む果汁100%ジュースは至福で、ロレッツァはサラとガラルーダから届いた手紙を読んでいる。

「サラが他国を訪れるのは初めてだ。荷物は馬車で十台分、嫁入りと勘違いされてパレードになったって」

 心配していた城の修繕費が、外交の妨げにならず何よりだった。


「ノルム王がウチの宰相さまへ贈った内祝いが、サラを呪縛した金の環そっくりアンクレットらしいぞ」

「ひぃぃ、クワバラクワバラ。それでサラ先生はもちろん仕返ししたのよね?」

「式の参列者全員を銀の髪と瞳に変えて、花嫁がわからなくなったって」

 ・・他者に迷惑をかけてないだけ、ノルム王がマシである。 


「ディファさまも同行して外交を学んでいる」

 アッカンベーと舌を出して見送るほど元気だったが、片目は殆ど視力を失い、顔には大きな傷が残った。

 サラは傷を治すために世界中から美容グッズを取り寄せているそうだが、製品テスターにされているだけだと、ガラルーダの手紙には書いてある。


「それとな、ホワイトチョコの日が新たに国民の休日に追加された」

「心当たりがあるわ、それ」

 ポムポムの港町でユージーンが土産に買ったホワイトチョコの記念日で、ああいうカタスミ違いでオカド違いの王子さまに、みだりに物を与えてはならない戒めになるといい。


「空を見て!ロレッツァ、イデア」

 フューラが指差す空を、真っ赤な喉が特徴的な、青と黄色の飾り羽がある鳥がピュールーと旋回している。

「あれはコーツーアンジェという鳥だ。いきなり飛び出してくるから、横断するときは右見て左、もう一回右を見るんだぞ」

 ロレッツァ大好きフューラはコクコク頷き、私は一人旅をする黄色のことを思い出す。


「黄色はどこにいるのかなあ」

 最高の景色を見つけてくるから待っていろと意気揚々に出掛けたから、きっと世界の隅々まで自由を満喫しているのだろう。


 ロレッツァはいいことを思い付いたぞと、ふたりを両脇にヒョイと抱えた。

「今日は海を探検する!」

 そしてブーンと言いながら、浜辺に飛び出すと海に向かって走り出す。

「こりゃ海に投げこまれるわね、フューラ」

「竜になって海の底まで連れて行ってくれるかな、イデア」


 私とフューラとロレッツァは、こうやって毎日笑いながら暮らしている。

 明日、明後日、その先のずっとずっと、一緒に笑って一緒に生きていけるのだ。

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