敵襲
帰還する道中、リンナはハルヒからピースコンパスについて教えてもらっていた。
《今までにピースコンパスのことを聞いたことは?》
「一度もないです」
《そう、じゃあそこからね。もともとピースコンパスは『スペースウォーリャーズ』で結成された大学生主体のクランだった。今は大人や高校生もいっぱいいるけどね。初代クランリーダーはユカって人。平和主義者だったらしいわ》
「だったって、今は?」
《ユカはもう引退してるし、と言うかピースコンパスの伝説的メンバーは殆ど引退しちゃってる。私もよく知らなくてな、あの時代のピースコンパスのことは。しかももう平和主義じゃないしな》
《ヨッシーはそうだったろ?》
バリーが言う。
「ヨッシー?」
《ああ、アイツはそうだったか。赫翼とも飛んだってな》
ハルヒが思い出したかのように言う。
「赫翼?」
リンナが聞き馴染みのない単語に引っかかる。
《シンギュラリティって要素が『スペースウォーリャーズ』にはあったんだ。今はどうなんだろ》
《俺はあると思うぜ、ネオ・プライマルのトップとかそうじゃねえのか?》
『ピースコンパスって結構歴史があるみたいだなぁ、後でヨッシーさんにも話を聞いてみよう』
リンナが改めて尋ねる。
「それで赫翼って?」
《ハナサギっていうエースプレイヤーの二つ名だよ。負け無しのとんでもないプレイヤーだったらしい。そいつのアーマードスーツのウィングが赫く光ってたから赫翼って呼ばれるようになったんだよ》
「へー、そんなプレイヤーがいたんですね。帰ったら調べてみよ」
《そいつも初めて二、三ヶ月で辞めちまったしな》
見知らぬ声が聞こえる。
《ヨッシー、合流するならそう言え》
ハルヒが呆れたように注意する。
《クォーサー隊、これよりノーザン隊に合流する》
《今言ったって遅いよ》
《ふん、ところで随分懐かしい話をしてたじゃないか。ハナサギがいた時代は激動だったよ》
「激動?それは.....」
《君がシンギュラリティに覚醒出来たら身をもって知ることができるよ》
ヨッシーが揶揄うように言う。
「そのシンギュラリティにはどうやって覚醒するんですか?」
リンナがヨッシーに尋ねる。
シンギュラリティになってみた!的な企画が出来るかもしれない。
《知らん、そもそも覚醒したやつが三人しかいないし、唯一分かってる方法も無理ゲーだしな》
「えー、ちょこっとショック」
リンナががっかりする。
《おしゃべりはそろそろおしまいだ。着いたぞ》
ハルヒが何か喋ろうとしたヨッシーを遮って言った。
《ノアの方舟、こちらノーザン隊、ハルヒ。これより帰投する》
管制官が了承する。
《了解した、クォーサー隊も一緒だな?帰投を許可する。さっさと格納庫に戻れ》
こうしてリンナはハルヒたちとともにノアの方舟に乗船することになった。
⭐️⭐️⭐️
「ノアの方舟の破壊に失敗したようです。どうします?」
男が尋ねる。
「私が出る。ハナサギのような化け物がでたわけではないのだろ?」
ピンクのパイロットスーツに身を包んだ赤毛の女が尋ね返す。
彼女はピンク色の可愛らしい機体のハッチをくぐり、コックピットに座る。
「そのようなことは確認されておりません。ですが万一の事が.....」
「私でも勝てぬ戦は逃げるさ」
ハッチが閉まり、全天周モニターが起動する。
『ノアの方舟には昔とはいえお世話になったわね。ほんと懐かしい。また君みたいなプレイヤーが現れたりするのかな』
緩んだ唇をキュッと引き締める。
《エリアルフェンリル異常無し、いつでもどうぞ!》
オペレーターからの通信を受けて女が機体を発進させる。
「エレン、エリアルフェンリル出る!」
エリアルフェンリルが宇宙空間に飛び出す。
