銘刀笹の葉スッパスパ
ガシャルの銀の枝は波が引くように北へ向かい、先頭に立つフューラは、ずっとずっと探し続けたものを見つけた慶びに大気を震撼させる。
「返してもらう、フューラのものだ!」
古代の神を恐れる生き物は身を潜めて息を殺し、枝にからまったイリュージャは、掴んだお星さまを離さないよう力をこめていた。
さいしょはまっくらな夜でした。
みんなは星をみてました。
星はいい子にひとつずつ、ほしいものをききました。
本のタイトルは『お星さま』で、挿絵がキラキラしたお気に入りの絵本だ。
「おほしさま、わたしのほしいをかなえてください。わたしの『ふたつ』をじゆうにしてください」
それから掴んだ星にキスをして、私の『ふたつ』にサヨナラを・・
「んげっ、目玉!?」
一瞬で正気に戻したインパクトのそれは、フサフサ睫毛の充血目玉で、目が合うとバサリと瞬きして目力を増した。
「私、離魂したのね」
これは瀕死のナクラから魂を取り出し、なっちゃん人形に埋めたのと同じ理屈で、瀕死の私から抜けた魂は、真実を知ったことで欠落した思い出を集め、体を創り定着したのだろう。
地鳴りと風切り音を響かせながら景色はどんどん流れ、絡まる銀の枝ガシャルは北へと返す。
マズいことに記憶の行動範囲は記憶にある場所のみで、特技の縄抜けで脱出したところで逃げ場はない。
「銀をもつ者は『ガシャルに還る』記憶だけは消せない。だからロレッツァはガシャルを喚ぶことで、私が消えるのを止めたのね」
充血目玉はご名答とグルングルンとむき出しの目玉を回し、ぐっと力を込めるとムキムキと血管を広げてズンズン巨大化していく。
「ヒィィ!」
私の悲鳴でフューラは目玉に気付き、『よっつ!』と叫ぶと銀の矢を放ったが、全方向もれなく急所の目玉は暴風を盾にして弾き返し、銀の枝までもバキバキとへし折っていった。
「覗きを散らせ、術者を葬れ!」
フューラの呪文より一足早く、血走る赤い光線が乱射されて視界を遮り、私にロックオンしたかと思えば、ビョーンと覆い被さり瞼に飲み込もうとした。
「イデア!」
フューラに助けを求めるのは、どうも違うのだけど、
「助けてぇーっ」
そう叫ぶと、ごっくんと目玉に飲み込まれたのだった。
▽
同時刻。
サラの鼓動が跳ね、ユージーンの前でズルっと崩れた。
薄紫の髪が床に広がり目は開いたまま意識を失っており、ガラルーダはすぐさま鏡の路に救援を叫ぶ。
「通路を開け!術者を揃えろ!」
サラの鼓動が消え、蒼白のロレッツァは心臓に幾度も刺激を与え続けた。
応じて鏡からやって来た校長は、額、眉間、喉を金の鎖で結んだ呪を施し、次々とやって来る術者が、サラの両手両足の金の環に新しい鎖をはめて、心臓の真上で固く結んだ。
逝こうとする魂を留める術は、命へ対する冒涜、尊厳を踏みにじる禁忌の術で、ユージーンの喉はカラカラになって、体の震えが止まらない。
「サラの目を遮断してください!」
ロレッツァが叫び校長は魔力を注いだが、バチっと弾かれて壁まで飛ばされた。
「儂では押さえきれん、シルキー」
応じた校長の使役魔シルキーは路に潜ると、すぐさま黄色を伴って戻る。
「対価を払おう」
黄色が珊瑚の角でサラを包めば、ポトンポトンと落ち葉、いや乾燥目玉が散って、ガシャルと遮断された。逝きたがる魂は安らぎ、鼓動を確認するロレッツァを黄色は睨め付ける。
「本来はお前が払うべき対価だ」
黄色の言葉にロレッツァはビクッと肩を震わせ、白濁した薄い膜で隠されていくサラをただ抱き締めていた。
▽
異変を秘匿するためサラは幾重もの結界に隠され、ロレッツァは正気を失くして蹲り、剣を握りしめている。
「ロレッツァ。イリュージャを塔につなぐことになった」
爵位を剥奪されていては、打つ手がなかったとガラルーダは首を振った。
「サラから遠ざけるよう陛下の厳命だ。お前が塔に連れて行け」
「行けない。俺はここでサラを喰う魔物を退ける」
