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2.ロダリック・ケーリーという男



 ロダリック・ケーリー。稀代の才子。たった一代で莫大な資産を生みだした情熱は、実は幼い頃に恋焦がれたただ一人の女性への愛を手に入れる為のものであったことは有名だ。

 元々才覚があったのだろう。投資家としてめきめきと頭角を現し、あっという間に当代随一とまで謳われるようになったのだ。


 勿論、彼が美男子であったことも大きかった。

 本人は忙しさからなのだろうが、艶やかなブルネットは手櫛で無造作に後ろへと流しているだけなので、前髪がしょっちゅうひと筋だけ額へ落ちてくるのだ。それが書類を読む時、無意識に邪魔だと思うのか無造作に掻きあげる。

 「その時の大きな手がセクシー」なのだと巷で噂になった。

 ひと目その仕草を拝む為だけに、淑女たちは自分達の資金のみならず家の資産を増やしたいのだと彼へ資産運用の相談に通い詰めたのだ。


 そうして実際に、彼へ任せた資産運用でマイナスを背負った者は出ず、誰もが喜んで投資の継続を願い出る結果を手に入れ、次第に淑女たちのみならず彼女らの夫も顧客へと繋がっていった。


 そのすべてを成功させた。才覚だけでは成し得ない。それだけ彼には運もあった。


 齢三十を過ぎた頃、その業績を認められて男爵位を得ることになり、ケーリー男爵を名乗ることとなる。

 爵位を得ても独り身を貫き、どんな美女からの誘いも「どうしても忘れられない初恋の相手がいるんだ。間に合わなかったけど。彼女を裏切れないよ」と躱すロダリックの言葉を信じる者はいなかった。

 何がどう間に合わなかったのか誰にも分からなかったし、そもそもどんなとびっきりの美女や美男からの誘いも受けないのだ。

 アイツは金儲けの神と結婚したのだと揶揄された際に、「どうしても忘れられない初恋の相手がいる」と言い出したのが最初だったから、恋する気持ちがわからない野暮男と言われるのが嫌で考え出した言い訳だろうとまで言われる始末だ。

 それでも彼なりにウィットを利かせた断りの言葉なのだろうと、その言葉を言われたらそれ以上押さないといつしかルールのようなものもできあがり、周囲から受け入れられていった。


 それなのに。四十に届きそうになった頃、突然同じ歳の貴族女性を娶ったと大騒ぎになった。

 女性は半年前に伯爵家より「子が産めない」と離縁された女性だった。

 浮気相手の女性との間に子供が出来たからと追い出されたところへ、ロダリックが攫うように迎えに行ったのだ。

 着の身着のまま追い出され実家へ歩いて帰る途中だったという。


 その女性こそ、幼い彼の初恋の相手であった。


「子供ができるとかできないとか。どうでもいい。俺は貴女の手を取れる人間になる為に努力してきた。貴女が他の男と結婚しようとも。恋した貴女に恥じない為に。だからどうか、ここまで頑張ったご褒美として、この先ずっと俺の横で笑っていてくれないだろうか。貴女を守る権利が欲しいんだ」


 つまり、彼の言葉はウィットを利かせた断り文句などではなく、事実であったのだ。


 億万長者の夢を叶えただけでなく、平民が努力によって爵位を得て初恋であった貴族女性との婚姻を叶えた

 そしてついにその資産と知名度を以って、彼が積年の初恋を叶えて唯一と見定めた女性と結婚を果たした時には大騒ぎになった。


 更に彼の幸せは続く。

 不妊として離縁された夫人が結婚半年ほどで妊娠したのだ。


「あぁ、神よ。この幸運に感謝します!」


 そうしてそこが、確かに彼の人生の絶頂だった。


 息子の出産時の出血が原因で、最愛の妻が、彼の唯一であった愛しい女性は、その命を儚くしてしまったのだ。


 唯一であった最愛の女性を喪ったことで、それまでどれだけの美女に誘惑を受けても受け入れたことなどなかった男が、箍が壊れたように両手に抱えきれないほどの美女を連れ歩くようになった。


