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王女は城を追い出されました  作者: 三国司


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黎明の烏(1)

 アイラは悩みながら言う。


「今晩ここに泊まってもいいが、山小屋に残してきた馬のことが心配なんだ。実はあの馬、妊娠していたみたいでな」


 昨日、ルルがそれに気づいたのだ。公爵家から持って帰った飼料をやっている時、馬の腹が動いたらしい。


『アイラ。やっぱりこの馬、妊娠しているようです。このお腹の大きさからしてもしかして、とは思っていたのですが、今はっきりお腹の子どもが動いたのが分かりました』

『妊娠だと!?』


 アイラはびっくりすると同時に喜んだ。こんなにめでたいことはない。


「だから今日は馬の医者を紹介してもらおうと思ってここに来たんだ。もう腹の子もかなり大きくなっているようだし、私とルルだけじゃ出産の時にどうしたらいいか分からないから」

「……分かった。では今晩ここに泊まって『黎明の烏』を捕まえてくれたら、良い獣医を紹介しよう」


 アイラが獣医を探していると分かった途端、アイリーデ公爵は条件を出してきた。

 

「なぜこっちが条件を出されなければならないんだ」

「対等な条件だ。それとも自分で獣医を探すか? この街には何人も獣医がいるわけじゃないし、あまり腕の良くない者もいるぞ。そんな奴に任せれば、馬は死産になってしまうだろう」

「む……。分かった。じゃあ私が『黎明の烏』を捕まえてやる」


 アイリーデ公爵はあまり賢くはないが、アイラも同じく利口ではないので、口車に乗ってその条件を受け入れた。


「馬は一晩一人で大丈夫かな?」

「いつ生まれてもおかしくないお腹の大きさですが、私たちが山を下りる時は落ち着いた様子でしたし、戻るまで待っていてくれるよう祈るしかないですね。それにもしも今晩生まれたとしても、人の手助けが必要ない安産である可能性もありますし」


 アイラの言葉にルルが返す。

 こうしてアイラは公爵家の屋敷に泊まり、『黎明の烏』を捕まえることになったのだった。



「『賢王サンダーパトロス』……」


 アイラは談話室の日当たりの良い窓辺で、揺り椅子に体を預けて分厚い本のタイトルを読み上げた。もちろんここは公爵家の屋敷だが、まるで自分の屋敷かのようなくつろぎぶりだ。

 後ろにはルルが控えていて、まだ昼間だが公爵一家も敵襲を恐れてアイラと同じ部屋にいる。


 本は、暇だと言ったら公爵が貸してくれたものだ。使用人に言って他にもたくさん持ってこさせてくれたが、アイラはたまたま一番上にあったこの本を読んでみることにした。どうやら外国の昔の王様の伝記らしい。


「しかし叔父上が読書家だとは知らなかったな。こんなにたくさん本を持っているなんて」

「本を読めば知識を得られるからな」


 公爵は得意になって言ったが、これらの本を本当に読んでいるかどうかは疑問だった。読んでいたらもうちょっとマシな人物になっていたはずだからだ。

 こうしてアイラは夜がふけるまでの時間を読書をして過ごした。


 そして夕食の時間には、すっかり賢王サンダーパトロスに影響されていた。


「サンダーパトロスはすごいんだ。知略に富んでいて戦では負けなしだし、学問も好んだ。法律を勉強して、それに基づいて国の改革を行ったりもした」


 久しぶりに豪華な食事を取りながら、アイラは熱く語った。同じテーブルについている公爵たちはつまらなさそうに話を聞いている。


「あとは貧しい子どもへの慈善政策を進めたりもしたらしい。でもよく分からない部分もあって、サンダーパトロスは優秀で偉い王様なのに、粗食を心がけていたらしいんだ。それに高い服や装飾品も買わなかった。優雅な生活で堕落しないようにって。そこはちょっと変わってる」


 王様なんだから贅沢すればいいのに、と続けながらアイラは言う。


「でも本を読むのは楽しいな。サンダーパトロスは自身を揶揄するようなことを言われても相手を罰しなかった、とか驚くようなことが書かれていたりするし。本は幼い頃から読んでいたけど、母上が選んで持ってきてくれたものはいつも同じことが書かれてあるんだ。奴隷や庶民は頭が悪いとか、王族は特別な存在とか」


 そこまで言うと、アイラは公爵にこう尋ねた。


「あの本、まだ全部読めていないんだ。しばらく借りてもいいか?」

「構わないよ。なんならあげよう」


 公爵はサンダーパトロスに興味がなかったし、あの本もどうでもいいのでそう答える。

 

「いいのか?」


 一方、アイラはパッと表情を明るくした。


「『恩赦』って知ってるか? それも本に書いてあったんだ。うちの国には無い制度だけど、サンダーパトロスが結婚した時に恩赦を――」


 そしてアイラが引き続き『賢王サンダーパトロス』について語っていた時だ。

 突然、鋭い衝撃音が部屋中に響いた。


 部屋のガラスが割れる音だと一瞬で気づいたものの、アイラはとっさに逃げることはできずに大きな音に目をつぶる。公爵たちは頭を抱えて身を守ろうとしていて、ルルはアイラを庇おうと肩に手をかけてきた。

 けれど幸いにもガラスはアイラたちのところまで飛んでこなかったので、耳の中でまだ音が反響している内に、全員が音のした方を見る。

 部屋の右端の窓が割れて穴が空いていたが、何故割れたのかは分からない。外から攻撃を加えられたらしく、ガラスの破片は部屋の中に散乱しているものの、そのガラスを割った物――例えば石や矢などは室内に入ってきていないのだ。


