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ガシャルに還れぬ仔

 イリュージャの本日の目的地は、東の果樹園を超えただけの酒蔵エリアだが、銀攫いを心配するガラルーダは、乗り合い馬車は危険だとお馬さんを購入した。

 爵位は剥奪されて財産は凍結されているのに、あるところにはあるものだと、勤労学生の私はチッと舌打ちをする。


 ノルムの精霊は属性によって姿が異なり、地精霊は色黒で体が大きく、髪は白くて鉱石の首飾りを付けている。シャイな性質は同じで、おはようと声を掛ければ耳を赤くして顔をあげた。

『オハヨウ、銀ノ仔』

『オハヨウ、銀の護リ手』

 ガラルーダが片手で手綱を操りながら、気になるワードをさっとメモするのは、この旅の名分が自由研究のためである。


「地の精霊。私たちは東に行くのよ」

『ガシャルの根っこに還るの?』

 地精霊はぴょんぴょん跳ねて、いい子はガシャルの根元に還ると歌い出す。

「精霊はガシャルの根元に還る?」

『そうだよ。ひとつはみーんなガシャルに還る』

『ふたつはひとつと一緒に還る』

『みっつは還らない』

 ひとつとは銀を持つ者のことで、ふたつとは妖魔、みっつとは魔物を指す言葉だ。


「人・・ええと、よっつはガシャルに還る?」

 よく分からないまま訊ねれば、精霊は世界共通のゴニョゴニョ会議を始め、

『決定!よっつは姿を変えたら還るかも?』

 決定であっても「かも?」。曖昧さも世界共通だ。


 地精霊がなっちゃんを取り合う愛憎劇はなかなかの見応えで、ここならガラルーダに匹敵するモテっぷりではあるが、先を急ぐからと仕事に送り出す。

 ファームは地精霊の数がずば抜けており、土を耕す傍らで種を撒き、牛を洗う傍らで藁を運ぶ働き者だ。


「ノルムでは魔力のない人も精霊の加護を得るのね」

「魔力の有無より地を担う人を支えるんだ。持ちつ持たれつだな」

 他国ではそれが常識だとなっちゃんは説明する。

「それじゃロレッツァが地の仔でありながら光の祝福を施せるのは、神仕えとして光を安定させる力を担っているから?」

「ああ。光の術者は少ないから特例だろう」

 ちなみに田畑への祝福は光の管轄外で、精霊は己の領分をハッキリと分ける性質だ。


「質問、なっちゃん先生。教会以外で薬草が生育しないのは何故?」

 神仕えが光の加護を受けるなら、教会でなくとも育つはずではないのか。

「答えは調合を管理するため。薬草は薬にも毒にもなるから管理が必要なんだよ。ロレッツァほど親和力が高ければ、精霊は道理より利己を優先する」

 精霊の利己、イリュージャが三度呟けば黄色が珊瑚の角でつついた。


「精霊は表裏を理解しない。ロレッツァは単純だからこそ愛し仔なのだろう」

「いいおっさんのクセにガキみたいだもんな」

 黄色となっちゃんの会話に、喉元まで出かかる言葉を飲み込む。

「私が吹いたシャボン玉を片っ端から割るのよ」

 これにはさすがのガラルーダも、擁護を諦めたのだった。


  ▽


 酒蔵が軒を連ねる区画にはノルム全土の酒があるが、つまみはどれもしょっぱくて、朝から果物の氷菓を食べている。

 ガラルーダは銀攫いの情報を探ると出かけたが、銘酒の誘惑には抗えないもので、帰りは遅くなるぞと黄色となっちゃんは訳知り顔だ。


 ノルムの国土は森林が主で大木は珍しくないが、ここにある巨木は高さも広げた枝も学校の校舎ほどもあり、黄色の背に乗って一番高い枝に腰をかける。

「ちべたーいっ、おいちーっ」

 景色は二の次のなっちゃんが氷菓に気を取られているうちに、イリュージャはヒヒヒとほそく笑み、枝に銀の雫を垂らしてその時を待った。


 やがてただの枝が銀の枝になって窪み、体がすっぽりくるまれて眠気に誘われる。

「大正解ね」

 イリュージャは黄色となっちゃんが眠ったことを確認すると、銀の糸を枝に巻いて目を閉じたのだ。


  ▽


 ぴちょん・・

 雫の音に目を開けば、そこは木のてっぺんではなく銀の大樹の根元だった。

