領主の騎士(3)
ゲホッ、ゲホッ、と苦しげに何度も咳をして、くせ毛の騎士は口に詰め込まれた料理を吐き出した。
そしてじろりとアイラの方を見て、こう叫ぶ。
「このクソガキ! 俺たちが誰だか分かってんのかッ!?」
「お前こそ私が誰だか分かっているのか?」
「知らねぇよ!」
騎士は唾を吐いて言う。ルルは小さな声でアイラにこう伝えた。
「アイラ、やるなら外に出てください。あなたが店を破壊したら修理費を払わなくてはなりませんから」
「分かった」
アイラが店の外に出ると、「逃げる気か!?」と言いながら騎士たちが追いかけてきた。けれどアイラはもちろん店の前で待っていた。
そして騎士たちが店から駆け出てくると、彼ら五人を宙に浮かせる。
「な、なんだっ!?」
「こいつ魔法使いだ!」
騎士たちは腰から剣を抜いたが、上手くバランスが取れずに空中でじたばたともがく。一人の騎士がアイラに向かって剣を投げたけれど、それを触れずに止めるくらい、アイラには朝飯前だ。
投げられた剣を地面に捨てた後、アイラは騎士たちをさらに天高く持ち上げた。
「お、おい……!」
「ひぃ!」
周囲の家々の屋根、そして近くにある教会の屋根の高さすらも越え、騎士たちはミニチュア人形に見えるほど小さくなる。
「やめろ! 俺たちにこんなことをしてどうなるか分かってるのか!」
「下ろせッ!」
騎士たちがわめく声もよく聞こえない。
「まだ元気そうだな」
アイラはそう呟くと力を使うのをやめた。すると当然、騎士たちは一気に地上へと落下する。
「ぎゃぁぁああ!」
騎士たちはみんな悲鳴を上げ、恐怖に目を見開いて空から落ちてきた。そして地面にぶつかる寸前で、ぴたりと止まって宙に浮く。アイラがまた力を使ったのだ。
騎士たちはしばらく何も言えずに、ただハァハァと息を乱していた。吹き出た冷や汗が地面に落ちる。
いつの間にか店から黒髪の騎士も出てきているし、窓からは店主や客たちがあっけにとられた様子でこっちを見ていた。
「反省したか?」
「……っ、てめぇ!」
アイラに見下ろされると、くせ毛の騎士たちはまた勢いを取り戻す。地面近くで浮いたまま、無様な格好で叫ぶ。
「この魔法を解きやがれ! 俺たちは領主の騎士だぞ! 俺たちに逆らうと言うことはアイリーデ公爵に逆らうということだ! この事を報告すれば、ご領主様はお前を――ッああああ!」
うるさいので、もう一度天高く浮かせる。
「二回目」
「ギャアアア!」
「三回目」
「アアアアッ……!」
落下を三度繰り返すと、五人のうちの二人が意識を失い、二人が吐き、一人が失禁した。
「もう一度やるか?」
「ま、待て! もういい! もうやめてくれ!」
「反省したか?」
「反省した! したからもうやめろ!」
吐きながら言うくせ毛の騎士に、アイラは尊大に顎を上げ、騎士たちを指さして言う。
「お前たちは弱いんだ。それを自覚しろ。私は弱い奴が強いふりをして偉そうにしていると腹が立つんだ」
「ううっ……何なんだ、こいつ……。イカれてる」
くせ毛の騎士たちは半泣きになりながら、気絶した仲間を引きずってよろよろと逃げていったのだった。
そこへ黒髪の若い騎士が来て、アイラに声をかける。
「君、俺より年下に見えるけどすごい魔法が使えるんだな。助かったよ」
そう礼を言った後で、心配そうに続ける。
「だけど大丈夫か? あんなことして。奴らはご領主様にこのことを言うかもしれない」
「言ったところで、公爵が自分の騎士のために動くとは思えない」
