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王女は城を追い出されました  作者: 三国司


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異国の王子(1)

「おはよう、殿下」

「おはよう、カトリーヌ」


 アイラとルルがカトリーヌの元へ向かうと、この後仕事が立て込んでいるらしい彼女はすでに朝食を食べ始めていた。

 そして席に着くアイラの体調を心配している様子で眉を下げる。


「殿下、昨日はよく眠れた? 夕食の時、少し顔色が悪く見えたけど」

「私は元気だぞ。お腹空いた」


 普段ならルルがすぐに食事の準備を整えるところだが、ここはカトリーヌの屋敷なので使用人たちがてきぱきとアイラの世話をしてくれる。服が汚れないように胸元にナフキンを付けさせ、グラスに水を注ぐ。そしてパンやフルーツ、スープなどの朝食を運んできた。

 アイラは使用人に向かって言う。


「食後にはまたあれが欲しい。紅茶。砂糖とミルクの入ったやつ」

「ミルクティーがお気に入りになったのね。よかったわ」


 カトリーヌはアイラを見てにっこり笑う。


「お前から送られてきた紅茶を城でも飲んでたけど、砂糖やミルクは入れずに飲んでたんだ。入れてもいいってこと、知らなかったから」

「紅茶はまだこの国では、あまり馴染みのないものだからね。私が輸入するようになって、少しずつ浸透してきてはいるけれど」


 アイラとカトリーヌが穏やかに話をしている中、アイラの後ろに立っていたルルは、その空気に流されることなく話を切り出した。

 

「伯爵。合鍵を渡してください」

「合鍵?」


 とぼけているのか本気で分かっていないのか、首を傾げるカトリーヌをルルが問い詰める。


「アイラの部屋の鍵ですよ。私が持っている鍵の他に、伯爵も合鍵を持っているはずです。昨夜、その合鍵を使って部屋に入って来たんでしょうから」


 ルルは懐から鍵を取り出してカトリーヌに見せた。アイラの部屋の鍵はルルが管理しているが、この鍵の他にカトリーヌが合鍵を持っているのだ。

 するとカトリーヌは意外とあっさり折れた。


「ああ、合鍵ね。いいわよ」


 使用人に言いつけて合鍵を持って来させると、カトリーヌはそれをルルに渡した。


「合鍵は一つだけですか? 他には持ってないでしょうね?」

「一つだけよ! もう、そんなに私のことを警戒しないで。昨晩は殿下の体調が心配だったんだって言ったでしょう? 本当にただそれだけだったのよ」


 カトリーヌの言い方は嘘っぽくはなかったが、完全に信頼できるのかどうかはルルには判断がつかなかった。

 アイラは今のところここを出て行くつもりはないようなので、これからも一応夜はルルがカトリーヌを警戒をするしかない。合鍵が一つだけという確証もないから。

 ルルが合鍵をポケットに仕舞ったところで、カトリーヌはアイラに視線を戻して言う。


「殿下は今日は何をして過ごすの? 私は仕事があって相手をしてあげられないけど、本とかボードゲームとか、欲しいものがあったら何でも言ってね」


 カトリーヌの言い方は優しい。アイラを愛しているのは本当のようだ。そしてその愛の中には、恋愛感情の他に、自分より幼い人間に対する慈愛のようなものも含まれているのかもしれない。

 アイラはフルーツを口に運びながら答える。


「うーん、本を読むのも飽きてきたし、今日はちょっと外に行きたい。ポルティカの街を見て回ろうと思ってる」

「街を? いいけど……気を付けてね。王都の騎士たちはまだこの街に残ってるから。まぁ、一時期に比べたらかなり数は減ったけど」


 一度ポルティカにも大勢の王都の騎士たちがやって来て、アイラを探していたのだ。しかし見つからなかったので、今はほとんどの騎士が王都に戻っている。


「私が外に出ても、ポルティカの街は賑やかだから簡単に見つかることはないだろ?」

「それはそうだと思うわ。ポルティカはおそらくこの国の中で一番人の多い街で、王都よりも騒々しいから。でも外に出るならその服は着替えないとね」


 カトリーヌはアイラやルルが着ている服を指さした。二人ともカトリーヌが用意した上等な服を着ていたので、外ではいささか目立つのだ。アイラは男装こそしているものの、一目で貴族の子息だと思われてしまうだろう。


