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失われた文化ミュージアム

作者: 佐賀かおり


 西暦2536年、失われた文化ミュージアムでは月例会議が始まろうとしていた。

 ミュージアムの広場で行われる来月の(もよお)し物を決めなければいけない大事な会議だった。

 

 四人の研究員と主任は会議室のイスに座りながら談話していた。

「来月の催し物は何に決まりますかね。」研究員B

「私としてはゲートボールあたりがお勧めなんですが・・」研究員Ⅾ

「しかし文献によるとあれは昔、お年寄りの娯楽として広まっていたようだ。復活させて果たして若者にも受け入れられるだろうか」主任

「そこが難しいんですよね。何がウケるか分からないのが」研究員A

「本当にそうです。以前、ガングロとルーズソックスを紹介したら流行ったのはルーズソックスではなくてまさかの山姥(やまんば)メイクだったのには驚きました」研究員C子

「あの時は困ったよ。ウチの奥さんと隣の家の奥さんが井戸端会議していてもどっちが家内なのか分からないんだから」研究員B

「まあ、だからかすぐにブームは去ったが・・」主任

「先月の『あざとかわいい』も予想外でした。まさかあんなに炎上するとは・・」研究員A


 先月、ミュージアムが公開しているホームページで『あざとかわいい』を紹介した。そしてその例としてシンデレラの二人の姉をあげたところ、どこがかわいいのか、と炎上してしまい一時、ホームページを封鎖しなければならない事態となってしまった。

 主任は思い出して思わず顔をしかめた。

 その時だった。

「気にしなくていい。たとえ紆余曲折(うよきょくせつ)があったとしても我々は失われた文化に再び光をあて世に知らしめるという崇高な事業に(たずさ)わっているのだから」会議室に入って来た所長は言った。


「やはり来月のミュージアムの広場での催し物は『イス取りゲーム』がいいのではないかな」

 所長は会議資料にひととおり目を通すと言った。

「はい、私もそう思います」主任

「とは言え、やはりまずは実際にやって検証してみないと」所長

「はい」主任


 さっそく会議室のイスを持ち出しミュージアムの広場に行くと一同はイスを丸く並べスタンバイした。研究員四名、所長とミュージアムのスタッフ五名合わせて十名に対してイスは八脚だった。

 進行役の主任が説明する。

「今から昔の童謡を流しますが音楽が流れている間はイスの周りを皆で歩きます。音楽が止まったら早い者勝ちでイスに座ります。イスに座り損ねた者が負けとなり、勝ち残った者だけで再び同じ事を繰り返し、最後の一人になった者が勝者です」


 皆が頷きルールを理解したのを見定めると主任は「では音楽を流します」と言った。

 明るい調べの童謡が流れてきた。


 『ある日、森の中、クマさんにであった。花咲く森の道、クマさんにであった』


「ちょっと、ちょっと待ってくれ」突然、所長が言った。

「どうかしましたか?」主任

「この曲はなんだ、森の中でクマに出くわしたというのに、何故こんなに楽しげなんだ?」

「この曲は昔の童謡で『森のくまさん』という曲ですが確かに、言われてみればそうですね」主任

「あの・・」研究員Ⅾ

「なんだね」所長

「ゲームを盛り上げる為に我々を(けむ)に巻き平常心でいられなくする狙いがあるように思われます」

「な、なんと、恐るべき『森のくまさん』この曲は駄目だ。ほかの曲にしよう」

「はい」主任は頷き別の童謡をかけた。


 『森へ行きましょう、娘さん。鳥が鳴く、あの森へ』


「ちょっと、ちょっと待ってくれ」所長

「どうしましたか?」主任

「若い娘を森に連れ込もうとしているではないか」

「ああ、出だしはそう聞こえますが続きを聞くと、いかがわしい曲ではないようです」

「そうなのか・・しかし、この出だしは良くない。ミュージアムには家族連れの客が多い。他の曲にしよう」

 主任は頷くと別の童謡をかけた。


 『どんぐりころころ、どんぶりこ、おいけにはまって‥』


 所長は安堵して頷いた、そしてイス取りゲームは始まった。


 一時間後、彼らは会議室でイスを片付けていた。

「Ⅾくんは結構、負けず嫌いなんだね」

「そう言うAさんだって相当なもんですよ、だって僕、はじき出されましたもん」

「一番すごかったのはC子さんですよ、いつもおしとやかなのに豹変して」研究員Bがにやけながら言うと皆、頷いた。

 当の研究員C子は恥ずかしいのか素知らぬ顔をしている。


 そんな研究員たちを見ながら所長は言った。

「問題ないのではないか?催し物としても」

「はい」主任

「絶対、うけますよ」

「私もそう思います」

 好感触に上気した研究員たちの顔を見ながら所長は言った。

「よし、このまま飲みに行くとするか」

「いいですね、行きましょう」


 街に繰り出した彼らは居酒屋の縄のれんをくぐった。

 この縄のれんも彼らが失われた古き良き物として紹介し広めた物だ。

 席に着いた彼らは『とりあえずビール』と注文した。

 主任は本当はレモンサワーが好きだったが失われた古き良き文化は継承しなくてはならない。

 とりあえずビールを注文しなくてはならないのだ。

 そしてビールが皆に行き渡ったところで主任は言った。

「では所長、お願いいたします」

「おお、乾杯の音頭とやらだね。前回と同じ様にやればいいのだね」

「はい」

 その時だった。

 研究員Bが言った。

「先日、文献を閲覧していたところ興味深い記事を見つけまして今日はそれを試してみてはどうでしょう」

「おお、そうしよう」

 所長は嬉しそうに頷いた。


 

 二日後、所長の葬儀が始まろうとしていた。

 故人の功績を称え葬儀はミュージアムで()り行われる事となり焼香に訪れた人々の長い列ができていた。

 

 列の中ほどに並んでいた白髪頭の男性が隣の若い男に話しかけた。

「私は昨年までこのミュージアムに勤めていたのですが所長の突然の訃報に驚いています。何故急にこんな事に?」

「それが居酒屋で失われた古き文化の検証をしていて突然、倒れたようです」

「最期の最期まで職務を(まっと)うしようとしていたのですね」

「ええ、周りの皆が『イッキ、イッキ』と声をかける中、酒を一気に飲み干したそうです」

「あの方らしい。尊い」元職員の男は目を赤くして言った。

 

 その時だった。

 黒塗りの車がミュージアムの入り口付近に停車し中から喪服姿の若い女性が姿を現した。

「あの女性は?」若い男が訊いた。

「あの方は所長の奥方様です」

「随分とお若いようですが・・」

「ええ。三年前、所長は長年連れ添った奥様と別れてマッチングアプリで知り合った若い女性と再婚なさいましたので」

「・・・・」

 


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