「・・お前の魂は、まだ湖畔を彷徨っているのか」
震える手でサラにしがみつく姿は、彼が背負い続ける罪の深さに思えて胸が痛む。
「盟約破棄の解析命令が下った。学校に所属する限り校長は拒否できるが、退学すれば庇護を失う」
「愛し仔が望まぬ限り、退学には出来ない」
「保護者であるファゲル侯爵にはその権利がある」
「ファゲルに資格はないぞ!」
「名実ともに父親だ。だからこそお前は、牧師の地位にありながら親子関係に一切の介入をせず、ファゲルが権利を行使しないよう画策したのだろう」
そしてイリュージャが父親を求めぬように画策したのだ。
「企て通りイリュージャが死のうと悲しむ親も友人もいない。お前が守っていたのはあの子ではなく、あの子以外の人々だった」
ガラルーダは懐から短剣を取り出し、ロレッツァに渡す。
「この刃で額を裂けば、肉を溶かして魔力を吸い上げる。お前の命の糧にするためにサラが創ったものだ」
手に取ればサラの魔力が滴り落ちてきた。
「サラは私が守るからお前は行け。あの塔に縛られたら復讐は果たせない」
腕を掴んで立ち上がらせると、扉の外へと追いやった。
▽
▽
「くわっ!ガラルーダのやつ、なんてことをしてくれるんだいっ」
場所は変わり、サラとイリュージャは『ここはどこ?』にいる。
サラによるとあの世のようだがあの世ではない三角州で、右も左も三途の川らしい。死にかけのわりに元気なサラは、ガラルーダが短剣を持ち出したことに怒声をあげ、イリュージャの鼓膜は破れそうだ。
フューラが放った呪は目玉を掠めて命を喰らったが、寸前で夢渡りを開きサラの魂を退避させた。ところがサラには魂がふたつもあって、イリュージャの夢に三人が同居している状況だ。
「隠しておいた短剣の在処を、なんであいつが知ってるんだい!」
「ニンジン王子のおかげさまで、探し物は得意なんだって」
「ノンキな子だね。あの短剣は確実にお前の命を取るのだよ」
何といってもサラさま監修だからねと自信たっぷりである。
「おほしさまの願いが叶うならいいかな」
私の魔力をカラッポにしておけば、ガシャルに還ることは出来ず、定めの妖魔も還る必要はなくなり自由を得るだろう。
「私の消滅と同時に夢の世界も消える。サラ先生は裂け目からジャンプで外に出てください」
「子供が死を平気で語るものだ」
「怖いし悲しいよ。だけどロレッツァには感謝してて、対象が私であろうとも、その復讐が成就するといいなって思うの」
不格好な火精霊のもどき人形を膝に乗せ、手櫛で髪を整え胸に抱いた。
「ナクラは本体に戻した。まだ役目があるのでね」
「なっちゃんは帰ると決めたのね。ご心配をかけました」
中身のないなっちゃん人形と一緒に頭を下げる。
「全くつまらぬ願いだね」
サラは不機嫌な顔で夢の世界を見回す。
「空っぽだ、お前の脳ミソかい?」
言いたい放題の麗人と、少し離れて鎖に巻かれた体で遠くを見るサラがいる。
「あれは留まることを決めた私の魂、在るだけ」
それが手を伸ばし、鎖がシャラと音を立てた。
「盗られないための鎖ですか?」
「ああ。友の訃報を聞きながらも外を羨ましく思ったものだ。戦争が終わり護りと名を変えようと、その実は同じだね」
「だけどキレイ。私もあんなふうだったらいいのに」
イリュージャの体がミシミシと音を立て、皮膚を茨が突き破った。
「あれは特上で私はボロ」
感情が具現化した子供を、サラはそっと抱き寄せる。
「チクチクするでしょう?」
「チクチクだって?限界突破の痛みだよ」
ロレッツァはどうせ屠るのだからと、この子に夢や希望を持たさないようにしていた。生かさず殺さずのギリギリを見極め、イリュージャには執着するほどの願いがない。
「願ってごらん。三秒で答えないと、ニンジンペアルックの肖像画を『ニンジン大好き仲良しこよし』と題をつけて図書館塔に展示するよ」
ダメージが大きいのはディファストロのほうで、しかもトバッチリだ。
