カタスミ違いがオカド違いを主張する
マーナガルム奪還作戦は大成功の内に幕を閉じ、讃え合って眠ったのは明け方のこと、陽が沈む頃にようやく起きると慰労会パーティーで飲んだり食べたりして、また真夜中になる。
昼夜逆転生活になるよなんて冗談を交わし、しかし翌朝一番で窓辺にやってきた瑠璃色の小鳥が鼓膜を破る奇声を放ち、昼夜逆転も時差ボケもきれいさっぱり消え去った。
「瑠璃色は宰相印のカタリ鳥だ。腹にカタリって虫がいて伝言を届け・・」
『何が何だかさっぱりだよ!』
なっちゃんが説明するより早く、宰相印のカタリ鳥はクワっと嘴を開いて怒鳴りだす。
『なんて壊滅的でお粗末な報告だ!こうしてやる!(グシャグシャ)』
「・・初めましての鳥に叱られたよ、なっちゃん」
「なるほど。ガラルーダに手紙を送っただろう、何を書けばここまで怒らせた?」
「精一杯書きました」
「我は知っている。『ロレツァア寝てるごはんない平気帰れない』」
「黄色、いつの間に読んだの」
「そりゃ怒る。意味不明」
『イミフメー』
精霊まで呆れて肩を竦め、マーナガルムは耳を折って聞こえないフリをする。
「カタリ鳥は触れて話せば言葉を届ける。手紙より便利だぞ」
ぶすっとしてみたが、カタリ鳥の鋭い嘴が向いているので拒否しがたい。
「ええと。あなたは誰ですか?」
「宰相だ」
「そうだった。こんにちは、宰相さま。初対面の鳥に怒られて悲しいです。いつもなら『噛み千切るぞ』と心強い励ましをくれるお友達の黄色も庇ってくれません」
「違うぞ。我は一番の味方だ」
アタフタする黄色を見て、胸がスカッとした。
「鳥はビスケット食べますか?高そうな鳥だから庶民のビスケットはダメですか?ええと庶民規格のビスケットとは、」
「イリュージャ、ビスケットから離れよう」
「わかった。ロレッツァ息してますです。精霊カラッポなのー、消えちゃうのー、大騒ぎですます」
カタリ鳥はだんだんと険しい表情になっていき、イリュージャを不安にする。
「ロレッツァ以外は元気です、おしまい!」
ハアとため息をついたなっちゃんが、イリュージャの頭に顎を乗せた。
「ハイ、やり直しだ」
▽
▽
「小娘に知性はあるのか?さては私を悩ませ、ハゲにしようとする陰謀だねっ」
長旅のカタリ鳥を握り潰さんばかりのサラを宥めたガラルーダは、続きがあると椅子に座らせる。
『仲良しさんと会話するようにね?うーん、ジーンかガラルーダさんかな。えっ?王子カッコ弟のほうだって!?チッ、』
舌打ちの音までカタリ鳥が再現するとは新たな発見だ。
『それじゃ、ガラルーダさんと話すように』
え・・。言葉を失った自称一番の友達ユージーン。
『銀の少年に会ったの。湖畔の大樹は戦の穢れと北の加護を失くし、枯れるのが定めではあったけど、地剣が滅多切りにして終いになった。それとロレッツァはずっと寝てる。ヒゲがタワシみたいだから髭剃りが欲しい。薬は・・そうね、要らない』
サラはカタリ鳥から言葉を抜く。
「迎えには賢くて忠誠に厚く、判断力に長ける国の重鎮がよいだろう」
「私が適任だな」
名乗り出たガラルーダにサラは否と答えると、チョコレートを食べるディファストロに微笑んだ。
「ディファさまが、いってらっしゃい」
「エッ、嫌だよ」
ユージーンにしがみつき断固拒否だ。
「宿題未提出のペナルティだよ」
「ジーンだってまだじゃないか」
「ごめん、ディファ。さっき提出したんだ」
「いつの間に・・さすが僕のジーンだ」
「賢くて忠誠に厚く、判断力に長ける国の重鎮と、心にも無いことを口にしてやったのだ。大道芸よりは王家らしい仕事だろう」
女生徒の求めで見映えがする魔法を使ってイイ気分でいたら、ミエハル王子とサラにげんこつを喰らったばかりだ。
「嫌!銀の魔女がいるとロクな目に合わないんだもん」
「あちらだって同じだよ。まずは溜息、いや舌打ちだろうて」
手をさっと上げれば侍従がディファストロを連行し、ユージーンにも執務に戻るようにとあらかさまな態度で追い出した。
「サラ、ディファさまの護衛はどうする?」
「人選は任せるよ。お前にはやってもらうことがあるからね」
「やはり北の湖畔は今でもロレッツァを狂わせるのだな」
ガラルーダの沈痛な表情に、サラは長い睫毛を伏せる。
「・・あれは生き地獄だからね。それにしたって地精霊の干渉が行き過ぎる」
ロレッツァが魔力を行使するのは畑の祝福くらいで、それにしては地精霊が常に近くにいて、まるで魔術師のようなのだ。
地の愛し仔といえこれは異常なことで、魔力を消費し続ける理由を明かさぬ友に、まったくバカだよとサラは表情を曇らせた。
▽
▽
いつも通りに迎えた朝が、いつも通りで無くなったのは昼過ぎだった。
宰相が髭剃りを届ける使者に選出したのはカタスミ違いの王子ディファストロで、扉を開けたイリュージャは、腕を垂直に上げ手の平を直角に曲げたシェーのポーズで特大の溜息をつく。
「オーソマッツ地方の魚人イヤンミィの真似か?ヘタクソだな」
後方で隠密警護中のガラルーダが、窓ガラスと廊下を黄金の髪で輝かせており、まったく隠密に向かない隠密の名前を三回も呼んだのは、こんなハタ迷惑を押し付けといて逃げられては困るからだ。