「まぁ……うん、それはそうか。だけどあいつら、仲間を連れてやり返しにくるかも。俺が言うのも何だけど、ご領主様のところで働く騎士たちって最悪なんだ。ご領主様が何も注意をしないから、この街で好き勝手してる。あいつらは騎士じゃなくただの悪党だよ。犯罪を犯したって誰も咎められないんだ。俺は中からその性質を変えようと思ってご領主様の騎士になったけど、一人じゃ無理そうだ」
「ふぅん」
アイラは黒髪の騎士が騎士になった理由には興味がなかったので、適当に相槌を打った。
騎士は続ける。
「もう俺はこの街から出ていこうかなって考えてる。こんなこと大きな声じゃ言えないけど……ご領主様があんなんじゃ、街も変わらないよ」
声を潜めてから、またアイラに話しかける。
「君、きっと違う街から来たんだろ? 他の街ってどんななんだ? ここより自由なのかなって想像するけど、あまり変わらないんだろうなとも思うんだ。だって王族がアレだっただろ?」
騎士はまた小声になった。
「頂点に立つ王族が腐ってたら、貴族だって腐るよな。でもこれからは、それが少しづつ変わっていけばいいんだけど。新しい王や、聖女様のもとでさ。ところで……」
黒髪の騎士はそこでさらに声を小さくすると、アイラに耳打ちして言う。
「君、もしかして最近話題の『黎明の烏』だったりする?」
「レイメイのカラス?」
「だって黎明の烏のメンバーはみんな魔法使いだって言うし、君も魔法が使えるだろ? それに雰囲気だって普通とは違う気がするんだ、君も連れの男も」
「レイメイなんて私は知らない」
「ああ、いいんだ、人に言えないのは分かってる。正体は隠さないとね。とにかく騎士たちの報復には気をつけて。あいつら君のことを怖がってたから、報復どころか君の姿を見れば逃げていくかもしれないけどさ。じゃあ、俺はこれで」
黒髪の騎士はそう言って去って行った。
「勝手に色々喋って勝手に帰っていったな」
「何を言われていたんです?」
店の出入り口の脇でずっと状況を見守っていたルルが、アイラに近づいて尋ねる。
「よく分からないが、レイメイのカラスだと勘違いされた」
「ああ、黎明の烏」
「知っているのか?」
「数日前、アイリーデで騒ぎを起こして話題になった一団ですよ。と言ってもメンバーは五人ほどしかいないらしいですが」
ルルが言うには、『黎明の烏』というのはアイリーデ公爵やその騎士たちに反旗を翻し、彼らの権力を失墜させようとしている若い魔法使いたちらしい。
「彼らは元々公爵たちに不満を溜めていたようですが、どうやらエストラーダ革命に感化されて自分たちも行動を起こしたようです。革命の翌日、街で傍若無人な振る舞いをする公爵の騎士たちを、魔法を使って叩きのめしたらしいのです」
その時に、自分たちはこの街に夜明けをもたらす『黎明の烏』だと名乗ったのだとか。
「白昼の行動だったので目撃者は多くいましたが、彼らは仮面で顔を隠していたそうです。けれど顔以外の容貌や声からして、みんな若者だったようですね」
「アイリーデにも反乱が起こるかもしれないのか。その黎明の烏たちの実力がどれほどなのかは知らないが、叔父上たちも殺されるのかな」
どうでもいいような、少し寂しいような気持ちで言った。
アイリーデ公爵はアイラの叔父で、その息子はいとこだから、他の貴族に比べて血縁が濃いこともあり、関わりも深かった。
王族となるべく関わらないで済むようにほとんど城に来ない貴族も多かったが、アイリーデ公爵たちは頻繁に登城していたために馴染みも深い。
「まぁ殺されたら殺されたで仕方がないか。……あ、それより私は食事の途中だった! プリンがまだ残っているんだ」
「公爵たちのことを心配しているのかいないのかどっちなんですか」
ルルにそう言われながら、アイラは店へと戻ったのだった。




