1.性豪と呼ばれた男、その葬儀にて
荘厳なパイプオルガンの演奏が響く中、司教による祈りの言葉が綴られていく。
すすり泣く声が上がることもない。
生前の彼をよく知る者のみが参列している葬儀は、いまだに誰もが彼の死を信じ切れていないような不思議な雰囲気のまま、淡々と恙なく進んでいく。
参列者たちが一輪ずつ配られていた真っ白い薔薇の花を震える手で豪奢な棺へ献花として捧げていく度に、彼の姿が覆い隠されていく。
エンバーミングと呼ばれる遺体修復防腐処理を受けたロダリック・ケ―リーの身体は今、透き通るように白く滑らかだ。
参列者たちは皆、どこか陶器にも似てた冷たく硬い彼の遺体を目の当たりにして初めて、その鬼才の死を実感し言葉を失い、この葬儀が茶番などではないと理解した。
参列席に戻って呆然とする者、実感した死に涙を浮かべる者、もう二度と彼の皮肉気な笑みを見ることはないのだとすすり泣きをする者、それぞれがその死を悼む沈痛さが教会に満ちる中、喪主であるライザが、会場の中でたった一輪の赤い薔薇、喪主としての献花を彼の胸元へ捧げようとした時だった。
閉じられていた教会の中央扉が勢いよく開かれ、大股で入って来た男が叫ぶ。
「ケーリー男爵家の正統なる後継者・ヒューイ・ケーリーが宣言する。父ロダリック・ケ―リーの葬儀の喪主を売女が務めるなど許さない。今すぐ出ていけ!」
参列者の中からその名が波のように囁かれていく。
ヒューイ・ケーリー。
もう二十年以上も前にロダリック・ケーリーの元から独立して以来、その所在も生死すら不明であったひとり息子の名前だった。
たしかに彼の息子と同年代であろう、三十代後半には見える。
しかし線の細い神経質そうな顔立ちは、皮肉気な笑みが似合い胆力があってそれでいてどこかセクシーですらあったロダリックにはまったく似ていない。
それでも彼によく似た大柄で堂々たる体格をしていたし、今、ライザを睨みつけたまま視線を揺らす事のない瞳はロダリックと同じ蒼色をしていた。
しかし、背の高さと瞳の色が同じだけでは、到底彼と生き写しだとは言えない。
だから参列者達の中にいる、まだ十代の成長期にあった少年ヒューイを知っている者からすれば、目の前に立つ男がヒューイ・ケーリーその人であるとは思えなかった。
だが、若かりし頃のロダリックを知っている者たちは、なるほど面影があると納得した。