「こっそり付いてくるなんて、僕を信用していないんだね」
ハイと返事したガラルーダだが、これはウッカリだったのか目が泳いでいる。
「いらっしゃい。ロレッツァはぐっすりよ」
「使者は僕だ、僕に報告しろ」
カタスミ違いがオカド違いを主張して、扉の前で揉めるうちにガラルーダはロレッツァの寝台を覗き込む。
「魔力の喪失とは、これほど無防備になるのか」
腕を掴んでも反応がなく、騎士の訓練を受けた者とは思えない虚脱だ。
「マズいと思うのよ、だけど地の精霊が、」
『カラッポ、待ってぇ』
『満ちる、待ってぇ』
魔力を充填し終えた地精霊はそう言うと、次の精霊にバトンタッチして地に潜る。
「私の魔力は未曾有でカラッポが想像できない。ただの魔法使いの弟のほうなら分かる?」
ムカつくんだけどとディファストロはソッポを向いたが、ガラルーダに叱られてぶすっと答えた。
「水に例えるといい、水位が下がれば岸に上がれないだろう。水が魔力、岸が現世だ」
「では精霊は、魔力を満たそうとしているのですね?」
「だろうね。底が浅ければ魔力がカラッポでも岸に上がれるけど、ロレッツァの魔力量なら、何十年も眠らなきゃ自己治癒は無理だ。愛し仔だから命があったようなもので、一体何にそれほどの魔力を使ったんだろう」
ロレッツァは広い小麦畑をどーんと耕しても有り余る魔力量で、枯渇とは無縁だったはず。
「そういえばトマトときゅうりとスイカを主役にした、名作物魔法劇場をシリーズ化したわね」
『主役が多いから、』
『魔力は垂れ流しぃ』
野菜が主役の名作物魔法劇場は、地精霊の大のお気に入りだ。
「早く王都に帰りたいからって街中の時計に ”イザススメェ” なんて魔法をかけてもいたわ」
『5分ススんで元通りになるよ』
『害ナシよ』
血の愛し仔ロレッツァ、愛されているのか遊ばれているのか絶妙な扱いだ。
「これだけたくさんの精霊に加護を得て目醒めない理由がない。例えば何かの維持に魔力を使い続けているとか」
血の精霊がそれに反応して大気が緊張し、イリュージャは不思議な顔をした。
「留めるでしょう?水の無い湖はただの穴で湖ではないもの」
「へえ、キミは何を留めるんだい?」
ディファストロの質問に、イリュージャは自分の両手を見つめる。
「カタチ・・」
「答える必要はない!」
黄色がグゥゥと唸り声をあげた。
「ふうん、カタチとはなんだろう。キミは魔力で満たさないとカタチが保てないの?僕の知る人というものとはずいぶん違うのだね」
『警告』
ブオンと大気が揺らぎ、精霊が光の玉に融合を始める。
『イジメタラ許サナイ』
『盟約ノ責ヲ以テ』
精霊の豹変にリヴァンは戦闘形態に変化し、ディファストロの盾になった。
「ディファさま、撤回を!精霊よ、盟約に反故はない!」
ガラルーダはディファストロの腕を掴んで地に押さえつけ、リヴァンはそれに怒って尾を振りあげたが、竜尾を掴んだイリュージャに煩いと地に叩きつけられる。
「カタチ、カタチ」
そう繰り返すと頭と顔を撫でつけて考え込み、銀の魔力を炎に変えれば一帯に殺気が漂った。
「ディファさま、お逃げください!」
ガラルーダは剣を抜いて立ち塞がったが、ディファストロは精霊の威圧で動くことが出来ずにいる。
「明かす、秘める、私が決めること」
イリュージャは制御を失っているのではなく、そもそもこれが銀の魔女の性質で、抗おうものなら血肉を引き裂くとガラルーダは知っている。
「おーい、帰ったぞ、ごはんだ」
窓から赤くて変なのが、亭主関白なセリフと共に飛び込んできた。
「どうした?銀モレしちゃってる」
そう言ってイリュージャのおでこにチュッとして、頬をスリスリ、頭をポンポン。それから再びゴハンだゴハンだとブンブン飛びまわった。
「うおっ、寝てた?お帰りなさい、なっちゃん。こちらのお客さんを追い出したらゴハンよ」
黄色の背中にバフッと飛び乗ったなっちゃんは、ディファストロとガラルーダに気付いて、真ん丸の目をもっと真ん丸にした。
「うーん、追い出すのはヤバい人。ようこそココヘ、クッククック」
なんだこの珍奇はとガラルーダは言いかけたが、推しを見る目の精霊に睨まれ口を閉じる。
本当の騒動はそこからで、事の次第を知った宰相印のカタリ鳥に仕込まれた言霊で、ディファストロは何もないところで躓くという呪いにかかり、三歩進むたびに転げている。
『未成年法により咎めはないが、ディファさまの口を剣で貫いてでも止めるべきだったガラルーダが責任を負うことになった』
期限に定めはないとカタリ鳥は溜息をついた。
『陛下とジーンさまの温情で極刑は免れたが、今はこれが精一杯だよ』
片腕のガラルーダをもがれたサラの声は深刻で、ちょっとした好奇心だったと言い訳してもカタリ鳥が答えるはずはない。
『代わりの護衛を送る。交代後にガラルーダは解任だ。頭の痛い問題を私に押し付けて、牢屋でノンビリするなんて許さないよっ』
カタリ鳥がゲホゲホと咳き込んで、さすがにガラルーダの顔を直視できないディファストロだ。




