黎明の烏(3)
「俺たちが捕まって何日経った?」
薄暗く湿った地下牢の中で、壁に体を預けて座り込んだまま、黎明の烏のリーダーであるハウルが呟いた。
答えたのは一番体の大きいマクラムだ。
「……水が差し入れられた回数からすると七日だ。だが正確には分からん」
黎明の烏の五人は、二つの檻に分けて入れられていた。ハウルとマクラム、ヒース、ギルという男のメンバーは四人一緒だが、女性のミスティだけは隣の檻に入れられている。
檻の中に剥き出しのトイレもあるので、一応性別を配慮してくれたのだろう。
「ミスティ、生きてるか?」
「ええ……」
姿は見えないが、隣の檻から疲れたような声が返ってきた。暗く肌寒い檻の中、水だけで命を保っている五人は憔悴しきっていた。
仮面は取られてしまったので、やつれた顔もよく見える。
そして全員がつけられている足かせには魔力封じの印が描かれており、これを外さない限りは魔法を使って逃げることもできない。
治療もされなかった上に食事で栄養も取れないからか、崩壊した屋敷の壁の下敷きになった時にできた傷は今も痛んだ。
ハウルは肋骨が痛むので、どうも折れているようだ。
「クソ……このまま死ぬのか?」
一番若いヒースが、立てた自分の両膝に顔を埋め、小さくなって座りながら呟く。
「やめろ。何とか逃げる方法を考えるんだ」
ハウルはリーダーとしてそう言った。しかし逃げる方法なんて捕まってからずっと考えているが、良い案は思い浮かばない。
「こんなのおかしい。あんな奴がなんで人の上に立ったままでいられるんだ。この世に正義はないのか? 王族は処刑されたのに、この街の人間はまだ公爵にかしずかなければならないのか?」
ヒースが顔を上げて悔しそうに言う。
「身分なんて関係ない。正々堂々戦えば、俺たちの方が公爵よりも強いのに」
「……新しい王となったアーサー陛下や異世界から来た聖女様が、この街にも目を向けてくれるといいんだが」
ヒースに続いてマクラムも口を開く。
「だがそれがいつになるか。新しい体制を築くのに忙しいだろうし、やっとこっちに目を向けてくれたとしても、俺たちはその時には死んでるな」
「だからやめろって。暗いことを言うのは」
自嘲気味に言うギルにハウルが注意する。
たまにケンカになることもあるが、五人はお互いのことを大事な仲間だと思っている。最初は幼馴染のハウルとマクラムが『いつか公爵一家を追放する』という決意をした。その後、魔力を持っていて公爵一家への恨みも持つ仲間を集めていった。
五人で魔法の修行もたくさんしたし、家族が公爵一家に傷つけられた過去を分かち合ったりもした。この五人でもう四年は一緒にいるだろうか。
「あの王女さえいなければ上手くいっていた。俺たちはこの街を救えたのに」
ハウルたちにとって、彼女の存在が誤算だった。屋敷にたくさんいる騎士たちさえどうにかすれば、公爵一家は簡単に殺せると思っていた。
と、そんなことを考えていた時。
石の床にコツコツと足音が響き、この地下牢にアイリーデ公爵がやって来た。彼は騎士を伴なって、ハウルたちのいる檻の前に立つ。
「随分やつれてきたな」
公爵は笑って言った。
「水だけであとどれくらい持つだろうな? 最初は水を飲むことも拒否するかと思っていたが、恥ずかしげもなく生にすがるものだから、私は長く貴様らの無様な姿を楽しめる」
「死ね」
ギルが呪うように言うと、公爵は怒りで口元を引きつらせたが、再び笑って余裕を見せた。
「ふん。檻の中で虚勢を張るしかないなんて惨めだな。いつそんなふうに生意気な口も聞けなくなるのか楽しみだ」
ははは、と笑って、公爵は地下牢から去っていったのだった。
――そしてその夜。
ハウルたちが冷たい床の上で寝ていると、またコツコツと足音が聞こえてきた。
「……誰か来た。また公爵か?」
「騎士が水を持ってきたのかもしれない」
「だが、いつもと時間が違う。まぁ、正確な時間は分からないんだが」
地下牢では物音がよく響く上、石の床の上では熟睡もできないので、ハウルたちはすぐに目を覚ます。
足音はだんだん大きくなる。一人ではなく、数人が一緒にこちらに歩いてくるようだった。
「何だか臭いな。それに寒い。早く出たい」
「今、来たばかりですよ」
少女の声が文句を言い、柔らかな男の声がそれをたしなめる。
「この声……」
ハウルが呟くと同時に、少女は檻の前に姿を現した。少年のような格好をしているが、彼女は行方不明の王女、プライセント・アイラ・クリスタルだ。
