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王女は城を追い出されました  作者: 三国司


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元王女(1)

「この縄、アイラの力で千切ることはできますか? あるいは結び目を解くとか」

「いや……」


 アイラは自分の手首を拘束している縄を見て難色を示す。結び目を解くという複雑なことはできるか分からないし、そもそもこの結び目は一見しただけではどこを引っ張れば解けるのか理解できなかった。船では縄を扱うことが多いから、ファザドは特殊な結び方を知っているのだろう。

 それに千切るというのも難しそうだ。細いがしっかりした縄だし、アイラの魔力で左右に引っ張っても簡単には切れないだろう。

 基本的にアイラは、力を使っても何かを動かしたり吹っ飛ばしたりすることしかできない。複雑なことをするのは無理だし、何かを切ったり千切ったりするのもやったことがなかった。


「では、この箪笥(たんす)を壊せますか?」

「箪笥?」


 ルルが視線で指した場所には、服や小物が入っているらしい大きな黒い箪笥があった。船が揺れても動かないよう、釘と金具で壁や床に固定されている。


「これ壊してどうするんだ?」

「あのガラスを割ることができれば、縄が切れるかもしれません」


 確かに箪笥の一番上の段の扉はガラスでできていて、中に入っている帽子や装飾品が見えるようになっていた。

 

「先ほどファザドが持っていたナイフは、彼がしっかり持っていってしまったようですし」


 床に転がったのは見たが、立ち上がる時に密かに回収したらしい。


「やってみる」


 アイラは縛られている両手を大きな箪笥に向け、自分の魔力で箪笥を包むと、ぐっと手のひらを握った

。そして箪笥から出ている見えない縄を引っ張るかのように、力を込めて手を引いていく。

 壁や床に固定されている分、普通の箪笥を動かすより大変だったが、バキッという音と共に無理やり金具を壊すことに成功した。

 固定金具さえ壊せば後は難しくないので、箪笥はアイラの魔力によって数センチほど宙に浮く。


「せっかくだからドアも一緒に壊すか。ルル、下がっていろ」


 アイラはそう注意すると、勢いをつけるために箪笥を一旦ドアから離してから、思いきりドアにぶつける。

 ガラスが割れる音、木が軋んで破壊される音がそれほど広くない船室に響き、アイラやルルは思わず肩をすくめた。手が縛られていて耳を塞げないからだ。


「うるさい。……でも成功した。ガラスが割れたぞ」


 鍵のかかったドアは完全に壊れることはなかったが、歪んでドアと壁の間に隙間が空いた。アイラの力でもう一押しすれば開くだろう。

 だが、まずは縄を切るべく、アイラはガラス片を魔力で持ち上げた。そして自分の手首を縛っている縄に当てて上下に動かそうとするが、そんなこと今までしたことがないので動きがおぼつかない。


「手を切りそうで見ていて怖いんですが……。もういいですからアイラはそこで待っていてください。まずは私が縄を切ります」


 ルルはそう言うと床を這い、ドアの前で横倒しになっている箪笥に近づいていった。床には細かいガラス片がたくさん落ちていたので、ベッドにあった毛布をアイラが魔力で移動させて床に敷いてやった。

 そうして怪我をすることなくルルは箪笥にたどり着き、箪笥の枠に残っていたガラスに手首を押し当て、何とか縄を切ることに成功する。


「やった。切れましたよ」


 ルルは幾分か安心したように息をつき、今度は落ちているガラス片を拾って足首の縄も切った。そしてアイラの縄も同様にルルが慎重に切っていく。


「これでとりあえず手足は自由だな」


 拘束が解けた手を力強く握ると、アイラは廊下へと続く部屋の扉を破壊した。


「監禁も解けましたね。船員に何とか事情を話して、船を港に戻してもらいましょう」

「ファザドも捕まえないとな」


 倒れた箪笥と壊れた扉を乗り越え、ルルとアイラが廊下に出ると、そこには船員が三人集まってきていた。箪笥を扉にぶつけた音を聞きつけて、何が起きたのかと様子を見に来たのだろう。


「ちょうど良かった。お前たち、船を港に戻してくれ」


 アイラは、破壊された扉や箪笥を見て目を丸くしている船員たちに話しかけたが、マーディル人の彼らに言葉は通じなかった。それどころかアイラのことを怪力の化け物とでも思っている様子で、逃げるようにここから去っていく。


「あ、おい!」

「仕方ない。私たちも上に行きましょう。ファザドの他にも、誰かこの国の言葉が分かる人間がいるといいのですが」


 甲板に上がると逃げた三人の他にも船員がいたが、やはり彼らも言葉が通じなかった。それに逃げた三人と一緒に武器を持ちつつ、アイラやルルを少し怖がっている素振りを見せる。きっと船室の扉や箪笥を破壊したことを聞いたのだろう。

 アイラやルルを捕まえるべきか、でも魔法が使えるのかもしれないし返り討ちに遭うかも、と迷っているような様子だ。


「私たちはファザドに殺されるところだったんだ。船を戻してくれ」


 甲板には船員たちがわらわらと集まって来たが、アイラの話を理解してくれる者はいなかった。

 一方、ファザドはどこかに身を隠したのか甲板には現れない。


「ファザドも見当たらないな。船の中を探してもいいが……」


 アイラは悩んだ。アイラの力でファザドを脅して、港に引き返すよう船員たちに伝えさせるのが一番良いのかもしれない。だが、アイラは船の構造を全く知らないので、この大きな船のどこかに隠れているファザドを見つけられるか分からなかった。

 それに下手したら、隙を突かれてまたお香が焚いてあるどこかの部屋に閉じ込められて、そこから脱出するまでに正気を失ってしまう危険もある。

 アイラは少し考えて、結局こう言った。

 

「仕方ない。私が船を動かすか」


 そしてその場で甲板に膝を着き、両手のひらを床につける。


「船を……? こんな大きな船、動かせるんですか?」


 ルルは半信半疑でアイラを見つめた。アイラはアイリーデでは公爵の屋敷の一部を、そしてグレイストーンでは奴隷商館の一部を魔力を使って破壊したことがある。だが、風を受けて走る大きな船を港に押し戻すことなんてできるのだろうか? 


