マドーラの革命(2)
「で、お前たちは聖女にお墨付きをもらったから、実際に反乱を起こすことにしたのか」
「そう、俺たちでもできるという勇気をもらったんだ」
アイラの言葉に、ベルトが答える。フォンクもジスも、他の若者たちも頷いていた。
アイラはさらに質問する。
「死ぬかもしれないんだぞ。その覚悟があるのか?」
「もちろんあるさ。だが人数ではこっちが勝ってるし、俺たちは若く、日々の仕事で体も鍛えてるからな。負けねぇ!」
自信ありげにニッと笑って言ったのはフォンクだ。
「それで勝った後は? 領主がいなくなったら誰がマドーラを治めるんだ?」
「それはまだ決まってねぇけど、うちの兄貴かジスがいいんじゃねぇかって話になってきてる」
「俺はどちらでもいい。別に領主になりたいわけでもないから、ジスに譲っても」
「俺もそこで争う気はない」
ベルトとジスはお互いを見てそう言い合った。
ルルは不安そうに尋ねる。
「自分が絶対にマドーラを治めるんだ、という強い気持ちがあるわけではないのですか?」
「いや、そういうわけじゃない。立候補者がいなければ引き受ける覚悟はある。ただ仲間内で争ったりはしないというだけだ」
「つまりあなた方の一番の目標は『今の領主を討つこと』なのですね。その後のことはまだあまり考えていない」
「いや考えてはいる」
ジスはルルに反論して言う。
「考えてはいるがきっちり詰められてはいないというだけだ。やってみないと分からないところもあるし、とにかく時間がない。――待て、誰か来た」
ジスはアイラやルルの後方を見て呟く。確かに足音も聞こえてきたので、アイラは後ろを振り返った。
「お前たちまたこんなところで……」
豚舎の裏にやって来た中年の男性は、呆れたように、そして心配そうに言う。
「悪だくみなんてするんじゃないぞ」
男性はジスを見て念を押した。詳しくは知らないかもしれないが、ジスたちが危険な計画を立てていること、薄っすらと気づいているのかもしれない。
中年男性は次にジスの隣にいるテレジアに視線を向けると、彼女の腕を掴んで引っ張りながらこう告げる。
「テレジア、家に戻りなさい。マーカス様とレジーナ様が来られてる。お前も挨拶するんだ」
どうやらこの中年男性はテレジアの父親らしい。テレジアは一瞬足を踏ん張って抵抗したが、父親も引きそうにないと分かると暗い顔をして歩き出した。
「俺も行く」
「下手なことをしてくれるなよ、ジス。失礼があるとテレジアの立場が悪くなる」
「……分かってる」
ジスとテレジアの父親がそんなやり取りをする。そしてこの場は一旦解散となった。ほとんどの若者は自分の家に戻っていったが、ベルトとフォンクはジスを心配して、一緒にテレジアの家に行くことにしたようだ。
「私たちもついて行くか。ベルトたちがいないとムスト村にも帰れないし」
「分かりました」
アイラとルルも成り行きでテレジアの家に向かう。ベルトたちから少し遅れて歩きながら、アイラは小声でルルに言った。
「アイリーデでもあったけど、ここでも領主を倒そうとしてる奴がいるとはな」
「サチやアーサー陛下が革命を起こしたことで、自分たちもやってやろうという気になるのでしょうね。気軽にと言えばおかしいですが、あまり抵抗なく反乱を起こしてしまう」
この国の国民にとって一番恐ろしい存在は神にも等しい王族だったが、その王族もほとんど死んで、恐怖による締め付けもなくなっている。
それは良いことのように思えたが、弊害もあるようだ。
「アイリーデにいた〝黎明の烏〟たちは、しっかり魔法を身につけて、目標も公爵を殺すだけだと定まっていた。動機も公爵に家族を殺されたからとか、そういう恨みからで強いものだった。でもなんか、マドーラの若者たちは見ていて危なっかしいんだよな」
「まぁ、反乱を思い立ったのも最近のようですし、計算された冷静なものではなさそうです。若いがゆえに感情的に行動している部分もあるでしょうしね」
