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革命(2)

 異世界から自分好みの女性を召喚しようとしている兄を止めるべく、アイラは城の廊下を走った。

 そして兄がいるという大広間へと向かったが、アイラとルルが着いた時には、事は全て終わってしまっていた。


「おお、いいぞ! 長く美しい黒髪に、大きな瞳!」


 アイラの兄であるダヒレオが手を叩いて喜んでいる前では、大きな召喚陣の上に黒髪の女性がぽかんとした顔で座っている。

 そして陣の周りでは、十二人の魔法使いが強力な魔法を使った反動で息絶えていた。


「遅かったか……」

「そのようです」


 アイラが呟き、ルルも残念そうに言う。


「兄上」

「おお、アイラか!」


 太りすぎて球体に近づいている兄にアイラは駆け寄る。

 ダヒレオとアイラは血の繋がった兄弟だが、顔は全く似ていない。アイラが性格は最悪だが美人な母親似であるのに対し、ダヒレオは性格も最悪だし顔も悪い父親似だからだ。 


「見てみろ、異世界の女だ」


 ダヒレオが座り込んだままの女性の顔を掴み、ぐいっと上を向けると、女性は「痛い!」と抗議した。


「離して! なんなの、いきなり……。というか、ここはどこ?」


 異世界から来た女性はまだ若かった。十八、十九歳くらいだろうか。顔は可愛らしく、露出の多い服を着ている。あんなに短いスカート見たことがない。

 ダヒレオは言う。


「ここはエストラーダ王国だ。お前は異世界から召喚されたのだ。魔法をかけてやったから言葉も理解できるだろう」

「召喚? 異世界……? 嘘でしょ? そんな小説や漫画じゃないんだから、そんなこと……」

「お前を私の妃にしてやってもいいと思っているのだぞ。もっと喜べ」

「妃!? 嫌よ、そんな! なんであなたみたいな人と……!」


 女性はあからさまに嫌がった。アイラも兄が嫌いなので嫌なのは分かるが、王族にこんな態度を取るなんて、と少しびっくりする。

 この女性が育った国には王族がいないのだろうか? それとも王族があまり権力を持っていないのだろうか?

 ダヒレオは怒って女性の髪を引っ張る。


「なんだと、こいつ! 普通なら殺しているところだが、せっかく召喚したのにそれは勿体ないな。貴重な魔法使いが死んでしまうからそう何度も召喚はできないし。それにこんなに私好みの女をみすみす殺してしまうのは惜しい」

「痛い、やめてよ!」

「まずはその生意気な根性を叩き直してやろうか」


 アイラは兄を止めたかったが、兄妹でもダヒレオの方が立場は上だ。同じ王族とは言え、逆らえばアイラも罰を受ける。

 だが、この場でダヒレオに向かってまともに口をきけるのはアイラしかいない。


「兄上、その者はまだこちらの常識を分かっていないのです。大目に見てやっては?」


 そう言って兄を止める。ダヒレオは「血が繋がっていなければアイラを妃にしたかった」と言うくらい美しい妹のことを気に入っていたので、「仕方がないな」と髪を引っ張るのをやめた。

 アイラは女性を見下ろして尋ねる。


「お前、名はあるのか?」

「……もちろんあるわ。皆川幸みながわさちよ。名前は幸」

「サチか。お前はこの国の常識を知らないだろうが、このエストラーダでは王族は神のようなものなのだ。兄上には決して逆らうな。さもなくば死ぬことになるぞ」


 アイラはそう忠告した。放っておけばすぐにダヒレオの逆鱗に触れて処刑されそうだったからだ。

 

「何よ、それ……。王族なんて知らない。警察を呼んでよ! うちに帰して! 私、これから彼氏とデートだったのに!」

「ああ、うるさい女だ。おい、こいつを離宮に閉じ込めておけ。しばらくすれば諦めて大人しくなるだろう」


 ダヒレオはそう言ってサチを騎士たちに連れて行かせた。そうしてダヒレオも「全く……」とぶつぶつ言いながら広間を出ていく。

 アイラはそれを見送った後、ルルを見上げて小首を傾げた。


「どうする?」

「どうしようもありません。可哀想ですがあの女性のことは諦めましょう。下手に助けようとしても、アイラに火の粉が降りかかるかもしれません」


 ルルは死に絶えた魔法使いたちを見てため息をついてから、面倒そうに髪をかき上げてそう言ったのだった。



 それから――。

 サチはしばらく泣いて暮らすかと思いきや、彼女は意外と強くしたたかな女性だった。

 サチが召喚された翌日にアイラがこっそり離宮に行き、彼女を逃してやろうとしたのだが、その時にはもう色々なことを吹っ切っていたようだった。


「逃げてどうなるの? 私、城の外にだって知り合いはいないのよ。それにあなたが昨日言ったように、私はこの国の常識を知らない。ここから逃げたってどうしたらいいか分からない。もしかしたら城にいるより酷い扱いを受けるかも」


