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革命(3)

「なぜ弱い者同士で仲良くしないのか」


 去って行く使用人と奴隷を見ながら、アイラが呟いた時だった。

 

「他人に優しくできないのは、自分自身が幸せではないからでしょう」


 後ろから言葉を続けられ、アイラは振り返る。そこにいたのはアーサー・ギレンという騎士だった。

 アーサーは濃い赤茶色の髪をしていて、あごひげを生やしている。歳は三十四だったはずだ。


「アーサーか」


 アイラが言うと、アーサーは立ったまま礼をとった。

 アーサーは国王がまだ十代の時に庶民の女性に産ませた子で、アイラの異母兄になる。しかし母親はすでに死んでいるし――嫉妬した王妃に殺されたのだ――、庶子なので王位継承権はなく、王族という扱いではない。アイラも彼を兄とは思っていない。

 性格は真面目で、今は王の贔屓もあって、若くして騎士団の団長という地位についている。


「アーサー、まだ生きていたのか」

「ええ、なんとか」


 アイラが真面目な顔をして言うと、アーサーは少し笑った。王妃は憎い女の子どもであるアーサーのことが嫌いなので、いつも暗殺を企んでいるのだ。

 アーサーはアイラを見て言う。


「奴隷をお助けになっていましたね」

「王族の所有物だからな」


 そこで苦笑すると、アーサーは続けた。


「アイラ様を見ていると、生まれ育つ環境は大事なのだなと心底思います。あなたが持つ良い部分を最悪の教育で上書きされてこなければ、どんなふうに育っていたのだろうかと想像することがあるのです」

「……何を言っているんだ、お前は?」


 言っている意味がよく分からなくて、アイラは首を傾げる。最悪の教育とは何だろう? 自分は王族として十分な、素晴らしい教育を受けてきたのに……と、常識や道徳というものが欠けている頭で考えた。


「戯言を申しました」


 アーサーはそう言って頭を下げると、サチたちのいる中庭の方へと歩いていく。

 アイラはそれを目で追いながら呟いた。


「よく分からないやつだな」




 さらにそれからひと月が経った、ある日の夜。


『ルルさんを解放してください! 彼はあなたのものではありません。もう私のものなんです!』


 アイラは夢を見てうなされていた。サチがルルと腕を組んでそう言うのだ。しかもルルもサチを愛おしそうに抱きしめている。

 こんな夢を見ているのは、この一か月、ことあるごとにサチとルルが仲良く話している場面を目にし、またサチからしつこく「ルルさんや奴隷たちの解放を!」と訴えられてきたせいだろう。


『ルル、お前は私の奴隷だろ?』

『いいえ、もう私はサチのものなのです。わがままなあなたの世話なんてしていられません。好き嫌いしてカボチャも残すし……。とにかくこれからはサチと生きます』


 そう言って、アイラの目の前でルルとサチが熱いキスを交わし始めた時だ。


「アイラ。アイラ、起きてください」


 ルルに体を揺り動かされて、アイラは目を覚ました。

 まだ真夜中なのか部屋は暗いが、ルルが灯したと思われる蝋燭の炎が燭台で揺れていた。


「この裏切り者め」


 アイラは寝ぼけたままルルに手を伸ばし、胸ぐらを掴んだ。

 ルルはされるがままになりながらも、呆れたように言う。


「何の話です? 寝ぼけているんですか?」

「……ん? 夢か」

「さぁ、起きてください」


 ルルはアイラのおでこにキスしてから、胸ぐらを掴んでいる手を優しくほどいた。

 しかしアイラはキッと睨みを効かせて言う。


「いや、夢じゃない。お前は裏切り者だ、ルル。最近ずっとサチと仲良くしているじゃないか」


 笑ってお喋りしている二人の姿を思い出したら腹が立ってきた。


「そんなにサチが好きならあいつのところへ行けばいい。お前はもういらない。私は新しい奴隷を買うんだ」

「アイラ、ちょっと待ってください」


 ルルはベッドに腰を掛けると、アイラを自分の方へ引き寄せた。


「あなたが怒るのは分かります。確かに私は最近、アイラを放ってサチのところへ行っていましたから。でもそれはあなたのためを思ってのこと。誤解しないでください。新しい奴隷なんて……」


 ルルは顔をしかめて言う。


「アイラには私一人で十分でしょう? 冗談でもそんなこと言わないで、発言を訂正してください」

「サチと仲良くしていたのが私のためって、どういうことだ?」

「発言の訂正を」


 ルルは髪を片耳にかけながら、目を据わらせて言う。アイラはちょっと怖くなって訂正した。


「新しい奴隷は買わない」


 その言葉に頷くと、ルルは説明を始めた。


「サチに近づいたのは情報を得るためですよ。彼女たちは――」


 しかしそこで真夜中の城がにわかに騒がしくなる。遠くで「進め!」「蹴破れ!」という怒号が聞こえ、物が破壊されるような騒々しい音が響いてきた。そしてアイラの部屋の近くでも、大勢の人間が廊下を駆けてくる足音が聞こえてくる。