ルルは前を歩くジスたちの背中を見ながら続ける。
「サチも若くて感情的に革命を起こしたように見えますが、彼女にはアーサー陛下や騎士たちが協力していました。発案者はサチでも、計画は彼らが立てたと思います。〝黎明の烏〟も魔法使いの集団で戦闘能力はある。対してこちらは村の若者たちだけ。やはり不安になりますね」
「子供や若者が大勢死んだら国の損失になる」
アイラは小さくため息をついて言う。
「フォンクは死ぬ覚悟があるって言ってたけど、実際は自分や友達が死ぬかもってこと上手く想像できてないと思う。人数でも勝ってるし、何だかんだで仲間から犠牲者は出ないんじゃないかって思ってそうだ」
そんな会話をしているうちにテレジアの家に着いた。小さな家の玄関は開け放たれたままだったので、リビングの様子も外から見て取れる。
テーブルの奥の席には、小柄な中年の男と細身の若い女が座っていた。二人とも豪華な衣装を身につけているのでこの素朴な家にいると違和感がある。
二人の護衛の騎士も数人、家の中と外に立っていた。
「マーカスとレジーナか。二人とも変わってないな」
アイラは遠目に家の中を見て呟く。マーカスはマドーラ領主の息子、レジーナは娘だ。二人は年が二十近く離れた兄妹なのだ。
マーカスは身長は小さめで、太い眉と顔の下半分を覆っている短い髭が特徴的だ。髭と同じく髪も黒く、肩より長い。それを後ろで一つに縛っていた。
レジーナは特に印象的な容姿ではないが、長い黒髪はよく手入れされていて美しい。彼女も髪は後頭部の高い位置で縛っている。
二人とも垂れ目だが、優しげというよりねちっこい印象だ。
「私を待たせてどこへ行っていたんだ?」
「申し訳ございません」
マーカスは座ったままテレジアを待ち受けていて、偉そうに言った。
そして次には満足そうにテレジアを眺めて続ける。
「やはりお前は美しいな。粗末な服を着ていてもこうなのだから、着飾ったらもっと人目を引くぞ。自慢できる妻になる」
にんまり笑うマーカスと目を合わせないよう、テレジアはおどおどと下を向いている。領主の息子であり次期公爵でもあるマーカスに気に入られるなんて、田舎暮らしの庶民の娘にとっては夢のような話のはずだ。
しかしテレジアが暗い顔をしているのは、マーカスの歳が自分より二十近く上でちっとも好きになれなさそうな相手であること、そして何よりジスという婚約者がいるからだろう。
「マドーラにいるのは野暮ったい娘ばかりだと思っていたが、まさかレジーナが私に見合う結婚相手を見つけてきてくれるなんてな」
マーカスは妹の頭を撫でながら笑った。
レジーナはテレジアのことを小馬鹿にするように鼻で笑った後、テレジアのそばに立っているジスへうっとりとした視線を向ける。
「ジスも元気そうね」
そしてジスがテレジアを支えるように彼女の腰に手を当てているのを見ると、レジーナはイライラした様子で言う。
「その娘はもうお兄様の婚約者なのよ。そんなふうに触らないで」
「まぁ、許してやれ。婚約者を私に取られる哀れな男だ」
マーカスは妹を諭すと、ジスを見て機嫌良さげに続ける。
「そうだ。お前はレジーナの婿になったらどうだ? なぁ、レジーナ、お前もこの男を気に入っていると前に言っていただろう」
「やだ、そんなこと覚えていたの?」
レジーナは恥ずかしそうに、しかしまんざらでもなさそうに返した。レジーナはテレジアという美しい娘を偶然見つけて兄に紹介したというより、以前からジスを気に入っていて、その婚約者であるテレジアを疎ましく思って兄と結婚させようとしているのかもしれない。
マーカスはジスが最高に不愉快そうな顔をしているのにも気づかず言う。
「この男も容姿は悪くない。礼儀作法を躾ければ何とか公爵家の一員になれるだろう。逆にマドーラでこの男以外に容姿でお前に釣り合いそうな男がいるか? 皆芋くさい男ばかりで――」