「大丈夫ですか?」


 ルルは不安に思って尋ねたが、すでにアイラは集中していた。

 無言で魔力を放出し、身の内に流れる膨大な魔力を全て手のひらから出して、船中に行きわたらせる想像をする。

 アイラの持つ魔力の限界がどのくらいなのかはアイラ自身にも分からない。が、手練れの魔術師を十人連れてきても、まだアイラの方が魔力量では上回るだろう。


 その途方もない量の魔力で船を満たすには、それほど時間はかからなかった。

 一度にこれほどたくさんの魔力を消費したのは初めてだが、疲れるというよりちょっと体が軽くなって、むしろすっきりした気がする。そして底をつきかけた魔力は、すぐに体の中で泉のように湧き出てくるのを感じた。


「行くぞ」


 アイラは自分に声をかけ、床に両手をついたまま船を操る。ファザドのような体の大きい相手でもアイラは魔力で簡単に持ち上げられるが、今動かそうとしている船は鉄や石でできているのかと思うほど重く、風の抵抗もあってピクリとも動かない。沖へと進む船を止めることはできているようだが、そこから逆走させるのが難しい。


「重い……!」


 思わず呟く。アイラが直接持ち上げているわけではないのに重量を感じるほど重く、操るのが困難だった。この船は海に浮いているのではなく、海に深く根を張っているのではないかと錯覚しそうになる。

 アイラはさらに船に魔力を注ぎ、船の隅から隅まで行き渡らせる。魔力が届いた場所は、まるで神経で繋がっているみたいに感じるのだ。


 ふと、目をつぶった方が集中しやすいのではないかと思い、まぶたを閉じる。

 いつもなら目を開けて操る対象を見ていた方がやりやすいのだが、今回は別だ。例えば遠くにある船を動かすのならその船を見ていた方が動かしやすいが、今動かそうとしているのは自分が乗っている船なので、目をつぶった方が全体をイメージしやすかった。これは完全にアイラの感覚の問題だ。


 甲板に手をついて何をしているのかと、船員たちが周りでざわついている声が聞こえる。だが、不審なアイラに近づいてくる者はいないようだし、近づいて来てもルルが止めてくれるだろう。

 

 船は完全に止まっていて、前に進むこともないが後ろにも進まない。

 だが、あと一押しで船を操れる感覚があったので、アイラは目をつぶったまま一度大きく息を吸い込んだ。そして潮の香りが一気に肺に満ちたところで息を止めると同時に、強く両手に力を込めた。

 するとゆらゆらと何となく船を包み込んでいた魔力が、グッと密集した感じがした。自分の体から伸びる神経が、完全に船と繋がった感覚がする。


 そして船はゆっくりと逆走を始めた。頭上では、風を受けた帆柱(マスト)がギギギと音を立てている。

 一度動き出すと船を操る感覚は掴みやすくなった。ふぅと息を吐き、呼吸を再開しても船を動かせている。

 だがまだ気は抜けない。集中を切らすと船はまた前に進んでしまう、と気持ちを引き締めたその時――。


 背後で人が倒れるような激しい音がして、それと同時に二人分のうめき声が聞こえてきた。声の主はルルとファザドで、どうやらアイラを後ろから襲おうと走り寄ってきたファザドをルルが体当たりで止め、そのまま二人で甲板に倒れ込んだようだった。

 

「……このッ!」


 悪態をついて起き上がろうとするファザドの体に、ルルが素早く馬乗りになる。体格はファザドの方がいいが、こうなると抜け出すのは難しい。


「アイラの邪魔はさせません」


 暴れるファザドを抑えるのにルルも必死だ。

 するとファザドは視線を周りにいる船員たちに移し、異国語で怒鳴るように指示を出し始めた。ルルを退かすよう命令しているのだろう。

 船員たちにとってファザドは雇い主であり、敬意を払うべき王族でもある。彼らは当然ファザドの言うことを聞いて、戸惑いながらもルルを拘束しようと近づいてくる。


 しかし、そこでその場にいる全員がピクリとも動けなくなり固まった。


「動くな。気が散る」


 両手のひらを甲板につけたまま、後ろに視線を向けることもなく、アイラが魔力でファザドや船員たちを包み込み、動けなくしたのだ。

 船を満たしている魔力をファザドたちにも少し流し込んだだけだが、それで彼らは船の一部のようになり、甲板に足が張り付いているような感覚に陥っているだろう。

 今アイラはとても集中しているので、手や視線を向けずとも頭で考えるだけでできた。ただし細かく魔力を操ることはできないので、ルルもまとめて動けなくなっている。


「諦めて大人しくしていろ」


 港に視線を向けたままアイラが言うと、ファザドは動けなくなりながらも悔しげにギリッと奥歯を噛んだのだった。

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