「服は用意させておくから、外に出るなら着替えてね。お小遣いも置いておくから欲しいものは買うといいわ。それじゃあ私ももう出かけないと。また夕食の時にね」


 カトリーヌはそう言うと、口元をナフキンで軽く押さえてから立ち上がり、部屋を出て行ったのだった。



 アイラとルルも朝食を食べ終えると、カトリーヌに言われた通り服を着替えて外に向かう。アイラは庶民の子供が着るようなシャツと半ズボン、それにキャスケットを被り、ルルも同じく庶民に見えるようなクリーム色のシャツと草色のズボンだった。わざとあか抜けないシンプルな服を用意したらしい。そして夏なので二人とも涼しげな出で立ちだった。

 着替えた後は屋敷を出て少し歩き、街で一番栄えている大通りに出ると、人の多さにアイラは一瞬尻込みした。


「本当に人が多いな」


 夏の暑さもあるだろうが、街に熱気を感じる。そしてやはり異国の人間も多く、あちこちから聞き慣れない言葉が聞こえてくる。船乗りらしき見た目の人間もちらほらいた。


「迷子にならないでくださいね」


 ルルはアイラの手を引いて、歩いている人々の流れに乗る。


「何か買いたいものありますか?」

「特にない。街の様子を見たいだけだから」

「じゃあ適当に歩きましょうか」


 そうして二人で異国情緒あふれるポルティカの街を見て回り、ルルはアイラのためにお菓子や新しい靴下を買ったりしながら、楽しい時間を過ごした。

 街では深紅の制服を着たカトリーヌのところの騎士たちを見かけることはあったが、王都の騎士は見かけなかった。もしかしたらすれ違ったりしていたのかもしれないが、そうだとしても人が多くて向こうもアイラたちには気づかなかっただろう。

 やがて昼時になり、ルルは食事を取れる店を探し始めたが、その途中で見知った顔を見つけた。


「あれ……あそこにいるの、ティアさんじゃないですか?」

「ティア? どこだ? 人が多くて分からない」

「あそこの道の端の方です。誰かと話してますね」


 ルルの指さす方へアイラも視線を向ける。すると通りの少し先の方で、ポルティカの街に着いてから別れた元奴隷の姉弟の一人、ティアが二人組の男に声を掛けられていた。

 ティアは相変わらず粗末な服を着ているものの、顔立ちは悪くないので口説かれているのかもしれない。 

 その証拠に、ティアは困った顔をして何やら首を横に振っている。

 アイラたちが近づくと、雑踏の中で会話が少し聞こえてきた。


「だからさ、住むところに困ってるなら俺の家においでよ。君みたいに綺麗な子なら喜んで置いてあげるよ」

「いえ、でも私、家賃も払えないので……」

「金なんていらないよ」

「え? 本当ですか? こんな大きな街にも優しい方がいるんですね」


 元奴隷で世間知らずなティアは簡単に騙されてしまったようだが、そんな都合のいい話はないので、男たちについて行ってもいいことはないだろう。後々家賃の支払いを求められるか、金の代わりに違うものを要求してくるか、あるいはどこかへ売り飛ばされるかもしれない。


「ティアは困ったやつだな。私でも道端で出会っただけの人間に簡単について行っちゃいけないって知ってるぞ」


 アイラはそう言いながらティアを助けに向かう。

 しかしそれより先に、褐色の肌の異国人がティアと男たちの間に割って入った。


「あの男は……」

「伯爵の屋敷を訪れていた異国人ですね。たしかファザド・サザビーとかいう……」


 マーディルという国の十三番目の王子であり、カトリーヌの取引相手でもあるファザドが、ティアを助けたのだ。


「スミマセン。この子、ボクの知り合いだから連れて行かないで」


 ファザドが穏やかにほほ笑んで言うと、二人組の男は怯んだ。ファザドが自分たちより体格のいい異国人であること、そして身なりの良さを見て、逆らわない方がいいと思ったらしい。二人は顔を見合わせた後、そそくさと人込みの中に消えて行った。


「大丈夫?」

「え? あ、はい。私は大丈夫です……」


 ティアはいきなり現れた異国人に戸惑っている。自分がピンチだったことにも、目の前の相手に助けられたことにも気づいていないようだ。

 一度足を止めていたアイラは、再び歩き出してティアに声を掛ける。

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