マーカスはそこで周囲の男性陣を見渡し、後ろの方にいたアイラやルルに目を留めた。
「おお、驚いた。あいつらは何だ? 男だが、テレジアよりも美しいなんて……」
見惚れて呟いた後、わずかに紅潮していた顔がだんだんと青くなっていく。マーカスは黙ってアイラとルルを交互に見ながら息をのむ。
「気づかれたかな」
「ですね」
アイラとルルは短く会話する。マドーラ公爵一家は、王族のご機嫌を取りによく王城にやって来ていた。なのでアイラはもちろん、アイラの奴隷だったルルの顔もよく知っているのだ。髪色や髪型、服装を変えたくらいでは、この二人には気づかれてもおかしくはない。
「ねぇ、ジス。考えてみて、私と――」
マーカスは目を見開いてアイラたちを見たまま、ジスを口説き落とそうとしているレジーナの肩に手を置いた。
「お、おい、レジーナ……、あれ……」
「なぁに、お兄様?」
面倒くさそうに兄に言われた方へ視線をやると、レジーナも大きく目を見開いて固まった。二人して数秒動かなくなった後、ぎこちない動きで立ち上がってそそくさと帰ろうとする。
「き、今日はもう日も暮れるし、屋敷に戻るか」
「え、ええ、そうね、お兄様」
家を出る前に、マーカスはテレジアに向かってこう言う。
「いいか、二日後に迎えに来る。公爵家に入れる喜びを噛みしめながら嫁入りの準備をしておくんだぞ」
「あ、待ってくださいっ、やっぱり私は……!」
テレジアは意を決した様子で声を上げたが、マーカスとレジーナは騎士を伴って逃げるように去って行ってしまった。村の外れに馬車を待機させているようだ。
「クソッ、あいつら……」
マーカスたちがいなくなってから、ジスは奥歯をぎりぎりと噛んで言う。ベルトやフォンクは励ますようにジスの肩に手を置き、言う。
「二日後か。もう時間がないな。明日にでも屋敷を襲撃しよう」
「いや、二日後まで待ってマーカスがテレジアを迎えに来たところをまず襲うのはどうだ?」
フォンクの提案にジスは頷く。
「いいな、それ。マーカスと護衛の騎士を最初に殺して、それから屋敷に向かうか。とにかく他の村の奴らにも決行の段取りを伝えにいかないと」
「おい、下手なことを考えるな」
止めたのはテレジアの父親だ。母親も心配そうに若者たちを見つめている。
「あなたたち武器だって持ってないんだから。剣を持っている騎士様にかなうわけないでしょう。危険な真似はやめなさい」
「クワやスコップがある。弓もあるし、ナイフや包丁も役に立つ。理不尽な扱いを受けないためなら、木の棒一本でも戦うさ」
「そんな命を投げ出すような真似、やめなさい」
母親が必死で反対するが、その母親を今度はテレジアが止める。
「お母さん、分かって。私たちはお母さんたちの世代とは違う。酷い扱いを受けても、相手の身分が高いからって耐え続けることはしない。戦うの。どちらにしろ、私はジスと一緒になれないなら命を絶つわ」
娘にそう言われて、母親は悲しげにうなだれた。
そしてベルトがアイラとルルに向かって言う。
「迷ってる暇はない、お前たちも革命に参加しろ。さっきマーカスたちに目をつけられてたし、奴らを殺さなきゃお前たちも自由を奪われるぞ。レジーナと結婚か、もしくは愛人にでもさせられるもしれない」
「うーん……」
「自分の人生を生きるために戦わないと」
「戦う以外に手はないのか? 話し合いとかさ」
アイラがそう言うと、ベルトは呆れたように言葉を返す。
「あいつらが俺たちの話を聞くと思うか? 俺たちのこと対等な存在だと思ってないんだぞ。聞く耳なんて持たない」
ベルトやジスたちは話し合って、襲撃の段取りを決めていく。と言っても複雑な計画は何もない。武器を持って公爵家の人間やそれを守る騎士たちを襲うというだけだ。
「決行は明後日。テレジアの家に来たマーカスと騎士たちをまずは襲い、その後領主の屋敷に突撃する。他の村の奴らには、手分けして明日伝えに行こう」