⭐️⭐️⭐️
「ここが、ピースコンパスの旗艦」
リンナが格納庫をぐるっと見渡す。
「ひろーい!運動会出来ちゃいそう!」
「そうか?まー確かにな」
ハルヒがこちらに歩いてくる。
「艦橋に上がるぞ。クランリーダーに君を紹介しておきたい」
「あ、わかりました」
リンナが歩き出したハルヒを追いかける。
格納庫から出るとすぐに艦橋へテレポートさせられた。
「戻ったか」
男の人がこちらを向いて立っていた。
「ええ」
「ん、そちらは?」
男がリンナの方を訝しげに見る。
「こちらは先程の戦闘で手伝ってもらったリンナと言います。初心者ではありますが、なかなか良いものを持っているようです」
「ハナサギになれるほどのか?」
男が食い気味に尋ねる。
「またハナサギ.....」
リンナの好奇心が膨らんでいく。
『ハナサギってどんなプレイヤーだったんだろ、かなりの影響を与えてるみたいだったけど』
「それは分からん。ろくに実戦も経験していないし」
ハルヒが呆れながら答える。
「てかワルキューレがいるんだから大丈夫でしょ」
「君はクランに所属するつもりとかは無いのか?」
「あー、えーと」
クラン、か。
そういや考えてなかったな。
動画を撮影するなら一人の方がやりやすいだろう。
でもハナサギについても気になる!
ハナサギの情報を知りやすくするにはピースコンパスに入るのが一番だろう。
「まだ、考え中と言うか.....」
リンナは濁しながら伝える。
「そうか、せいぜい自分で決めることだな」
「今は戦争状態にあるからまともなゲームプレイはできないと思うけどね」
リンナが驚く。
「どうやったらまともにプレイ出来るようになるんです?」
「そりゃこの戦争を終わらせることだ。それ以外は無しだ」
男が言い切る。
「そういや自己紹介がまだだったな。俺はラルだ。現ピースコンパスのリーダーを勤めている。よろしくな」
「リンナです、よろしくお願」
リンナがそこまで言った時、誰かが大声で報告した。
「こちらに高速で飛翔する物体を確認!」
「何?種類は?」
「このスピード、おそらくアーマードスーツかと」
「画像解析を」
艦橋に緊張が走る。
『な、何?さっきの奴らが復讐しに来たのかな?』
「ノーザン隊各員、出撃準備だ。こちらにアーマードスーツらしき飛翔体が近づいている」
《了解、隊長も早くこいよ》
バリーが返事をする。
「解析出ました!エリアルアーマードスーツが一機、エリアルフェンリルです!」
「くっ、シンギュラリティに一番近い女か」
ラルが呟く。
「よし、出せるアーマードスーツは全て発進させろ!」
「私はこれで」
ハルヒが艦橋を出る。
「し、失礼します」
リンナも艦橋を後にする。
格納庫にテレポートした時、もうすでに何機かのアーマードスーツが出撃していた。
《バリー、エリアルヴァンネックス発進!》
《ヨッシー、エリアルガスター出る!》
「リンナ、お前はここで待機しておけ!」
ハルヒの声が拡声器から伝わる。
「いや、私も行きます!」
迫力のある画が撮れるかもしれない、そんなチャンスみすみす逃す訳にはいかない。
「どうなっても知らないからな!」
それだけ言うとハルヒのアーマードスーツも発進して行った。
「次は私の番だ」
リンナは自分の機体のもとに走った。
ハッチをくぐってコックピットに着席する。
操縦桿を握ってペダルに足をおく。
《発進の仕方は分かるかい?》
オペレーターが尋ねてくれた。
「大丈夫です!」
リンナは力強く答えた。
《オーケー、いつでも発進どうぞ!》
「エリアルシャッター、行きます!」
エリアルシャッターのエンジンが火を吹く。
あっという間にエリアルシャッターは広大な宇宙へ飛び出した。