「黎明の烏か!? 外の奴らは何をしている!」


 この食堂は一階にあるので、窓の周辺を警備するため、たくさんの騎士が外に配備されていたはずだ。夕食を食べ始めた頃、アイラも窓の外を歩いている騎士たちの影を見ていた。

 けれどその騎士たちの姿が、今は全くない。


「お前、外の様子を確認しろ!」


 公爵はパニックになりながら、給仕をしていた使用人の女性の腕を引っ張って言う。

 その命令に逆らえずに女性が怯えながら窓に近付こうとしたが、ルルが「私が行きます」と左端の割れていない窓に近づいた。

 そして腰を低くしたまま、そっと外を覗く。


「……騎士たちは地面に倒れています。何かの魔法をかけられ、眠らされたようです」

「何だと!?」


 公爵が焦って声を荒げたと同時に、右端の窓に再び攻撃が加えられる。アイラは今度はその攻撃をしっかり見ていた。

 子供の頭くらいの大きさの黄色い光の球が、窓枠に残っていたガラスを吹き飛ばしたのだ。


「あれも魔法だな、きっと」


 魔力の塊をぶつけてきたのだろう。

 窓の外に目を向けると、暗闇の奥からさっきと同じ黄色い光がすごい速さでこちらに接近してくるのが見えた。

 しかも今度は光は一つじゃなく、五つ――つまりガラスが割れた右端の窓以外の、この食堂の残りの窓と同じ数だけ放たれた。


「ルル! しゃがめ!」


 アイラはそう叫んで、自分もテーブルに隠れる。

 と同時に五つの窓全てが攻撃を受けて割れた。窓枠に残ったガラスを排除しようとしているのか、魔法の球は何度も放たれる。窓を通り抜けたものは、しゃがんでいるアイラたちの頭上を通って部屋の壁を破壊する。


「アイラッ! アイラだけが頼りだ! 頼んだぞ!」


 公爵一家はテーブルに移動して震えながら、アイラに向かって言う。

 やがて攻撃が止むと、アイラはすぐに立ち上がった。部屋の隅でしゃがんでいたルルは、どうやら無事なようだ。落ちて来たガラスの破片は、上着を被って防いでいた。


 しかしホッとする暇もなく、割れた五つの窓から、紺色のローブをまとった者たちが屋敷の中に侵入してきた。

 体格や髪型からして四人は男、一人は女のようだ。みんな揃いの、くちばしの付いた鳥の白い仮面をつけて顔を隠している。


「き、貴様らが黎明の烏だな……!」


 公爵は夫人やトロージと一緒に部屋の廊下側に後退しつつ、仮面の男たちを見て言う。


「――そうだ」


 リーダーらしき男が答える。


「俺たちはこの街に光をもたらすため、お前たちを処刑しに来た」


 おそらくまだ二十代なのだろう、声は若かった。

 

「何が処刑だ! 貴様ら庶民が我々貴族を処刑するなど、神に手を出すに等しい行為だぞッ! 魔法が使えるからといって調子に乗るんじゃない!」

「そ、そうだそうだ!」


 扉の陰に隠れつつも唾を撒き散らして怒鳴る公爵に、息子のトロージが頼りなく同意する。


「神に手を出す、か……」


 仮面の奥で男が言う。


「お前たちは本当に神か? 前国王たちも神と言われていたが、王女以外は処刑され、処刑した騎士や聖女たちに天罰は下っていない。つまり奴らは神じゃなかった。ただの人間なんだよ。エストラーダ革命が起きて、俺たちもやっとその事実に自信を持てた」

「お、お前たちの目的は何だ? 私たちを殺して、自分たちが代わりに領主になろうとでも言うのか?」


 公爵がそう言うと、烏たちは低く笑った。


「その地位に興味はないが、俺が領主になったとしても、少なくともあんたより上手く領地を治められる自信はあるよ。領民に暴力を振るったりしないから、それだけでも随分マシだろ? けど、俺たちの目的は、あんたらを殺すこと、ただそれだけだ」


 リーダーらしき男が言うと、仲間の烏たちもこう続ける。


「俺たちに魔力があってよかった。実力をつけるのに時間はかかったけど、こうして憎い公爵一家を殺せるんだから」

「そうね、やっと今日、復讐を果たせる。私の姉はこの屋敷で使用人をやっていたけど、些細な失敗を延々ととがめられ、あなたに殺されたのよ、アイリーデ公爵夫人。自殺だったけどあなたが追い詰めたようなものだった。途中から姉をいじめるのを楽しんでいたでしょう?」

「庭師だった俺の父親も似たようなもんだ。公爵に折檻され、怪我をさせられてもう二度と歩けない体になった」


 彼らはみな、公爵一家に何かしらの恨みを持っているようだった。

 

「だけどこんな思いをしたのは俺たちだけじゃない。この領地の人間はほとんど全員、あんたたちに不満を持っている。暴力を振るわれた者、ひどく罵られた者、仕事を理不尽に奪われた者に、財産を没収された者もいる。だが直接何かされたわけじゃなくても、あんたたちの理不尽さや領主としての才覚の無さに、みんな嫌気がさしているんだ」

「この……っ、貴様、好き勝手なことを言いおって! 領主としての才覚など、国王との血の繋がりがあるというだけで十分なのだ! 私は王の弟だぞ!」

「今の王はアーサー陛下で、あんたの兄じゃないけどな」


 男はそう皮肉を言って、公爵の言葉を鼻で笑った。

 そしてそんな彼らのやり取りを聞き終わると、アイラは澄んだ瞳で黎明の烏たちを見た。


「そろそろいいか? 私、馬が心配だから、お前たちを捕まえてさっさと家に帰りたいんだ」

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