『お還り、銀の愛し仔、可愛い我が子』

 声が聞こえる方に目を凝らせば、枝の上をナクラが歩いていく姿がある。

「枝を伝って行けるぞ」

 黄色は耳をピクピクさせて脚を弾ませると、イリュージャを急かした。


「なっちゃんは『ひとつ』だからガシャルに還る。黄色は『ふたつ』だから、ひとつと一緒にガシャルに還る。だっけ?」

 だからなっちゃんは先に行って、黄色はひとつの私を急かすのだ。

「私は行かないよ」

 銀の魔力で近づく枝を弾けば、なっちゃんが振り返った。

「銀の力はガシャルに還る。ここがイリュージャの目的地だろう?」

「還るのが目的ではないのよ」


 弾いた枝は銀の少年になって、イリュージャの手を握る。

「あなたはすでにガシャルに還ったの?」

「違う」

 銀の少年がガシャルに背を向け歩き出せば、黄色は我に返って後を追い、なっちゃんはマーナガルムの背を叩き戻ってきた。

「還れない子に囚われてはいけない」

 銀の少年は迷い路をスルスル解いて、ガシャルの枝の窪みで蹲る命の消えた子供を指差す。


「あれは銀の身内でしょう」

 銀の少年はそうだよと頷いた。

「『ふたつ』である妖魔を無くし、ガシャルに還れぬ憐れな銀の仔」

「ガシャルは銀の魔力を集めているの?」

 それには答えず、最後の迷い路を超えると酒蔵が見える枝に着地する。


「目を覚ませば元通りになっている」

 黄色となっちゃんは夢の中で、ここは時が止まっているようだ。

「あなたは銀の身内。私と一緒にいこう」

 銀の少年は驚いて、イリュージャの手をぎゅっと握った。

「路にいるのは還れない子、路を往くのは囚われの子」


 重たくなる瞼を擦り、欠伸をして銀の少年の手を握り返す。

「私の名前はイリュージャよ」

 すると違うと首を振った。

「イデアだよ」

「イデア・イリュージャよ。イデアって北の名前なんだって」

「花という意味」

 花・・それはなんとも恥ずかしい。花もいろいろだけど、この金髪から連想するのはススキだ。


「フューラ」

 銀の少年は自分の胸を差した。

「あなたはフューラ。意味は何?」

「穴」

 これは想定外の答えで、反応に困ったときはスルーの処世術に徹する。

「なぜフューラは、マーナガルムを銀の鎖で縛ったの?」

「路で待つ銀の子供がいるから」

 マーナガルムが共にあるべき『ひとつ』はナクラではなく、ガシャルの根に蹲り、還れない子供だと言う。


「マーナガルムがナクラと還るのは誤り、黄色がイデアと還るのも誤り。だけどガシャルは誤りを正さない」

 ガシャルは銀を我が子と慈しみながら、『ふたつ』の無い銀の子供を転がして、さらに本当の『ふたつ』で無くても還ることを許すのだ。

「ガシャルにとっての大切は、数が揃っていることなのね?」

 フューラは否定も肯定もせず、北の湖畔で対価に渡した羽の刺繍を広げてみせる。


「少し遠出をしたんだ」

 刺繍の羽は殆ど無くなっており、また数枚がヒラヒラと鏡に吸い込まれた。

「還れぬ子供にイデアの魔力で編んだ羽をあげた。羽は空を飛んで『ふたつ』をさがし、フューラが連れ戻してきたんだ」

「役に立って良かったね・・」

 ヴェールも本望だろうと思うしかない。

「だけどフューラの『ふたつ』はいない」

 慰めたいが朦朧として言葉にならず、フューラはおやすみと腕を取り、自分の名を刻んで口づけた。


  ▽


 それは氷菓が解ける間もない一瞬で、腕に刻まれた「フューラ」の文字がなければ夢だと思っただろう。

「ガシャルは安息の地でないと、それさえ知れればじゅうぶんよ」

 グーンと伸びをして、空気を胸一杯に吸い込み地面に下りる。

「ガシャルは私を我が子と呼んだ。やっぱり親の運に見放されているわ」

 父親のファゲル侯爵を思い浮かべて、うまいっと悦にいるのだった。


  ▽


 ペンを握っていても、ディファストロの意識は遠いところにある。

「ジーンと紅茶を飲んで、ジーンとチョコ食べて、ジーンと・・・ねえっ、ジーンはっ!?」

「夏の宿題はとっくに終わらせて、優雅な一日を過ごしている」