そばには彼女に仕えているらしい美しい顔立ちの男と、公爵家の騎士の制服を着た黒髪短髪の若い男がいて、手にはランプを持っている。
「ここです」
「ご苦労」
黒髪の騎士にアイラが短く返す。
「お前たち、仮面を取ったらそんな顔をしていたんだな。すごく普通の顔だ。凶悪でもない、普通の若者。しかし全員揃って細いな。顔色も悪い」
「彼らは水しか与えられていないので……」
「ああ、そうだった」
黒髪の騎士がそっと言うと、アイラは腕を組んで仁王立ちしたまま頷いた。
そして黒髪の騎士は手に持っていた鍵を使い、まず檻の扉を開ける。そして中に入ると、ハウルたちの足かせも外した。
「……何のつもりだ?」
ハウルは戸惑って言う。公爵家の騎士は敵のはず。
しかし黒髪の騎士はこう答えた。
「安心してください。俺たちはあなたたちの支持者です。だから助けに来たんです」
黒髪の騎士は、アイリーデの街の食堂でくせ毛の騎士たちにひどいいじめを受けていた騎士だ。
「おい、〝俺たち〟なんて勝手なことを言うな」
アイラはそう言って黒髪の騎士を後ろに下がらせると、今度は隣の檻にいるミスティを解放するよう命令した。
ハウルは困惑しながら尋ねる。
「あんたらが俺らの支持者って?」
「支持者なのはあいつだけだ。私は違う」
アイラは黒髪の騎士を視線で指して言うと、尊大に胸を張ってこう続けた。
「――お前たちに、恩赦を与える」
ハウルたちはぽかんとした後で「オンシャ?」と繰り返す。
「そうだ、恩赦だ。恩赦って知ってるか? この国にはないから無学なお前たちは知らないだろう。恩赦というのは、いわば王の慈悲だ。王族にとっての祝いごとや不幸があった時、それにえっと……国にとって記念となるような時に、王が犯罪を犯した者を無罪にしたり、罪を減刑してやったりするのだ。確か」
サンダーパトロスの本で読んだ知識を適当に披露する。
「それであんたが俺たちを無罪にしてくれるって?」
ギルが疑うように言うが、アイラは「そうだ」と答えた。そして嬉しそうに続ける。
「実は今日の昼間、私の馬が子を産んでな。産む時には馬があまりに苦しそうにするからどうなることかと思ったが、結果的に馬も子馬も無事で、こんなにめでたいことはないからな。馬の尻から子馬が出てきた時は思わず気味が悪いと思ったが、今は子馬も体が乾いて可愛くなってきたし」
「馬が出産したからオンシャ……?」
ハウルたちは理由を聞いてもまだ戸惑っていた。自分で言うのも何だが、そんなことで公爵の命を狙った犯罪者が解放されていいのだろうか。
「あまり深く考えずに」
しかしそこで、ハウルたちの困惑を感じ取ったルルが口を挟む。
「逃げるチャンスだと思って逃げればいいのです。アイラは覚えたての恩赦を使いたかっただけだと思ってください」
言いながら、チョークで檻の前の床に魔法陣を描いていく。そしてそれを描き終わるとハウルたちに向かって言った。
「あなたたちは今はまともに走れないでしょうし、魔法で屋敷の外まで転送します。陣の上に乗ってください」
「……どこに着くんだ? 信じていいのか?」
「すでに牢に入れられて死にそうになってる人間を、これ以上何の罠にかけるって言うんです? ちゃんと屋敷の外に送りますよ。アイリーデの街にある『太った山猫』という食堂の裏にもすでに魔法陣を描いてきましたから、そこに着きます。店の主人はあなたたちを匿ってくれるでしょう」
実はハウルたちが捕まっている間に、黎明の烏が公爵家を襲ったことは街で大きな噂になっていた。ハウルたちが捕まって、地下牢に監禁されていることもだ。
それで街の人々も、黎明の烏の身を案じているようだった。だから街に出れば、『太った山猫』の店主以外にもハウルたちを匿ってくれる者たちがたくさん現れるだろう。
みんな黎明の烏という希望に死んでほしくないのだ。
「ところで私の実力では五人を移動させるのはちょっときついです。死にかけているところ申し訳ないのですが、少し力を貸してください」
「それはもちろん構わない」
よろよろと檻から出てきたハウルたち五人を魔法陣の上に乗せると、ルルは彼らの魔力を借りつつ、魔法を発動させた。
薄暗い地下牢に満ちた光が、ハウルたちの体を包む。
「じゃあな」
本当に解放されるのか、逃げられるのか、とまだ戸惑っているハウルたちが最後にアイラを見ると、アイラは軽く手を挙げてそう言ったのだった。




