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王女は城を追い出されました  作者: 三国司


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30/63

奴隷商館

「どこへ行くんだ?」

「いいからついて来い。悪いようにはしねぇよ」


 道を歩いている時は、男は気さくな雰囲気を出していた。不良だが面倒見のいい兄貴分のような感じで。

 けれどとある建物に着いて、裏口から中に入った途端、男はその気さくな雰囲気を消した。

 犬か猫を掴むかのようにアイラの首の後ろを持って「さっさと歩け」と言う。


「おい! ベッグマン! 今日も子どもを捕まえてきたぞ」


 そして男がそう叫ぶと、奥の階段を口ひげをたくわえて浅黒い肌をした中年の男が下りてきた。


(あいつ、やっぱり……)


 中年の男の顔を見て、アイラはそう思った。あの男が出てくるだろうと思っていたのだ。

 なぜなら外から見た時、この建物にも見覚えがあったから。

 一般の家ともアパートとも、教会とも貴族の屋敷とも造りが違う、白くて四角い、大きな建物。

 ――ここは奴隷商館だった。

 そしてベッグマンというこの中年の男は、この商館の主だ。


「どうだ? 上玉だろ?」


 アイラを連れて来た男がアイラの顎を掴んで上を向かせると、ベッグマンは表情をほころばせて喜んだ。


「ああ、いいぞ。きっと高く売れる。普通の何倍もの値がつくはずだ。よくやった」

「俺への分け前も当然弾んでくれるだろうな」

「もちろんだ。お前は子どもを誘拐する才能があるな。セイジなんかはてんで駄目だったが……。あいつは結局ただの一人も攫って来られなかった」


 二人の会話を聞いた後、アイラはこう言う。


「お前たち、私をどうするつもりだ?」

「えらく堂々とした子どもだな。偉そうと言うか……これからしっかり調教しなけりゃならないな」


 ベッグマンはそう呟いてから、アイラに向かって続ける。


「貴様は異国で奴隷になるんだ。この国では奴隷制度は廃止になっちまうが、異国ではまだ奴隷の需要があるからな」

「異国に連れて行って売るのか」


 なるほどな、とアイラは思った。ベッグマンはこの前、奴隷制度が廃止される事が決まって自分の仕事がなくなると荒れていたはずだ。

 けれど金を稼ぐための新しい方法をもう考えて実行していたらしい。あるいは以前から密かに異国に子供を売っていたのかもしれない。しかしどちらにせよこれは犯罪だ。

 グレイストーン伯爵が仕事を紹介すると言ってくれていたのに、まっとうな仕事には就かず、稼げる裏の仕事を続けることを選んだようだ。


「来い」


 アイラは二人に連れられて、上階へと向かった。

 二階には廊下を挟んで檻がずらりと並んでいたが、廊下には赤い絨毯が敷かれていて、客が奴隷を見に来る事を想定して豪華で清潔な雰囲気が保たれている。

 けれど今は、檻はほとんど空だった。


「これで十人か」


 しかし真ん中辺りにあった二つの檻の中には、子どもたちが五人と四人に分けられて監禁されていた。

 五人が入っている檻には、ケビンとコリー、デイジーもいる。


「よかった。生きてたか」


 三人は身を寄せ合って怯えているが、怪我をしている様子もない。

 そしてケビンたちもアイラを見て「あ!」と声を上げる。


「ライア! ライアも捕まったの?」

「何だ、お前ら。知り合いか」


 無精髭の男が興味なさげに言い、ベッグマンもこう呟いた。


「セイジの弟たちか……。セイジは使えない男だったが、『養わなければならない幼い兄弟がいる』と以前話してくれた事については感謝しなけりゃならんな」


 どうやらベッグマンはセイジに弟や妹がいるのを知っていて――あるいはセイジの家も、セイジが新しい仕事について昼間は留守にしている事も把握していて、ケビンたちを攫ったようだった。


「そろそろこいつらをここから連れ出さなけりゃならんな。奴隷制度の廃止に伴なって、またいつ伯爵や騎士たちがここを調べに来るか分からん。それに国外へ連れて行くのにこれ以上人数を増やすと身動きが取りづらい」