「なんだ?」


 今まで危険とは無縁の生活をしていたがゆえに危機察知能力が欠けているアイラを、ルルが慌ててベッドから立ち上がらせた。


「逃げますよ。もうすぐここに騎士たちがやって来ます。アイラを殺すためにね」


 言いながらルルは懐からチョークを取り出して、絨毯に魔法陣を描き始める。


「おい、その絨毯は高級品なんだぞ。同じものは一つとない」

「今、絨毯はいいですから。自分の命の方を心配してください」

「なぜ私が殺されなければならない?」

「王族はみんな殺されます。彼らはそのつもりです。反乱を起こした騎士たちを率いているのは団長のアーサー・ギレン、そして聖女――サチです」

「アーサーとサチが?」

「二人は手を組んでいるんですよ。サチが話を持ちかけ、アーサーもそれに乗ったようです。サチは自分が救世主になるのだと張り切っていました」


 と、その時。

 ルルの魔法陣がまだ完成しない内に、寝室の扉が強く叩かれた。


「鍵を破られるのも時間の問題です。アイラは隠れていてください」

「私が騎士にやられると思うのか?」

「……それもそうですね。では魔法陣を描き終えるまで、彼らを止めておいてください」


 やがて扉が破壊されると、剣を持った騎士たちが部屋になだれ込んできた。一番先頭にはアーサー、そして彼の後ろにはサチの姿もある。


「アイラ様! ……っ!?」


 アーサーはアイラを見て声を上げたが、部屋の奥まで入ってくることはできなかった。サチや、他の騎士たちも同じだ。扉付近で動きを止められている。

 アイラが魔力を使って彼らの動きを止めたのだ。

 アイラは両手を胸の高さに持ち上げ、手のひらを彼らに向けていた。ただそれだけで、騎士たちは誰も動けなくなっている。


「お前たち、何のつもりだ? 私を殺そうというのか?」

「いさぎよく諦めて!」


 叫んだのはサチだ。見た目から聖女になろうとしているのか、今日も真っ白な衣装を身に着けている。

 

「あなたたち王族は、この国には不必要なのよ! みんなに嫌われ、憎まれてる! それを受け入れて大人しく処刑されたらどうなの? あなたたちは今まで散々罪のない人たちを処刑してきたんだから、その報いを受けるべきよ。ルルさんのことも解放して!」

「待て、サチ!」


 興奮している様子のサチを、アーサーが止める。


「アイラ様は殺さない。彼女には新しい王になってもらわなければ」

「まだそんなこと言ってるのっ!? それじゃあ反乱を起こした意味がないわ。国は何も変わらない」

「彼女はまだ再教育できる」


 よく分からないが二人で勝手にもめている。

 アイラは首をひねった。


「何なんだ、お前たち」

「アイラ、できましたよ! 彼らを止めたままこっちに来てください」


 やがて魔法陣が完成すると、ルルがアイラを呼んだ。そしてアイラがアーサーたちに手を向けたまま陣の上に移動すると、ルルは呪文を唱え、魔法陣は光り出した。


「ルルさん! どうして!?」


 サチの声に反応して、アイラはあることを思いついた。魔法が発動しないうちに急いで言う。


「サチ、お前に私の宝石やドレスをやろう。好きに使え。この部屋も使っていい。お前が召喚されたのは私のせいでもあるからな」


 最後まで言い終わるか終わらないかのうちに、アイラはルルと一緒に光に包まれ、見知らぬ場所に移動していた。

 辺りは暗いが、周囲をたくさんの木々に囲まれているのは分かった。地面はわずかに傾斜している。山の中だろうか?

 そして振り返れば、自分たちの後ろにはこじんまりとした小屋が建っていた。


「ずいぶん小さな家だ」

「山小屋ですよ。持ち主に交渉してしばらく借りたんです。潜伏用に」


 ルルが鍵を開けると中は狭かったが、生活に必要な最低限のものは揃っていた。


「お前、いつから準備してたんだ?」

「ひと月ほど前からです。アーサーは私のことを警戒していましたが、サチは素直に情報を流してくれるので、反乱を企てている不穏な空気はそれくらいから感じていました」

「でも、いきなりこんな山小屋で生活するなんて。私はお金も何も持ってきていないぞ」

「当面の生活費、それに宝石や宝飾品は私がいくつか持ってきていますよ」


 いつの間にか背負っていた鞄を指してルルが言う。

 

「ここはまだエストラーダ国内なのか?」

「ええ、私の魔力ではそんなに遠くまで移動できませんし、魔法を使って国を越えることはできませんから」

「なら、やはり城に戻ろう。こんな小屋で生活できる気がしない。私の使っていたトイレより小さいじゃないか」

「駄目ですよ。戻るのは危険です」

「危険じゃない。アーサーは私を殺さないって……」


 ルルは戻ろうとするアイラの背を押し、「まぁまぁ」と言いながら小屋に入らせた。


「城に戻ったとしても、アーサーの言うようにアイラが女王になれるかは分かりません。サチが許さないでしょうから。彼女は今では国民の代表のような存在になっていて、権力を失った王族よりも発言に力があります。それにたとえ女王になれたとしても、サチやアーサーの監視のもとでは不自由な生活を強いられますよ。今までのような贅沢もできません」


 そしてルルは楽しげに笑って、こう締めくくった。


「城の外での生活もきっと楽しいですよ、アイラ」


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