強盗
「事故かな?」
呆然としている楓に手を差し伸べると、ほんの少し躊躇したあと、楓はおれの手を握って立ち上がった。
「店長が、店長がカウンターにいたはずなんです」
車両で塞がれたカウンターに目を向けながら、楓が呟いた。
「誰かいるの?まずいな」
真っ黒な車体を持つ巨大なRV車のエンジンは、いまだに唸りを上げ続けている。鼻を突く刺激臭からすると、車体のどこかからガソリンが漏れているかもしれない。引火したら店の中はあっという間に炎に包まれてしまう。
黒い雄牛のようなRV車を見つめている楓の肩を揺すると、楓は正気に返ったような面持ちでおれを見返してきた。
「きみは119番して救急車を呼んでくれ。おれは車の下を探してみる」
事故なら警察も呼ばなければならないのだろうが、今はとにかく怪我人の救助だ。
おれはRV車に近づき、車体の下を覗き込んだ。唐揚げやらポテトが散乱する床と車体の間に、楓と同じ緑の制服を着た男の姿が見えた。
「大丈夫ですか?今助けますから」
男の腰の上に、RV車の巨大な後輪が乗り上げている。おれの声が聴こえたのか、男の口から弱々しい呻きが聞こえたが、満足な返答は返ってはこない。おれ一人の力でこの車体を動かすのは無理だと判断し、おれはスマホを取り出し警察に連絡しようとした。
「ちょっと待て、お前。どこに電話しようってんだ?」
真っ黒なRV車の真っ黒な窓が開き、助手席に座った男と目があった。さしておれと年齢が変わらなそうな見た目だが、銀髪に染めた髪をスキンフェードにしている見るからに危なそうな男だった。
「け、警察に」
「ちょっと事故っただけだからさ。警察なんか呼ばないでよ」
「えっ、な、なんで」
おれは首を巡らし、店の中の惨状に目を向けた。これをちょっと事故ったという言葉で表現する男の神経はまともじゃない。
「ま、呼ばなくてもそのうち来るんだけどよ」
ドアを開けて車外に出てくると、派手な赤のジャケットに付着したガラスの欠片を払いながら、男はおれに笑いかけてきた。
「連れが運転しくじっちまったんだよ。誰だってしくじることはある。だからさ、お巡りなんか呼ばないで、見なかったことにしてくんねぇかな」
「でも、怪我人がいるんです」
男の言う事がおれにはさっぱり理解できなかった。今は一刻も早く助けを呼ぶべきだ。
「怪我人?ああ、この下?」
男は車体の下を覗き込むと、男は顔を上げて首を振った。
「ありゃあ駄目だ。もう助からねぇよ。だからさ、スマホを寄こしな」
男が右手を差し出した。おれの手にしているスマホを取り上げ、通報を妨げる気だ。
「助からないって、なんでそんなことが判るんですか。とにかくあそこから引きずり出さなきゃ」
男が首を傾げ、大きく溜息を吐く。
「面倒だなお前。わかった。ちょっと待ってろ」
そういうと男は助手席の窓に首を突っ込み、大声を上げた。
「昌二。車の下にいる奴を始末しろ」
反対側のドアが開き、ごつい体格の男が車外に出て来た。昌二と呼ばれたその男は、腰のベルトから大型のハンティングナイフを引き抜きいた。
「今から気の毒な野郎に留めを刺してやる。これはお前の指示でやることだからな。お前が面倒なこと言わなきゃ、おれらだってこんな無茶はしなかった。解ったな?」
銀髪が捲し立てるが、言ってる意味が全然解らない。おれは怪我人を助けたいだけなのに、どうして留めを刺すという話になるのだろう。
「待て、待ってくれ。スマホは渡す。だからその人を刺すな」
昌二が動きを止めた。銀髪はおれの手からスマホを受け取ると、床に叩きつけてバラバラにしてしまった。
「うん。これでよし。すっきりした。これ古い機種だろ?そろそろ買い替えの時機だよな」
銀髪は友人のようにおれの肩を抱くと、RV車のリアハッチを開いて中を見せた。
「でさ、ちょっと頼みたいんだけど」
RVの荷台には、銀色のジェラルミンケースがふたつ並んで置かれていた。この種類のケースは見たことがある。だいたいが映画かテレビで、中には札束が詰まっている。
「こいつを持って、おれと昌二のあとをついてきてほしいんだよな」
貧弱なおれの肩をパンパンと叩きながら、銀髪が歯を剥き出して笑った。
「お、体鍛えてるね。肩なんか筋肉隆々じゃない。これなら大丈夫だ。全然心配ねぇ」
銀髪は勝手に頷き、ケースを手前に引き寄せた。
「1個20キロあるんだけど、お前なら楽勝。おれらが別の車捕まえるまででいいからよ。ちょっと運んでくれない?」
これだけの事故を起こしておいて、警察を呼ぶなという。つまりこの二人組は、警察を呼ばれてはこまる物を運んでいるということだ。
「強盗なのか?」
「言葉悪いね、きみ。これはな、お願いして渡して貰ったんだよ。現金輸送車の人に丁寧に頼んでな」
男は上着を捲ると、脇の下に吊るした拳銃をおれに見せつけた。
「さて、急ごうか。のんびりしてるとお巡りさん来ちゃうからさ」
「犬養さん」
おれと銀髪は声のする方に顔を向けた。車の脇に、スマホを持った楓が立っていた。
「あの、救急車呼びました。店長は、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。ぴんぴんしてる」
おれの代わりに銀髪が答えた。
おれは楓に逃げろと言うとしたが、おれの背後には昌二がいて、おれの背中にナイフを突きつけている。