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8.ライザ・ケーリーの真実



 眩しい笑みだった。

 それまでヒューイが見たことのあるライザことイラ・ボーンの笑みは、皮肉気なものばかりであった。それとは全く違う、夢や希望を見つめる意志の強さを感じさせる笑みに、ヒューイは意表を突かれた。


「そうしたらロダリックが『一年以内にある全寮制の学園に入学できたら、私にできる限りの支援をしてあげよう』って言ってくれたの。そして母と話し合って、私の一年間を買い上げてくれたの。……まぁ母は下世話な想像をしたと思うけれど、一切そういうことはなかった。それでロダリックの家にまずは一年の約束で引き取って貰って、家庭教師をいっぱいつけて貰って基礎の基礎から頑張って勉強して。私はロダリックが出した条件をクリアして、あなたの後輩になったわ。勿論、大学もね」


「後輩ねぇ。十年前には俺はとっくに卒業してた。それに全寮制だったから、ざわざわ家庭教師まで付けた養女を通わせたって、その養女とすら碌に交流もできない」


 そんな行為にどんな意味があるのか──言葉にするまでもなくヒューイは鼻で笑い飛ばした。


「いいのよ。同じ学園に通わせて、学園のプロキュラムや行事のお知らせを受け取るだけで、ロダリックは満足そうだったわ。本当は、あなたからそれを知らされて、学費や物品購入資金を提供するだけではなくって、どんな物が必要なのかどんな物がいいのか、一緒に相談したかったんだと思うわ」


「そんなこと……」


 口には出さなかったが、それらはすべてヒューイ自身がして欲しかったことだった。

 ヒューイは自分で父ロダリックの視界から消えると決めたのだ。

 だからどんなことがあっても相談するなどできる筈がなかったし、成績優秀者として褒賞を受けることになっても父に報告することもしなかった。

 世話になった大伯母に報告だけは定期的にしていたものの、長期休みであろうともバイトを入れるなどして大伯母の家にも帰らなかった。

 友人たちが、「近くまで両親が来てくれたから」と嬉しそうに外出届を出しにいくのを見る度に、親に愛されていない自分を突きつけられているようで胸が苦しくなった。


 それらすべてがヒューイの空回りだとしたならば、どれだけ無駄な努力をヒューイはしたのか。どれだけ父を落胆させてきたのか。

 死ぬまで。いいや、今日という日までずっとヒューイは父を誤解して、父に息子は父を捨てたのだと誤解させてしまってきた。


 震える手で、掻き上げていた前髪をぎゅっと握りしめる。


「とうさん」


 何十年振りに、幼い頃と同じ呼び方が口から零れ出ていく。後悔の響きは苦く、喉の奥が痞えた。


「そして私は身代わりでも、嬉しかった。ロダリックが嬉しそうにしてくれるだけで幸せだった。私は実父の、名前も顔も知らないから。ロダリックの目が私を通して別の誰かを見ていると分かっていたけれど、それでも嬉しかった。ロダリックは私から何も奪わなかった。たくさんの知識とチャンスをくれた。本当は、違う誰かの為に用意された温かい場所だって分かっていたけれど、十分だった」


 話しながら、流れ出る涙を拭こうとしたイラが、大きすぎる黒縁の眼鏡を外して、反対側の手で顔を擦る。その仕草はあまりにも幼かった。

 もっさりとした髪型と服も相まって、ライザと呼ばれていた頃の妖艶な美女と同一人物とは思えない。

 袖口までぐっしょりと濡らし、それでも拭いきれぬ涙が次々と溢れ続けていく。

 それでも、イラが浮かべる笑みはやさしく、まるで別人だ。


 幼い少女が素直な感情のままに浮かべる笑みそのものだ。


「だから……、父の治療に、父の資産を超える額を注ぎ込んだのか」



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