誘拐(1)
それから五日間、ルルとアイラは宿で大人しく毎日を過ごし、そのおかげで王都の騎士やグレイストーン伯爵に捕まる事はなかった。
伯爵はもしかしたらアイラがこの街にいると気づいているかもしれないが、そうだとしてもどこに潜伏しているかまでは分かっていないのだろう。宿に伯爵の騎士が乗り込んでくる事もなかった。
ただ、セイジとその弟、妹たちはほぼ毎日アイラたちを訪ねて来ていた。
上からケビン、コリー、デイジーという名前らしいセイジの兄弟は、すでにアイラやルルに懐いていて、アイラの事は『自分で自分の事ができない駄目な人』と認識している。アイラがお茶を飲もうとすると「こぼさないように気をつけてね」などと注意をしてくる、しっかりした子たちだったのだ。
一方、セイジも弟や妹たちのため、真面目に仕事探しはしているようだ。
「悪いんだけど、今日も頼んでいいかな?」
セイジは弟や妹をアイラたちに預け、その間に仕事探しに奔走しているらしい。
「俺はお前らを見て変わったんだよ。俺はライアの事を奴隷商人に売ろうとしたのにさ、恨む事なく金を援助して助けてくれただろ? だからちゃんと仕事を見つけてお前らの優しさに応えたいんだよね」
「そうですか。気持ちは分かりましたから、さっさと仕事を見つけてきてください」
自分にちょっと酔っている様子のセイジに向かって、ルルがしっしと手を払った。
「冷たいよなー。でもケビンたちの事も可愛がってくれてるし、お前らが良い奴だって俺は分かってるから」
セイジはそう言ってウインクすると、職探しのために部屋を出ていく。
そしてルルとアイラは視線で彼を見送った後、子どもたちの相手をしながらこう呟いたのだった。
「あの人と話してると疲れるんですよね」
「私は疲れはしないが、時々イラッとする」
そして夕方になると、セイジはいつもとは違う明るい笑顔を浮かべて弟たちを迎えに来た。
なんでも、やっと仕事が見つかったらしい。こことは違う宿で雇ってもらえる事になったのだとか。
「へぇ、よかったな。でも仕事の間、ケビンたちはどうするんだ?」
アイラはセイジの弟たちを見て言った。
「家で留守番しててもらうよ。こいつらがお前らに会いたいって言ってたのもあって、ここ数日はお前らに甘えて預けちゃったけどさ。それまでは俺が出てる間、ちゃんと留守番しててくれたし大丈夫だよ」
アイラは追われている身だし、いつこの街を出ていくか分からない。仲良くなればなるだけ、別れの時には子どもたちにも悲しい思いをさせてしまうだろう。
だからアイラはあえて「これからも自分たちのところに預けに来ていいぞ」とは言わずに、帰っていく兄弟を見送ったのだった。
しかしその翌日、セイジはまたもやアイラたちの元へとやって来た。
けれど来たのは夕方で、弟のケビンたちは一緒ではないし、セイジの様子もおかしい。血相を変えて焦っている。
「ケビンたちが来てないか!?」
セイジは部屋を訪ねてきて、開口一番そう言った。
アイラはベッドに座り、小さな裏庭にいる自分の馬たちの事を眺めていて、ルルは椅子に座って服のボタンを付け直していたが、セイジの言葉に二人して首を傾げる。
「来てないぞ」
「ええ、この通り」
ルルは片手を広げて部屋全体を指し示した。
そしてアイラが尋ねる。
「どうかしたのか?」
「それが……俺は今日から仕事に行ってたんだけど、家に帰ってきたらケビンたちがいなくてさ。心当たりがあるところを探し回ったんだけど見つからなくて、もしかしてここかもと思って来てみたんだ。だけど来てないなんて……」
セイジは不安そうだ。
アイラはベッドに腰掛けてブーツを履きながら言う。
「仕方ないな。私たちも探すのを手伝ってやろう。もうすぐ日が暮れる」
「駄目ですよ、アイラ」
ルルは声を潜めて、セイジには聞こえないようアイラに耳打ちする。
「我々はあまり外には出られません。追っ手の騎士たちもグレイストーン伯爵も、最近はよくこの周辺に姿を現しているのですから。子どもたちは心配ですが、手伝うのはやめておいた方がいいです」
「何を言っているんだ」
アイラは片眉を上げて言う。
「そんなの何も怖くない。いざとなれば戦えばいいんだから、子どもを探すのが優先だ」
「グレイストーン伯爵の事、あれだけ怖がっていたじゃないですか」
「うん、でもケビンたちの方が今は気になるから。……なぁ、これどうやって結ぶんだった?」
アイラがぐちゃぐちゃに結んだブーツの紐を結び直しながら、ルルはアイラを止める事を諦めた。自分の身も危ないのに余計なことに首を突っ込んでと呆れるべきか、子どもたちを優先するアイラの優しさを称えるべきか。
セイジは感動したように言う。
「ありがとう……! ほんとに今になってライアを売ろうとした事に罪悪感を感じるよ」
「いいから、さっさと探しに行くぞ」
三人はバタバタと宿を出ていき、大通りを中心とした繁華街を歩き回った。けれどケビンたち三人の事も発見できなかったし、彼らの目撃情報すら得られなかった。
グレイストーンは大きな街だし人も多い。数時間探したくらいじゃ見つからないのかもしれない。
そして夜も更けてきた頃、アイラやルルとは別行動していたセイジが合流して言う。
「俺の方も何も情報は得られなかったよ。一度家にも帰ってみたけどいなかったし……。本当にどこに行ったんだ、あいつら……」
「迷子だろうか? それとも誰かにさらわれたのか?」
「分からないけど、留守番に飽きて自分たちから家を出たんだとしても、一番上のケビンは道に迷ったりしないと思うんだよ。うちの周辺の道は路地裏だって覚えてるし、賢い子だから家からそんなに離れない。知らない道に出たらコリーとデイジーを連れて引き返すはずだ。それにもし迷子になっても、ケビンなら街の人に話しかけて道を尋ねられるよ」
「じゃあさらわれた?」
「その可能性は高いと思う。何かの事件に巻き込まれたとか……」
セイジは弟たちを心配するあまり険しい顔をしながら続ける。
「怖い思いをしてないといいけど……」
「もう少し探してみよう。まだあっちを探してない」
「いや」
アイラの提案に首を横に振ると、セイジはこう言った。
「お前らはもう休んでくれ。こんな遅くまで悪かったな。俺はもう少し探してみるよ」
「分かりました」
答えたのはルルだ。セイジはきっと夜通し捜索するだろうから、明日は睡魔と疲れに負けて倒れるかもしれない。だから今日は自分たちが休んで、明日に備えた方がいいだろうと思ったのだ。
「私たちはまた明日、探します」
「ありがとう。助かるよ」
セイジはそう言うと、アイラたちに手を振って夜の街を駆けていったのだった。




