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ブラック・パペット   作者: 氷川泪
第一章 黒いパペット
7/68

衝撃

 出来損(できそこ)ないの犬のぬいぐるみのようなパペットを左手に嵌めたまま、おれはあてどなく繁華街を歩いてまわった。


「どうだいハハーン、新しい世界は。人が多くって明るいだろう?」


 左手の人形に話しかけてみるが、ハハーンから返事はない。真顔でパペットに話しかけているおれを見て、露骨(ろこつ)に道を(ゆず)る人も少なくなくない。


 ひとしきり街中を歩くと、おれはアパートの近所まで引き返してきた。ハハーンに変化は無いし、蒸し暑い夏の夜を歩き続けることにも飽きてきていた。


「コンビニ寄って帰るか」


 夕飯とビールでも買ってアパートに帰り、サブスクで映画でも見て(ひま)を潰そうと考えていた。夕方まで寝ていたせいで全身の筋肉痛は(やわ)らいでいたが、明日は仕事だから、あまり夜更かしをするわけにもいかない。


 コンビニの中に入り、適当な夜食と缶ビールを取ってレジに向かった。


「あ、ヘンタイの人」


 レジで会計をしようとして硬直した。レジにはコンビニの制服を着た楓が立っていた。


「あ、あ、あ~、う~っ」


 ここでバイトしてるんですかと言いたかったが、混乱していたせいであ~とかう~としか言葉が出て来なかった。楓が急いでいたのは、バイトに遅れそうだったからに違いない。


「袋はご入用ですか?」


 不必要なほど冷たい声で楓が(たず)ねてきた。


「ふ、ふくろう、ですか?」


「ふくろうは鳥です。コンビニで鳥を売ってるの見たことありますか?」


 聞き間違いを訂正することもできず、おれはただハイスイマセンと間の抜けた返事をした。

 楓は(あき)れた表情でおれを見ると、カウンターの下からビニール袋を取り出しておれが買った商品を詰め始めた。


「袋はサービスします」


「あ、ありがとうございます」


 袋詰めした商品を差し出されたおれは、楓に向かって左手を差し出した。


「あっ!」


 小さな声を上げて、楓がおれの左手に視線を向けた。つられて目を向けると、ハハーンが楓の手首に嚙みついていた。


「な、なにしてんだよ、お前」


 楓の手首に噛みついているのは、人形ではない本物のハハーンだ。小さいとはいえ、口の中には鋭い牙が何本も生えている。


「い、痛いです」


 楓が顔をしかめておれを見る。だが、どうやっても、ハハーンと化したおれの左手はかえでの手首から離れなかった。


「フンッ!」


 ハハーンの体が動き、連動しておれの左腕も動いた。右手首をハハーンに噛みつかれたままの楓の体がカウンターから引きずり出されて宙を()った。


「何するんだ。やめろハハーン」


 大声で叫んだが無駄だった。なぜならおれの声は、コンビニの自動ドアを突き破って突進してきたRV車の凄まじい衝撃音に()き消されてしまったからだ。


 宙を飛ぶ楓の体を抱き()めると、突進してくる巨大なRV車のフェンダーを避ける為、おれは後方に飛んだ。

 店のカウンターを破壊し、陳列棚(ちんれつだな)に並んだ商品を派手に撒き散らしながら突っ込んできたRV車は、カウンターにいた従業員を跳ね飛ばしながら奥の壁に激突して停止した。


「いってぇ」


 店の半分を破壊して停車したRV車から10㎝も離れてない床に転がったおれは、顔をしかめながら上体を起こした。

 

「あの・・・・・」


 声を掛けられて気づいたが、おれの両腕は楓の体をしっかりと抱きしめていた。


「あ、ごめん。大丈夫?」


 楓を離して立ち上がった。店の中は爆撃でも受けたように大破(たいは)していて、飛び散った商品と剥がれ落ちた天井の残骸で足の踏み場もない有様だ。

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