6.ヒューイ・ケーリーの真実
「なるほど。君も『親の再婚等による氏名変更に関する特例』の権利を使用したのか」
「あなたの親は再婚も離婚もしていないのにね。少し、“等”という言葉を拡大解釈しすぎたのではないかしら」
一々混ぜ返す女子学生に、ヒューイの怒りは今にも我慢の限界を突破しそうだった。
「学長が認めて下さったんだからいいんだ」
ふいと横を向き、できるだけ軽い口調で嘯く。
早く本題に入りたいのに、うまく会話の主導権を取れない。ストレスを怒鳴り飛ばすことで吹き飛ばしたい気持ちはあったが、たぶんきっとそれを狙っている相手に、隙を見せる訳にはいかなかった。
こんなところで学生に対する高圧的な嫌がらせを受ける訳にはいかない。
ただでさえ、助教の身分で卒業するに値する成績を修めた成績優秀者の経歴にチャチャを入れているのだ。
その学生から不当な要求をされたのだと訴えられたりでもしたら、努力して積み上げてきたヒューイの人生が終わる。
「なんて図々しい。あなたが嫌っていたおとうさまの威光を笠に着て、貴族特権を振りかざしたのでは? それってダブルスタンダードっていうのではありませんか」
「なんとでも。学長の判断に異議があるならば、学長に直接言うんだな。俺は相談をしただけだ」
ああ言えばこう言う。
お互いにそう思っていると分かる睨み合いがふたたび続く。
「それと……ひとつ訂正させろ。俺は父を嫌ってはいない。家を出たのは、父こそが、俺の顔など見たくないだろうからだ。最愛の妻の命を奪ったのは、俺なのだから」
あれだけ強気で呼び出したにもかかわらず、説明する声が震えてしまった。
ヒューイは自分が情けなかった。
「あなた、何を言っているの?」
「“稀代の才子ロダリック・ケーリーがその事業を縮小し、女にだらしがない腑抜けになってしまったのは、唯一と定めた愛妻を息子に殺されたからだ”」
「っ……それは」
「俺にだって耳くらいある。幼い頃こそ目の前で話すような大人げない者は近くにいなかったが、世界が広がれば面白がって又聞きしただけの面白おかしい噂の真偽とやらを直接糺しに来る馬鹿も出る。そうして、その情報が正しいのかどうかを父に直接訊ねるような真似こそしなくても、自分で調べられるようにもなるものさ」
「……ヒューイ」
「そうして、真実を知ってしまった子供としては、それ以上父親の傍にいるなんて出来る訳がないんだ。そこまで恥知らずではないし、居た堪れなさ過ぎる」
「それに関して、ロダリック本人に確認はしたの? 彼はきっと、ううん絶対に否定したはず」
それ以上、自虐は聞いていたくないとばかりにイラが口を挟んだ。
歳上のウザい義理の家族が吐き出す愚痴など、確かに聞いていたくなどないだろう。ヒューイもそれは理解できる。それでも、最後まで言い切ってしまわねば、落ち着かなかった。
「はっ。息子本人から訊ねられて、『お前が私の唯一を殺したからだ』なんて言えてしまうほど、父は腐ってはいないさ。まぁ噂が真実だったとしても、否定くらいはしてくれるんじゃないかな。つまり、訊いても意味はない。傷つくだけだ、お互いに」
段々と声がちいさくなっていくと共に、ヒューイの視線が下がっていく。
「けれど、真実だったからこそ、家出した息子の走り書きを盾に、探すこともしなかったし、死ぬまで一度も連絡を取らずに済ませた。それが事実で、そんな奴に遺産など残したくないという意思表示なんだろう。分かっているさ」