 サラはディファストロのノートを手に取って、パラパラ捲ると鼻で笑った。

「答えが見えない魔法とは高度なことだね。どれ解除してみようか」

 空欄だと知りながら解除を唱え、

「おやまあ、解ナシかい」

 せせら笑って頭をガシッと掴む。


「お遊びでしかない公務が忙しいからなんて言うんじゃないよ」

 言い訳するまえに却下され、モゴモゴと口をつぐんだ。

「ガラルーダめ、椅子に縛りあげてでも勉強させるべきだ」

 世の書物に精通し破格の魔力を誇る宰相サラは、王に次ぐ実力者でピヨピヨ王子などけちょんけちょんである。


「喉が渇いた」

「知識を水のようにお飲みなさい」

「散歩をしたい」

「書物の世界を好きなだけどうぞ」


 舌打ちをすれば頬を抓られて、唇を尖らせたところでロレッツァが訊ねてきた。

「ディファさまを虐めるなって。政務官がサラサラと血相を変えて捜していたぞ」

「ふん。私がどこにも行けないと百も承知だろう」

 傾国の美女はけぶる睫毛を震わせると、怒りの矛先をロレッツァに変えた。


「ジーンさまの護衛はどうした」

「読書するから護衛はいらないって。手伝うことある?」

 きっと病み上がりのロレッツァを慮ってのことだろう。

「ディファさまも見習いなさい!」

 一体何を叱られたのか分からないディファストロは、とりあえずノートを開く。


「体はもう万全だろうね?」

「うーん、こんなもんかな」

 サラは健康管理について語り出したが、

「ここの答えは4ですよ、ディファさま」

 耳半分でディファのノートを指差して、聞けとばかりに脛を蹴られた。


「ズルしたっていいいじゃん、夏休みの宿題は黒歴史だからこそ思い出だ」

「思い出させるなっ」

 漏れた魔力が薄紫の髪をユラユラ揺らし、蛇頭のメデューサのようである。

「ロレッツァはともかく、サラとガラルーダが宿題で困ることはないでしょう」

「その通りですよ、ディファさま。サラは宿題だけ、ガラルーダは宿題プラスでした」


「お前のせいで宿題が滞り、引き籠もれなかったんだよ!」

 引き籠もりだったのかと、ディファストロは初めてサラに人らしさを見る。

「俺は基礎履修を終えたら田舎に帰る予定で、遊ばなきゃ損だもん」

 学校は基礎三年を履修すれば教会や役所などの人手不足分野に就職できるが、もちろん家業を継ぐのも構わない。

 専門学の4年目以降は選抜で、国の中枢を担う人材を期待されることとなる。


「ロレッツァの実家は農家だっけ?」

「そうですよ。家業はだだっ広い農地管理で、俺は貴重な働き手でした。飛級してさっさと戻れとそれはそれは期待されて」

「だけど最高学位まで修了したんだろう?」

「家族も土地も無くし、途方に暮れているうちにそうなったんです」

 ロレッツァの故郷を焼いた内地戦は、ディファストロが産まれるより前のことで、サラが宰相になるきっかけとなった事件だ。


「俺がどうして最高学位を修了できたかというと、図書館の賢くしてくれるニンフに会ったからですね」

「ええ、嘘だあ」

「そうでもしないと最高学位は無理でした。夏の宿題なんてチョチョイのチョイだったなあ」

「ねえ、そのニンフはまだ図書館にいるのかな?」


 サラは二人の会話を遮ると、ディファストロの口にマフィンを押し込む。

「休憩は終わりだ。ロレッツァは私の補佐として・・インク壺にインクを足しておくれ」

 書類仕事では役に立たないから、苦肉の策を捻りだした。

「ディファさま。図書館のニンフは今でも時々いるんです」

 ロレッツァ!語尾を強めて諫めたサラの肩をロレッツァは抱く。

「俺が最大の幸運を引いたって話じゃん」

 片目を瞑れば肘鉄を喰らわせ、足音高らかに出ていった。


 照れてる。

 笑いを堪えるロレッツァの後ろでは、

「賢くなるニンフねえ」

 またもやカタスミ違いでオカド違いの王子さまは、ロクでもないことを思いついたようである。

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