「ええと・・まずは南の島で賃貸物件を探し、役所に薬屋の開業届を出す」
「具体的過ぎて可愛げがないよ」
何を言っても叱られる。
「それじゃ、髪を金髪に染めるのは?」
「ガラルーダと兄妹ごっこかい?店舗名はガラガラ屋がいいだろう」
「閑古鳥が鳴きそうね」
「それじゃガランガラン屋だ」
「薬屋が賑やか過ぎるっていうのはどうかな」
「ではガラクタ屋でキマリ」
どんどん酷くなる。
「ロレッツァが生きることを願うのは、ジーンのためでもあるの。フューラはジーンにある『ふたつ』を奪いにくるから」
その言葉がサラの疑問をホロホロと崩し、ふたつになった紺青の赤子、ユージーンの獣化、ディファストロの狂気、ロレッツァに埋めた銀の石が走馬灯のように駆け巡る。
「ジーンさまの竜はフューラの定めの妖魔か!」
「うん。王子がふたつになったから妖魔もふたつに割けた。片方だけ奪ったところで残りは喪われ、だからフューラは双子をひとつに戻し、それから取り戻すつもりでいる」
そうさせないためにはロレッツァの親和力が必要だと、夢のてっぺんを見上げた。
「ほら、ロレッツァの殺意と怨みがやってきた。・・あのね、フューラって北の言葉で穴って意味なの。きっとこんな絶望のことでしょうね」
▽
穢れた銀の魔女に触れようとする者はおらず、俺が連れて行くといえば動かぬ体が簡単に手に入ったのが証明だ。
死水を飲ませれば喉が揺れ驚いたが、持ち上げたところで反応せず、そのままトンガリ屋根の家へと運んだ。
抵抗できない銀を見下ろし、ようやく根絶やしの誓いが叶うと大きく息を吸う。サラが鍛えた短剣だ。切先を額に当てさえすれば、皮膚は裂け俺の命になる。
「しかしジャマが入るだろう」
黄色が俺の首を掻っ切るか、それとも身の内にある定めの妖魔が、八つに裂くのが先だろうか。
しかし闇はシンと静まり何かが起こる気配はない。
復讐のステージには出来すぎだと唾を飲み、刃の切先を額の真上にかざして呟く。
「手を離せ、それで終わりなんだ」
▽
「じれったいね、ロレッツァ!」
「サラ先生、私は厳かに最期を迎えたいんだよ」
「タイミングを見てジャンプしろと言ったろう。私は頭脳派だから難しいのだよ!」
「ああ、運動オンチ。うげっ」
頬の傷口を鷲掴みにするとは、三歳児になんという仕打ちをする人だろう。
それというのもロレッツァが達者なのは口ばかりで、煮え切らない態度にサラはオカンムリだ。
「黄色は縛っておいたよ。そこだ、いけっ、さっさと殺るんだよ!」
こんな調子で、本人が目の前にいようがお構いなしだ。
余談だがこの短剣は銘匠が精魂込めた逸品で、笹の葉スッパスパで有名なあの名曲に由来する銘刀、脳天サックリの自慢の逸品であるという。
さきほどロレッツァが飲ませた死水は、怒鳴り過ぎて喉が渇いたサラがグビッと飲み、残った少しを飲もうとしたら、鎖に繋がれたサラがじっと見るからあげてしまった。
「ロレッツァ、手を離すだけだろう・・ああ、ほらまただ」
優雅さをかなぐり捨てたサラは、髪をわしゃわしゃと掻きむしる。
「煮え切らないだろう。これだから前衛に使えないし、なのに後衛に配置すると援護が過ぎて前に出る」
いつの間にか先頭にいて、アラッ?とキョロキョロするのが目に浮かぶ。
「潜伏の他には使えやしないよ」
情が深すぎるんだとは口にしない。
ふとイリュージャは額に手をあてた。
「決心がついたみたい」
ツゥと額に血が滲み、短剣の重みで夢が割れていく。
イリュージャはなっちゃん人形を力いっぱい抱き締めて死に向かう。その表情は恐怖に耐えて強張り、サラは両目を長い指で覆った。
復讐を果たしたロレッツァは生きる屍になるだろう。銀が仇であろうがそれはそれ、この子を殺すには十分な理由ではなく、悔いて生涯を過ごすくらいなら、
「仲良く墓に入るといいよ、ロレッツァ」
目を開いたサラは、死の呪文をほといで夢の世界を暗転させた。