そう決まると、今日はもうそれぞれ家に帰ることになった。すでに日は落ち、辺りは暗くなっている。
ランプを持ったベルトとフォンクに連れられてムスト村に戻る途中、アイラは前を歩く兄弟には聞こえないくらいの大きさでルルに話しかける。
「マーカスとレジーナは相変わらずだな。ベルトたちが反乱を起こしたくなる気持ちも分かった」
「ええ。戦うしか方法はないというのも、確かにという部分はありますね」
「自分より地位が低い者の意見なんて聞き入れないだろうからな。マーカスたちより強い立場の者が注意しないと」
「でも王族がいなくなった今、公爵家の人間より強い立場の者なんているんですか? 異世界人で元々庶民であるサチや、庶子であるアーサー陛下のことだって下に見てますよ」
「まぁそうだろうな」
アイラは星がきらめき始めた空を軽く見上げて呟いたのだった。
翌日、朝からベルトもフォンクも用事があると言って出かけていった。その間に、アイラはいつも通り豚の世話をしているアラドにこう尋ねた。
「この土地の領主のこと、アラドはどう思ってる? ベルトやフォンクは嫌っているようだったけど」
嫌っているどころか殺そうとしているのだが、今はまだそれは言わなかった。
アラドは授乳中の母豚や子豚の様子を観察しながら、ちらりとアイラを見て答える。
「息子たちは若いから怖いもの知らずだ。まぁ気持ちは分かる部分もある……が、俺はマドーラの領主があの方で良かったと思ってる。確かに貴族然としたところもあって、領主様の全てを肯定することはできないが、俺たちが豊かになったのも領主様のおかげだ」
「そうなのか?」
「ああ、昔からマドーラでは農業をやっていたが、養豚もやるというアイデアを出したのは領主様だ。ただの田舎だったマドーラも、生ハムのおかげで今では多少有名になった。ブランド化した高級な生ハムを出そうと提案されたのも領主様だ。普通はたくさん作ってたくさん売る方法を考えるが、金持ち向けに良いものを少量作るなんて俺には思いつかんよ」
そしてアラドはアイラに向かってこう続けた。
「お前もマドーラで暮らすなら、領主様に感謝の気持ちを持つんだぞ。領主だけ、領民だけでは何もできないんだ。お互いに相手を思いやる気持ちを持たないと」
「年取ってるだけあって良いこと言うな」
失礼なアイラの言葉に、アラドは「俺はまだまだ若いぞ」と鼻息荒く返した。
「そういえばちょっと用事を思い出したから、仕事はここまでしか手伝えない。ルルと出かけてくる」
「え、何だ急に?」
アラドが戸惑っているうちに、アイラは走って豚舎を出ていく。そして豚のエサを運んでいたルルに声をかけた。
「ルル、公爵家の屋敷まで行こう。やっぱり私がパッシェたちと話をする。あいつら、もう王女じゃない私のことも下に見るかもしれないけど、でも私には地位がなくなっても魔力があるから。これを使って脅すだけだ」
アイラはそう言うと、ルルが運んでいた飼料の入ったバケツを浮かせた。
急な提案にルルも驚くかと思ったが、まるでアイラがそれを言い出すのを待っていたかのようにほほ笑んだ。
「分かりました、行きましょう。鞄を取ってきます」
ルルはすでに必要な荷物をまとめていたようで、一旦家に帰って鞄を取るとすぐに戻ってきた。荷物は多くはなく、お金と少しの食料、水くらいしか入っていなさそうだ。
「公爵家の屋敷は、ここから北に向かって歩けば半日ほどで着くようです。昨日それとなくバーラさんに聞いておきました。順調にいけば夕方までに着きますよ」
「準備がいいな。私が公爵家の屋敷に行くだろうって分かってたのか?」
「公爵たちに意見できるのはアイラくらいですからね。無駄に人が死ぬ反乱を止めたいなら、行くと言うだろうと思ってました」
「ふーん」
考えを読まれたアイラは少し悔しそうに口を尖らせたが、気を取り直して二人でムスト村を発ったのだった。