「なら、そろそろ旅の準備をするようにオレグたちにも言っておく」

「ああ、そうしてくれ」


 彼らの会話を聞いて、誘拐された子どもはここにいる九人で全部なのだろうとアイラは思った。


「じゃあもういいか」

「あ?」


 アイラの独り言に男が片眉を上げる。


「おい、お前。この檻を開けて子どもたちを出せ」

「……なに言ってやがる。檻は開けるが、お前がここに入るんだよ」


 男はケビンたちがいる隣の檻を開けると、アイラをその中に押し込んだ。そして素早く鍵を締める。


「顔は整っているが、ちょっと変わった子どもだ。調教は厳しくしないと」


 ベッグマンはそう言い、男と共にここから離れていく。と同時にアイラは檻の鉄柵を掴み、魔力を注いでいく。

 アイラは視界に入っただけで物を操れるが、直接手で触れると操るのはもっと簡単になる。だから檻だって壊す事は不可能ではない。


 メキッ、バキッと鈍く重い音がして、檻の鉄柵は丸ごと天井や床から外れる。けれどアイラがまだ手で支えているので倒れたりはしなかったし、縦だけでなく横にも数本鉄の棒が渡されているのでバラバラになったりもしなかった。


「…………は?」


 男とベッグマンが振り返って、唖然とする。細身の少年が大きな鉄柵を外し、持ち上げているのだから驚くのは当然だ。

 しかし鉄柵は魔力で宙に浮いているので、アイラは腕力を一切使っていなかったが。


「な、どういう事だ!?」


 ベッグマンたちからは、アイラはものすごい怪力のように見えているのだろうか。目を見開いて言葉を失っている。

 一方、アイラは持っていた鉄柵を廊下に置くと、ケビンたちが閉じ込められている方の檻も同様に壊した。


「ラ、ライアってすごく力持ちだったんだね……」

「すごいすごい!」

「しゅごい!」


 ケビンはびっくりしていたが、まだ幼いコリーとデイジーは手を叩いて興奮している。

 やがて呆然としていたベッグマンや男も我に返ったようだった。男は腰に携えていた大きなナイフを抜いて、こちらにやって来る。

 しかしそれを見たアイラは、持っていた鉄柵を魔力で男の方に飛ばした。鉄柵は廊下を塞ぐ壁のようになって、一直線に滑って男にぶつかる。


「……ぐッ!」

「ナイフなんて物騒だな」


 男が鉄柵の下敷きになって倒れると、アイラは素早くその上に飛び乗った。そして男が持っていたナイフを魔力を使って奪い取る。


「な、何なんだ、てめぇは!」


 男はアイラの足の下で、鉄柵越しに叫んだ。

 

「ひ、ひぃ……」


 そしてベッグマンはアイラに恐れをなして、慌てて逃げ出す。

 

「させるか」


 階段を使って一階に逃げるつもりだと思ったアイラは行く手を塞ごうとした。階段の天井を壊して崩そうとしたのだ。

 しかし――


「よし。……ん? あれ?」

「ぎゃああ!」


 魔力を操り、階段の天井は無事崩れたのだが、ちょっと崩れ過ぎた。瓦礫がいくつか階段に落ち、そこを通れなくするだけでよかったのだが、天井どころか階段も一緒に崩壊している。

 しかも館の一ヶ所がそうやって崩れたせいで、連鎖するようにそこから崩壊が広がっていった。

 ベッグマンは何とか崩壊から逃れつつ、こちらに走ってくる。


「わぁ、何!?」

「こわいよ」


 大きな音を聞いて子どもたちも騒ぐ。

 アイラは鉄柵と男の上から下りると、とりあえず子どもたちの方へ下がった。


「えー、ちょっと……。予想外に豪快に壊れたな」


 埃と粉塵を巻き上げながら、最終的には商館の半分弱が倒壊した。


「こんなのおかしい。私のせいじゃない。この建物が見た目よりずっと弱い造りだったから」


 アイラはそう言い訳したが、実際この商館は見た目だけは豪華な張りぼてだったのかもしれない。建物を壊すにはかなりの魔力が必要だと思って注いだ結果、張りぼてにはやり過ぎたらしい。


「私のせいじゃない」


 アイラはもう一度言った。答えてくれたのはケビンだ。


「うん、分かったよ。大丈夫だから」

「お前は良い奴だな、ケビン。ルルにはこの事、内緒にするんだぞ」


 シーッと人差し指を立てるアイラに、ベッグマンが膝を震わせながら言う。


「お、おい! 階段はあそこにしかないのに、壊しちまったらどうやって一階に下りるんだ!」

「え? うーん、どうしよう。私はそこまで考えてなかった」

「馬鹿か、お前は!」

「馬鹿だと!? お前誰にものを言って――」


 アイラとベッグマンが言い合っていると、


「アイラ!」


 外からルルの声が聞こえてきた。


「ルルだ」


 倒壊した階段があるのとは反対の方に廊下を進むと、一番端には檻がなく、代わりに窓があった。ここから見下ろすと大通りが見える。

 そしてルルはこの窓の真下に立ってこちらを見上げていた。

 ルルはアイラの姿を見るとホッとした様子で息をついたが、次にはこう叫んだのだった。


「どうして毎回、建物を崩壊させるんですか!」


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