 サチは暗い顔をしつつもそう言って、アイラの助けを拒否したのだ。


「昨日の太った人はあなたの兄で、この国の王子なんでしょ? そしてこの国では王族は神のようなもの……。だったらあの人に気に入られた方が、まだ安全な暮らしができるかもしれない。あの人に触られるのは嫌だけど仕方ないわ」


 最後は独り言のように言っていた。

 

 そしてサチはその言葉通り、ダヒレオに取り入って彼を上手く操った。元々サチはダヒレオ好みの顔をしているのだ。その彼女に甘えられると、ダヒレオは多少のわがままは許してしまうようだ。

 そして召喚から十日もすると、サチはダヒレオから豪華なドレスや宝飾品を与えられ、城の廊下を堂々と歩くようになった。


「こんにちは、アイラ様、ルルさん」


 サチは、アイラには他人行儀に、アイラの後ろに控えていたルルには頬を赤らめつつ挨拶をしてくる。どうもサチはルルのことを気に入っているようだ。

 そしてサチはアイラに向かって、怯むことなくこう言ってくる。


「アイラ様、ルルさんのことを解放してあげてください。奴隷なんてルルさんが可哀想だし、時代遅れですよ。私の故郷の日本では、人間はみんな平等なんです。この国もそれを見習うべきです」

「人間がみんな平等?」


 アイラはサチの言葉に目を丸くした。サチは続ける。


「この国にはたくさんの膿が溜まっています。その膿を生み出しているのはあなた方王族です。いつか必ずしっぺ返しが来ますよ。あなたたちさえいなくなれば、この国はきっともっと良くなります」

「サチ、不敬ですよ」


 ルルが注意するが、サチは気にしていない。自分の方が正しいことを言っていると分かっているからだ。


「ルルさん、後で一緒に昼食を食べましょうね」


 そしてルルにそう笑いかけると、サチは廊下を去って行った。

 

「……ああ、びっくりした」


 固まっていたアイラはぱちぱちとまばたきをして言う。


「びっくりした? 何がです?」

「サチがあんまり不敬なことを言うからびっくりしたんだ。あんなこと言われたの初めてだ。びっくりし過ぎて罰を言い渡すの忘れてた」


 アイラがまだ目を丸くしているので、ルルはくすりと笑う。


「全く違う世界で生まれ育ったからこそ、あんなことが言えるのでしょうね。彼女は王族を恐れていない。それに最近では、城にたくさん味方ができ始めているようです」

「味方?」

「彼女、お金に困っている使用人たちに施しを与えたりしているんですよ。自分がダヒレオ殿下から貰った宝飾品や衣装をあげたりして」

「そうなのか」

「それに積極的に使用人や奴隷に話しかけて仲良くなっているようです。彼らを励ましているんですよ。『この国の王族はおかしい。私が必ずみんなを解放してあげる』と言っています。そして今では、サチはみんなから『聖女』と呼ばれ始めています」

「聖女……」


 アイラは表情を変えずに呟き、こう続ける。

 

「サチはやっぱり強いやつだな。理不尽に召喚されたのに、自分だけが救われようとしているんじゃなく、周りの者も助けようとしているのか」

「まぁ、正義感があるというか……。最初に施しをした時、使用人からとても感謝されて、それで自分のやるべきことに気づいた、自分はこの国を救うために召喚されたのかも、とサチは言っていました。周りから頼られ、聖女と崇められることに快感を得てしまったのかもしれません」

「ふーん。私は生まれた時から崇められてきたからよく分からないな。聖女より王族の方が強いし」

「強い弱いの話なのでしょうか……?」



 そしてそれから一か月、サチは騎士や使用人、奴隷といった城で働く者たちの心を掴み、彼らから慕われていた。

 さらに異世界から現れた聖女様の噂は、すでに市井の者たちにも伝わっているようだ。

 どんな手練手管を使ったのかダヒレオはサチに惚れ込んでいて、彼女の行動を制限することはない。国王や王妃がサチを危険視して処刑しようとしても、それをダヒレオが止めている状況だ。


