7.イラ・ボーンの真実
「そんなこと、ロダリックは思っていなかった! これは絶対よ」
顔色を変えて否定するイラを視界から追い出すように、ヒューイは目を閉じ座ったままくるりと椅子の向きを変えてしまった。
ロダリックに愛され必要とされていた娘イラへと背を向けたまま、言葉を続ける。
「君が知らないロダリックだっているさ。その証拠に、入籍は入籍でも、妻じゃなくて娘だったんだ。いつ死ぬか分からない男が妻を得ても婚姻期間によって申し立てをされては実子の主張により退けられてしまうかもしれないと考えたのだろう。さすが、稀代の才子と呼ばれる男は抜け目がない」
「違うって言ってるでしょう!」
ずかずかとヒューイのすぐ傍までやってきたイラが、椅子の背を掴んで強引にその向きを変えた。
ヒューイのすぐ目の前で、榛色の瞳が怒りに燃えていた。
「ロダリックは、ロダリックはあなたを見守っていたの。ずっとよ!だからきっと、私を養子に迎え入れる条件として、『この学園に入学出来たら』としたのよ。兄と妹に共通の話題を見つけ、同じものを見て学生時代を過ごしたという記憶を作る為に」
「何を、言ってるんだ」
「母の恋人に襲われて逃げ出して。泣きながら夜の街を彷徨い歩いているところを拾われた時は、契約結婚を申し入れられたわ。彼はすでに病を得ていて、事業は縮小させていたし、たくさんの女性を侍らせて虚勢を張ることも出来なくなっていたから。『新しい戸籍、そして私が遺す資産はすべてやろう』って。けれど、彼はすぐに諦めた」
「なぜ」
「私が、当時の私は10歳だったから。あと少しで11歳ってころだった。すっごく大人びて見られるタイプなのよ、私。身体ばっかり成長して。中身は自分の名前も書く事の出来ない馬鹿な子供でしかなかったけれどね」
「10歳の君が?」
「えぇ、そうよ。だって私は娼婦の娘だったのだもの。父親が誰かも分からない。娼婦の癖に、たくさんの情夫がいて、そいつらが『娘と一緒にやらせろ』って言い出す度に娘を殴って、でも情夫も追い出すような。そんな生活を送っていたわ」
「そうか。おかあさんは娘を守ってくれたのか」
ヒューイはホッと胸を撫で下ろした。
母親であることより自分が女性であることをこそ優先する者は実際には少なくない。そのことを大学で教鞭をとるようになったヒューイは知った。
だから、幼い娘の母親がそういった女でなかったことを喜んだ。しかし、
「母は、情夫相手に娘の処女をタダで浪費するつもりがなかったというだけよ」
「なっ」
あっさりと現実を突きつけられて、言葉を失う。
「それと、自分だけでは満足できないと言われたことが悔しかっただけ。だから、情夫を追い出した後はいつも必ず暴力を受けるの。散々ね。もちろん暴言付きでよ。『どうせお前も私と同じ娼婦になるしかないんだ。あぁなんでお前はまだ未成年なんだ』ってよく言われたわ。超高額で売り飛ばしちゃうならともかく、家事とか一切をやらせたり憂さ晴らしに暴力を揮ったりする相手も必要だし、継続的に売春の上前を跳ねるつもりならせめて16歳にならないと不味いっていう常識だけはあったみたい。娼婦法は未成年者を働かせてた者に厳しいから」
世界で最も古く原初の時代からある職業。それが娼婦だ。
いつの時代も無くなることはなく、弱い立場の者が最終的に就く。
だからこそ各時代統治者たちは挙って娼婦たちを守る法律を作ってきた。
「でもね、最初はお断りしたの。だってお金を貰っても母に取り上げられてオシマイだし。だから代わりに『勉強ができるようにして欲しい』ってお願いしたわ。そうしたら娼婦以外の仕事に就けるでしょう?」