 仕事はする。まるで魔に取りつかれたように、彼は資産を増やしていった。

 そうして結果を残し資産を増やす度に、囁かれるようになった。


『あの男は、最愛の女性を贄に悪魔と取引をしたのだ。永久に投資という勝負で勝てるようにね』


 妬みから悪意を囁いた男たちから事業を乗っ取り、資産を奪い、その腕に抱いていた愛人たちを奪う。


 そうやってまたロダリックは大富豪としての地位を確たるものにしていった。


 強さと資産は女たちを誘う誘蛾灯の役割を果たし、彼の行く先を妖しく照らした。

 皮肉気な笑い方を覚え、纏う空気すら退廃的で淫靡なそれになっていく。

 噂はより過激になり、刺激と金を求めて美しい美女たちが彼の腕に抱かれることを求めた。

 独身の頃とはまったく逆の、どんな求めにも応じる鷹揚な態度。勿論去る者を追う事もない。

 そんなロダリック・ケーリーを襲った幸運も不運も、人生すべてが、人々の心を惹きつけてやまなかった。


 ただひとり、最愛の女性の忘れ形見でもある愛息の心だけは、そんな実の父親からどんどん離れていった。


 父ではなく母の親族に保証人となってもらう事で全寮制の学園へ入学手続きを自分自身の手で行なったヒューイ・ケーリーはその学園を卒業するまでの6年間一度たりとも家へ帰ってくる事はなかった。


 そうして卒業してからも、戻ってくる事も、どこで何をしているのかも知らせてくることはなかった。


 だた、寮から返却された彼の着替えや制服といった所持品には「探さないでくれ。とうさんの側には居たくない」という走り書きがつけられていた。


 以来、本当に音沙汰のなくなった息子を探すことをしないロダリックは、駄目な親なのかもしれない。


 しかしその時、すでにヒューイは18歳。

 ロダリックが一番最初の会社を自分で興した時の年齢だった。


「助けを求められたなら幾らでも手を差し伸べるけれど。男の子だからね。自分でやってみたいことがあるなら、やるべきだ。過保護な父親の手など邪魔なだけだよ」


 そうして実際に、ロダリックはヒューイを探すことはなかった。

 ヒューイもロダリックへ連絡を取ることはしなかった。

 勿論、息子として父親に助けを求めることもないまま歳月は過ぎて行った。



 齢を重ね艶やかだったブルネットに白い物が混じり出しても、口元に大きな皺が入るようになっても、ロダリックの周囲には美しい女性が集まった。


 そんな日替わりで侍らせている女性が変わるようなロダリックの生活が変わったのは、十年ほど前のことだ。


 ある若い女性を見初めたロダリックは、出会ってひと月も経たないその女性との入籍を発表したのだ。


 すでに式も済ませたのだと写真のみを新聞で公開した後は、世界中に建てた別荘を彼女とふたりで旅して回っている。


 事業は拡大をやめ、自身の投資のみに絞って継続した。それでも彼ひとりの人生では使いきれないほどの利益を生み続け、総資産は増えていくばかりだ。


「歳をとっても、新たに色ボケをしようとも、あの男の投資に関する才覚は非凡すぎる。神が与えし力だ」


 華やかなパーティーの席に一切顔を出さなくなったロダリックは、時折思い出したように美しい妻と連れ立って豪華客船での旅に出たり、競馬場の特別観覧席で甘え合ったりしているのを見かけられ、その健在をアピールしてきた。


 時折、古い友人に捕まることはあったが、

「遠慮して欲しいな。俺は今、長い新婚旅行の最中なんだよ」

 そう言って、派手な服で着飾らせた歳若い妻の細い腰を抱き寄せ、その頭にくちづけを落とす。視線は妻から離すこともしない彼の、隠すつもりのない溺愛っぷりに、金儲けを持ち掛けようとした者たちすら諦めるのだった。

 金目当てかに思われた妻も、安心しきった様子でロダリックの腕に囲い込まれて幸せそうに夫を見上げて微笑んでいて、「お邪魔したね」と苦笑いで古い友人を揶揄うことを諦めた。


 そうやって、再び得た愛する女性を囲い込み、幸せな人生を謳歌していると信じられていたというのに。


 ロダリック・ケーリー名義で世界各国にいる親族や知人たちへと発送された封書は、彼自身の葬儀の招待状であった。




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