 一方、アイラはサチがどれだけ人気を得ようが、我関せずで今までどおりの毎日を過ごしていた。

 サチは王族の権威を失墜させようとしているのかもしれないが、それを邪魔するべきなのか分からなかったからだ。

 王女という自分の立場を失うのは困るが、父や母、兄が大人しくなれば、それはアイラにとっても嬉しいことだった。


 そしてある日、アイラがルルを探して城を歩いていると、中庭に白いドレスを着たサチがいるのが見えた。サチの周りにはたくさんの使用人や奴隷、騎士がいて、みんなで楽しそうに談笑している。


「聖女様がいらしてから、城は明るくなりました」

「聖女様が我々に希望をくださったんです」


 そう言う奴隷たちに、サチは優しく言う。


「私は当たり前のことを言っているだけですよ。人はみんな平等なんです。奴隷なんて私の国ではいませんでした。権力者によって人々が理不尽に処刑されるなんてことも、許されないことでした。これからこの国もそうなっていけばいいなと思います。みんなが平等な国に」

 

 サチは相変わらずびっくりするようなことを言う、とアイラは思った。〝人はみんな平等〟なんて、今までアイラが受けてきた教育とは正反対だ。

 けれどアイラが驚いたのはそれだけではない。


「ルル?」


 サチの隣には、なんとルルが立っていたのだ。

 ルルは穏やかにほほ笑みながら、サチの言葉を聞いている。そしてサチに腕を組まれて笑いかけられると、ルルも同じように笑みを返していた。


(いつの間にあんなに仲良くなったんだ。最近、姿が見えない時が多いと思ったら)


 ルルは自分の奴隷なのに、と思いつつも、何となくサチたちに声をかけられなくて、アイラはしょぼんとしながらそこから去る。

 サチに言われた『ルルさんのことを解放してあげてください』という言葉を思い出しながら廊下を歩いていると、何やら騒がしい声が響いてきた。


「おい、プシ! 何だ、その花は?」

「こいつ、聖女様に花を渡そうとしてるぜ!」


 使用人の男が五人ほど、一人の男を囲んで笑っている。囲まれているのは黒い髪に浅黒い肌をした、細身の奴隷だ。名前をプシというらしい。

 

「奴隷が何を夢見てんだ!」


 そして彼らは、野花を持ってうずくまるプシを蹴り始めた。奴隷とは関係ない自分たちの不満を晴らすかのように、容赦なく。

 けれどプシは反撃することもできずにただ耐えている。

 

 アイラはその光景を見て不愉快になったので、そのまま通り過ぎることはせず、今まさにプシを蹴ろうとしていた使用人の男を魔力を使って壁へと吹き飛ばした。


「……ッぐ」

「やめろ、お前たち」

「あ、アイラ様……!?」


 吹き飛ばされた男もそれ以外の者も、みんなアイラを見て目を見開いた。そして急いで膝を廊下の床に着け、頭を垂れる。


「なぜ今、この奴隷を蹴っていたんだ? お前たちにそんなことをする権利があると思っているのか?」


 アイラは怒って言う。


「城の奴隷は王族の所有物だぞ。それを勝手に傷つけてはならない。この奴隷を買ったのは誰だと思っている」

「アイラ様です」

「違う!」

「え?」


 戸惑った様子で使用人たちは一瞬顔を上げる。アイラは続けた。


「父上か母上か、もしくは兄上だ。私の奴隷はルルだけだから。けれど城で働く奴隷が王族のものである事には違いない。そうだろう?」

「はい」


 使用人たちは再び頭を下げた。


「それにお前たちは奴隷は自分より弱い存在だと思っているのかもしれないが、私にとってはお前たちも奴隷も変わらない。等しく弱い存在だ。弱いやつが強いふりをして弱いやつをいじめるんじゃない。弱い者同士仲良くしろ」


 謎の理論を展開してから、アイラは命令する。


「そして罰としてお前たちはそいつの傷を治療するんだ。そいつにはさっき蹴られてついたとは思えない、古く化膿した傷もあるじゃないか。お前たち前からこいつに暴力を振るっていたな?」


 アイラは瞳を鋭くして、続ける。


「そして次にその奴隷を私が見かけた時、そいつの体にまた新しい傷ができていてみろ。そうすれば今度はお前たち全員――」


 恐怖に顔を引きつらせる使用人たちに、アイラは冷酷な口調で言った。


「――晩ごはん抜きにするからな」

「…………あ、はい」

「分かったか? 晩ごはん抜きだぞ! お腹を空かせたまま眠ることになるんだぞ!」

「はい、わ、分かりました!」


 もう一度頭を下げると、使用人たちはプシを連れて、慌てて医務室の方へ去って行った。そしてプシも去り際アイラに向かって頭を下げ、感謝を示したのだった。

 

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