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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

好きな話をあなたと一緒に

作者: はたたがみ

「ミノリ、台本書いてよ!」

 いつもクラスの中心にいる誰だか知らない女子生徒が初めて話しかけてきた瞬間だった。常日頃から本を読んでいたせいで物語を作るのが得意だと勘違いされたのだろう。文化祭でうちのクラスがやることとなった演劇の命運を私は半ば強引に握らされてしまった。

 とはいえ他に適任な相手が思いつくわけでも無く、私は内心頭を抱えつつもその役を引き受けた。

「どうしよう。もう無難に古典とかでいいかな?」

「ボクに言われても」

 たまたま部室に遊びに来ていたアカシが困ったように返した。

「ミノリがそれで納得するかどうかでしょ。どうせ古典だろうと創作だろうとみんなそれでいいって言うだろうし、文句言う奴は何書いてもどのみち文句言ってくるよ」

 話が思いつかないことではなく書いた台本の内容にあれこれ言われることの方が怖い。そう見抜いてくれたのはありがたいけど、どうせなら解決策を求めているのではなくただ愚痴をこぼしたいだけというところまで読んで欲しかった。

「どうせ愚痴聞かせたいだけで書く気はあるんでしょ? ボクに唆されたって言い訳していいからさ、早く書きなよ」

「読んでも嗤ったりしないよね?」

「ボクが今までそんなことした?」

 アカシの言ってることは正しい。私と彼女がまだお互いの母親に抱き抱えられて過ごしていた頃に出会って以来、彼女は一度たりとも悪い意味で余計なことはしなかった。

「分かった。書く」

「原稿用紙とパソコンどっちがいい?」

「原稿用紙……で書きたいけど、パソコンの方が便利だと思う」

「ちょうどここに前者がたくさんあるんだけど」

 どこに仕舞っていたのか分からない量の紙束が机の上にどすんと置かれた。一中学のクラス演劇がどの程度の尺を要するのかは知らないが、少なくともこんな小説1冊書けそうな量ではないと思う。

「多いよ。こんなにいらない」

「いると思うよ。ミノリのことだからまずアイデア全部吐き出したくなると思うし」

「学年主席ってそんなことまで分かるの?」

「ミノリだから分かったんだ」

 アカシは屈託の無い笑顔を浮かべて見せた。顔がいい。

 私の兄もそれなりに端正な顔立ちをしているものの、アカシのそれには敵わないと思う。魅力の判定基準なんて私には全く明瞭にすることはできないが、他人が見てどれだけ胸がドキドキするかである程度は比べられると思う。アカシはあまりにも相手が悪い。

「ありがとう。頑張る」

「ボクは本でも読んでるから、何かあったら声かけて」

「うん」

 アカシは部室の隅の椅子に腰掛け、昨日発売されたマンガの新刊を鞄から取り出した。今日は持ち物検査の日だったというのに、どこに隠し持っていたのだろう。

 生徒間では案外よく知られた彼女の一面を視界の端にやりつつ、私は筆記用具入れのファスナーに手をかけた。




 幼い頃、誕生日プレゼントで本を貰った。当時の私みたく小さな子でも読みやすいよう大きな字と挿絵で構成された小説だ。おもちゃの類を貰えると思っていた私は意外なチョイスに驚きはしたものの、大人になれたような気分が勝り嬉々としてプレゼントを受け取った。

 この時の両親を評価する点を挙げるとするなら、単純に面白い本を選んでくれたことだ。説教臭くもなく、深いメッセージを伝えてくることもなく、兎に角盛り上がって「楽しい」と思えるような話だった。つまりただの娯楽。それが幸運だった。

 たくさん本を読んだ。常識外れというほどではないが、大して読書に興味の無い人間ならたくさんと見做し得る量を読んできた。どこの図書館にも置いてあるような有名な小説から手をつけ、次第に自分で買うようにもなった。


 当然気に入らない話もあった。

 好きだったキャラクターが死んだり、主人公が私が期待していたのとは違う相手と結ばれたり、容姿にしろ性格にしろ私が望んでいなかった変化を遂げてしまう人物がいたり、色々あった。

 やがてそれらが私の好みでないと同時に世間一般では支持する声の方が多い作風だと知った。


 その時私は初めて()()()()と思った。




 自販機でしか売っているのを見たことないジュースが意識の外から机に置かれた。アカシが下の階で買ってきたらしい。

 私はさっきまで目にも止まらぬ速さで走り続けていた鉛筆を握る手を止めた。

「どんな話?」

「昔この町で流行った都市伝説」

「ああ、あれか。20年以上前だっけ」

「うん。私とかアカシの親がまだ高校生かそれより下の頃」

 この町に住んでる人間なら大抵1回は聞いたことがある有名な話だ。単なる噂話の類では済まなくなり、集団下校も行われたという。

「確か怪獣が出るとか何とか?」

「うん、そう。怪獣」

 当時何人も行方不明になったらしい。幸い怪獣に食べられたと噂されていた人々は後にいつの間にか帰宅していたり警察に保護されたりといった形で全員が発見され、怪獣の噂も次第に勢いを失っていった。

「あれって結局、ただの根も葉も無い噂話で終わったでしょ?」

「まあね。都市伝説なんてそんなもんだよ」

「私、その終わり方が嫌い」

 嫌いと言い放った瞬間、後戻りができなくなった気がした。

「怪獣はいたってことにしたいし、行方不明者の扱いももっとスカッとするやつに変えたい。だからそうなるやつを書いた! 途中までだけど」

 アカシが原稿用紙の束を手に取った。見ていいかと言いそうな目をしていたので、無言で頷き返した。

 アカシは本当に読んでいるのか疑いたくなるようなスピードで紙を捲っていった。長い付き合いなので彼女の頭にはちゃんと入っていると分かる。

 物語が中盤に差し掛かる頃、突然彼女のページを捲る手が止まった。

「……ミノリ、この欄外に書いてあるメモは何? 吸血鬼の女性が出てきたシーンの上の『アカシに演じてもらう』ってやつ」

「文字通りの意味だよ」

「ボク、ミノリとクラス違うよ?」

「その役はアカシが1番似合ってる。うちのクラスの人も文句言わないと思う」

「ええ……」

 アカシの視線が原稿用紙から外れ、天井を仰ぐ向きに変わった。

「ボクのクラス喫茶店やるんだけど。ていうかボクが着る衣装だけ何故かもう作られてるんだけど」

「パンツスーツとかタキシードとかでしょ? そのままで来て。役に合うから」

 アカシはどこか困ったような顔をしていたが、結局最後は彼女のクラスの面々を説得して舞台に立ってくれるのだろうという確信が私にはあった。

 文化祭、少し楽しみになってきた。

ミノリ

漢字だと「実」と書く。兄がいる。


アカシ

漢字だと「証」と書く。母親似。

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